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ホップステップジャンプで乗り越えろ

 身支度を済ませた大雅達は、未知の世界へと旅に出た。

 難解の聖書を読み解く仙人を求めて。


「そもそも、死の森には、どんな怪物が居るんだい」

 大雅が聞くと、

「次々とヒトが病に侵され倒れていくの。医者にも止められず、誰も止めることが出来ないのよ」

 怯えたようにフランが説明する。

「どんな魔物が潜んでいるのかと思えば、姿形の無い敵か……だから、呪われた森と呼ばれるんだな」

「高熱に吐き気などの症状が出て、最後には死に至るそうだ」

 ロッチが答えると、

「その症状……」

 少し考えて、その症状に近い病名を大雅は思い付く。

「それって、マラリアじゃ……」

「マラリア? なんだ、それ」

 聞き慣れない言葉の病名。

「きっと、蚊にやられたんだろう」

「蚊? だって。嘘も上手に付けよな」

 と信じてもらえず呆れ顔。


 蚊を避けるのには、確か、除虫菊だったか。この森にも似た植物があればいいんだけど……。


「感染症の一種だよ。マラリアは、マラリア原虫を持ったハマダラカという蚊に刺されることによって感染するんだ。高熱や悪寒、おう吐などの症状が出る。向こうの世界でもある病気なんだ」

「ノロマの世界でもあるのか?」

 意外そうにタワンが聞いた。

「ああ。温暖化の影響でマラリアが拡大していて、多くの人が亡くなっているそうだ。だけど今は、コロナウイルスが世界中に蔓延していて、大混乱に陥っているんだ」

「コロナ? だって」

「そう、コロナという感染症」

「でも、お前の世界は、俺達の世界に比べて進んでいるんだろう。直せる薬があるんじゃないのか」

「科学万能の高度な文明の世界でも、それを治す薬は無い。ワクチンと呼ばれる予防薬はあるんだが」

「予防薬? 何か回りくどい。早い話、一発で治る薬が無いんだな」

「ああ。目に見えないウイリスに恐れて、世界は不安と恐怖に襲われているんだ」

「どっちの世界も、目に見える恐ろしい怪物より、目に見えない敵を恐れるんだな」

 ロッチが言って、大雅が大きく頷いた。


武当山ウーダンシャンを越えた所に、仙人が居るんだな」

 恐れているばかりでは何も始まらない。

 大雅の話を聞き、魔物の正体が分かったことで皆がやる気を出した。



 舗装された道路など無く、道無き道を進む。

「毒蛇が潜んでいるから気を付けるんだぞ。噛まれたら確実に死ぬからな」

 ロッチが注意を促した。


 せめて、自転車でもあれば楽なんだけどなぁ。もう、どれだけ歩いてきたことか。


 未知の森を進んで行くと、武当山の麓の広大な森林地帯に出てきた。

 広大な地域を覆う大森林。

 一行は、死の森と恐れられた樹海に足を踏み入れた。


 呪い渦巻く異界のような、緑生い茂る深い森。昼でも暗い。

 森に入って直ぐに方向感覚が無くなって、二度と出られないような気がした。

 歩いているとガサガサと、風が樹を揺する音が聞こえる。

 その度に、ビクっと体が反応して足が止まる。猛獣が襲って来るかもしれない。それを警戒し、各々、武器を構えて歩いた。


 甲羅を背負ったシングの歩み遅くなり、体調不良を訴えた。

 おでこに手をやると、凄い熱。

「これは……」

 恐れていたマラリアにかかったのかと皆が顔を合わせる。

「このままだと、シングが……」

「仙人らなら、直せるかも」

 唯一、シングの助かる方法だ。

「なら、なおさら仙人に会わなければな」

 是が非でも仙人に会わなければならなくなった。

 力自慢のウルフが弟を背負って歩く。

「もう少しの辛抱だ」

 シングを励ましながら先を急いだ。


 死の森を抜けると、一行の進入を遮るように峡谷が姿を現した。

 空気は澄み渡り、周りの景色も素晴らしい。

 ゆったりとした時の流れを感じる一方で、谷底を覗き込むと、底が見えない真っ暗な高さ。


 これは……。有名な映画の舞台になった武陵源。中国のグランドキャニオンと呼ばれる場所にそっくりだ。


 中国湖南省、張家界市にある世界遺産の武陵源。三千本を超える柱状の岩が立ち並ぶ岩山。独特の石の柱が立ち並んでいる景観で知られている石柱のほとんどが二百メートル以上ある。


 垂直に切り立った断崖が、人を寄せ付けない。

「これ以上、進めないな」

 ロッチが諦めに似た言葉を発するが、

「ここまで来て、今更戻れるか。このままだと、シングが死ぬんだぞ!」

 タワンが訴える。

「ここを下っても、向こう側に行く登り道が分からないし、何より時間が掛り過ぎる。それでは、シングが死んでしまう」

 大雅も同じ思い。 


「あそこ! 真ん中辺りの大きな岩柱から、向こう側に橋みたいなものが見えるぞ」

 と、ちょうど真ん中、大きな岩山から向こう側に小さな橋が掛っているのを大雅が見付けた。

「しかし、あそこまで行くのが問題だろ」

「いや、行ける。岩柱の密集したところを通って行けば、行けないことはない」

 細い棒状の岩柱が密集している。

「あれを通るのか? 落ちたら、確実に死ぬぞ」

「向こう側の方が、やや低い。勢いを付けて飛んで行けば、渡り切れるんじゃないか」

「そんな簡単にいくわけが…」

「迷っている暇はないんだ! つべこべ言わずに、やる! 飛べないと思う先入観が駄目なんだ。ノロマの俺が渡れたら、お前達も余裕で渡れるだろう。まずは俺が手本を見せてやる」

 迷っている暇はない。すぐさま大雅が行動を起こす。


 勢い良く走り出した大雅がジャンプし、腕をくるくると回し浮遊力を付け、岩柱に飛び移り、さらに次の岩柱へ、陸上競技の三段跳びのように飛んだ。

 まるで、ジャンプアクションのゲームのように細長い岩柱を飛び越えて行く。


 ホップ、ステップ、ジャンプで、乗り越えるんだぁ!


 多くの岩柱をテンポ良く、小刻みに渡って乗り越える。

 そして、あっという間に谷の半分まで渡り切った。

 

「凄い……」

「ステージクリアだ。お前達も早く来いよ。俺の通った柱を通って来るんだぞ」

 振り返った大雅が皆に合図する。が、

 足を掛けた途端、足場が崩れ出した。

「ワァーー!」

 とっさに、腹に巻いたロープを投げ付けると、地面に生えた木の枝に絡み付く。

 力強く大雅はロープを引っ張り、その反動で岩柱の上に戻ることが出来た。


「ふーー、助かったぁ」

 懐から出たサスケがロープを伝って、からまったロープを戻すと、大雅のもとへ。

「よしよし、良い子だ」

 サスケの頭を撫でながら、

「みんなぁー、同じように飛んでみろよ」

 こっちへ来いと、手招きするが、

「まったくぅ、落ち掛けて死に掛けたんだろうが」

 岩柱は想像以上にもろそうで、誰も飛ぼうとしない。

「腰抜けが! 大将が乗り越えたんだ、ネコ族が出来ないはずがないだろ」

 ウルフが続いて飛んだ。


 ――凄い脚力。しかも、シングを背負っている。猫人間に負けないぐらいのジャンプ力だ。


 真ん中の大きな岩柱に辿り着くと、小さなほこらのようなものが祀られていた。

 そこには花が手向たむけられている。

 枯れてなく新鮮な花だった。

「こんな秘境にヒトが居るとしたら、仙人に間違いなさそうだな。あの橋を通って、この祠にお参りに来ているんだろう」

 向こう側の大地に続く橋が掛っている。

 かなり古い橋だが、丈夫で腐り難いツル植物を編み連ねて作られた原始的な橋。 


 頼りない一本の長い橋を通る。

 そして、苦難の末、峡谷を見事に渡り切った。

 そこで彼らの見たものは、

「ここは……」 

 文明から隔絶された桃源郷。

「ワシはこの地を守る番人の、センチャ。よく来たな、ただのヒトが。だが、ここから先は、一歩も通さぬぞ。」

 先が丸い杖を持った、立派な白髭を生やした老人。まるで仙人のような老人が立ち塞がる。


 ヤマネコの子孫か?


 と見た目から大雅はそう思った。

「無名の盗賊か? 夜盗や猿人に獣人、よく集めたものだ」

 仙人が薄ら笑いし、

「似つかわしくない、立派な剣だ。一人だけ、マシな奴がいるな。それなりの剣士のようだな」

 とタワンに目を向けた。

「バカ言え、俺達は盗賊なんかじゃない! 偉大な先祖の活躍を世に知らしめるため、難解な書物を解読するために遥々遣って来たんだ!」

「ほおう、大した自信だな。だが、お前達を、ここから一歩も先には行かせないぞ」     

 仙人が言葉を発した途端、一帯に煙が立ち込めてきた。


「……なんだ? この煙は」

 不思議に思っていると、十数人の仙人の弟子に囲まれた。

 

 ――まさか、これは……。囲んだヒトの気配がない。幻覚? 何か、カラクリがあるはずだ。


 そう大雅が思うも、今度は全身がしびれ出した。


「クッ……体が思うように動かず、取り囲まれたんじゃ、やられる。みんな、逃げるんだ」

 ロッチが力の限りの声で避難を促す。


 こんな時、最も頼りになる獣人・ウルフだが、煙にやられて、すっかり夢の中。

 鼻の利くイヌ族の優位一の弱点だ。


「これが神通力、妖術か……。錯覚を起こさせるようなトリックを用いて混乱させるのが、あの爺さんの狙いだ」

 妖術のカラクリを明かした大雅。

 甲賀には薬草が豊富に自生していたため、甲賀忍者は薬売りに扮して情報収集をしていた。だから、大雅には薬草のことは詳しい。


「この煙は大麻。麻薬の作用による幻覚だ。俺達は囲まれちゃいない。居るのは爺さん、ただ一人だ」

 そう声を上げ、仙人が起こした痺れにも負けず、一歩、また一歩前に進む。


「ほう、よく知っているな。だが、分かったところで、ワシは倒せぬぞ」

 幻覚に襲われ戦闘不能に。

 身動きが取れず、絶体絶命。

 だが、

「一歩、一歩先に進んだぞ! あんた、言ったよな、一歩も先に通さないと」

 強がって大雅が声を上げた。

「ハハッ、こりゃ一本取られたな」

 仙人が言って、術を解いた。

 一帯を覆う煙が薄れていく。


「助かったぁ。でも、何故?」

「おぬし達が悪物でないことが分かったからじゃ」

「やはり、思った通り、幻覚だったんだな。妖術なんて現実に起こりはしないんだって」

 大雅が言うと、

「おぬしは、ワシが薬を用いた術だと思っているが、これはどう説明するのだ」

 言って仙人がフワッと浮き上がる。


 ――そんな、馬鹿な。浮いている……。 


「本当に妖術が使えるだなんて、信じられないなぁ」

 頭を掻きながら不思議がる大雅。

 種も仕掛けもなく、現実に仙人は浮いていた。

「長年の修行の成果じゃ。猿人であるおぬしがこの世界に来たことの方が、よっぽど不思議ではないのか」

「そう言われれば、そうだ……。世の中には、分からないことが沢山あるんだな」

 と納得するも、

「感心している場合じゃない。そんなことより、シングの治療だ。この少年が急に熱を出して。マラリアを治す薬はあるのか?」

「マラリアと呼んでいるのか……。森で安穏と暮らしていた菌が、ヒトの進出で住む場所を追われ、自衛のために化けたんじゃろう」


「爺さん、あんた、人知を超えた仙人なんだから、不老不死の薬を持ってるんじゃ」 

「不老不死の薬など無い」

 キッパリと言い切った。

「そんなーぁ、ここまで来て……」

「長生きするのもほどほどに。あとは、土に帰るのが一番じゃ。おぬしの住む世界にも無いのだろう。進んだ科学力をもってしても作ることは出来ない。不老不死の薬は無いが、治す薬草はある」

「それを早く言えよ!」

 思わず突っ込みたくなる。


 仙人がウルフに背負っているシングの様子を見て、

「これは、単なる風邪じゃ。見るからに体力がなさそうなのに、無理してここまで来たんじゃろう。薬草を煎じて飲めば二、三日で治る」

「そうか、風邪か」

 その言葉に、例の病気でなくて皆ホッ胸をなで下ろす。

 

「この山には自然の恵みがある。何より、この地は薬草の宝庫。カレン族の生き残りであるワシは、荒らされないために長年この地を守ってきたのだ」

 得意そうに仙人が言う。

「あのぉ、肝心なことが」

 と盛り上がった話の腰を折るのを躊躇した大雅が、申し訳なさそうに言った。

「おお、そうじゃった。難解な書物を調べて欲しいとのことだったな」

 仙人にうながされ、聖書を見せた。

「……」

 仙人が黙ったまま。


「……ひょっとして、読めないんじゃ」

「全てを見通す仙人じゃなかったのか」

「ワシはこの地で修業ばかりしていたからな」

「それじゃあ、今までの苦労が水の泡じゃないか。命懸けで手に入れた本なのに……」

 うなだれるように地面に座った。


「文字は読めぬ。読めぬが、大体のことは分かる」

「この字は象形文字と言って、物の形を点や線で表した文字。絵を基本とする形で記してあるんじゃ」

「ショウケイ文字?」

「海、島、橋と記してあるぞ」

「じゃあ、海の島にお宝があるんだな。それに橋」

「橋を渡った場所に洞穴があり、そこに隠した。とワシは読み取った」

 仙人が断言した。

「海の中にある橋を見付ければ」

「そこにお宝がある」

「そうだ、探し求めた宝がな」

 消え掛けた希望のともしびに、再び明かりが灯った。


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