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川下り

 シングの病気が治るまで、この地で滞在すことになった。

 周囲と一体化した、茅葺き屋根のような質素な造りの建物の中、縄文土器のような陶器で湯を沸かす。

 これまた、年季の入ったカマドで煮物料理を作った。


「澄んでいる空気は美味しくて、取れたての新鮮な野菜に清らかな水。こんな所で住んでいたら、不老不死の薬など飲まなくたって、長生きするだろうな」

 羨ましそうに大雅が言うと、

「野菜や水がうまいのは分かるが、空気が美味しいってどういうことだよ。さては、吸っている空気がにがくて不味まずいのか? それじゃあ、毎日が拷問だな。ますます行きたくない、お前の世界には」

 ロッチの嫌みの言葉に、

「自然の恵みに感謝じゃ」

 仙人が言った。

「確か、センチャ? さん、だったか、あのほこらに、毎日行っているのかい?」

 ロッチが聞くと、

「ああ、神の宿る場所じゃろ」

 自慢するように仙人、センチャが言う。

「そうだな……」

 神秘的な場所に、皆が頷いた。


「爺さん、こんな不便な所で、一人で住んでいるのか?」

 高齢のセンチャに遠慮せずにズケズとタワンが聞く。

「ああ、弟子が多くいたが、今ではワシ一人じゃ」

「どうせ、修行が厳しかったんだろう。ヒトが宙に浮くなんて、どんな修行をすれば出来るんだよ」

 呆れた口調でタワンが言った。


「そうか、一人ぼっちか。なんで、麓に降りないんだい?」

 ロッチが疑問に思うも、

「一人は良いぞ、気を遣わなくてな」

「嘘付け! 友達が出来なかっただけだろう」

 即座にタワンが言った。

「まあ、俺も友達が少なく独りぼっち。学校が終わると速攻で爺ちゃん家の忍者村に行って手伝っていたから、友達作る暇なかったなぁ。でも、憧れの忍者に関わる手伝いが楽しくって、辛いとは思わなかった。自分が好きでやっていることなんだから」

 しみじみと大雅が言った。

「お前の話はいいんだよ。聞き飽きた」

 タワンがうっとうしく言って話を遮る。

「ヒトは、いつかは死ぬ。あの世には一人で行かなくてはならんからの。その前の予行演習じゃ」

「負け惜しみを言うな。素直に仲間が欲しいと言えよ」

 とタワンが突っ込みを入れた。


「ワシも連れて行ってくれぬか」

 突然、真顔で仙人が言った。

「え! なんでだよ」

 皆が驚く。

 年寄り、どう見てもお荷物になる。

「さては、お宝が目当てだろう」

 当然、タワンが疑いの目を向ける。

「お宝を独り占めしょって魂胆だな」

「ワシゃ、宝なんて一切興味ない。ただ、気になるものがあってな」

「気になるもの?」

「なんでもない、なんでもないよ」

 笑ってごまかした。

「金儲けしたいんだったら、いくらでも稼げるだろう。薬草の知識や、いかがわしい妖術を使えば」

 大雅の言葉通り、仙人の質素な生活に皆が納得した。


「でも」

 と言って大雅は続ける。

「経験豊富。何より武術の心得のあるセンチャさんは、忍者の高みへと目指す俺にとって、必要な人物だ」

「特技と言っても、僅かに浮くだけだろ。空を飛ぶんじゃなく、ただ浮くだけ。それがどうしたっていうんだよ」

 不満そうにタワンは言うが、

「この先の道のりは、誰よりも詳しいぞ」

 との仙人の言葉に、

「そうだな、道案内人が必要だ」

 ロッチが仙人を受け入れた。


「師匠!」

「なんじゃ、いきなり。びっくりするじゃろう」

 驚く仙人をよそに、

「俺の師匠になって欲しい」

 大雅が懇願する。

「ワシは、弟子などとらん」

「分かっているよ。旅の途中、僅かな時間だけでも俺に訓練してくれるだけでいいんだ。俺は、この中でなんの特技も無く、一番動きが遅い。何か秀でた技を身に付け、みんなに追い付きたいんだ。足手まといにはなりたくない、早くみんなに近付きたいんだよ。一体、どんな修行をすればいいんだ?」

「ヒトがいくら努力しても、鳥にはなれぬ。ワシの見たところ、おぬしは潜在能力を秘めている。それが猿人としての能力なのかワシには分からぬが、まずは自らを鍛え、限界に到達することじゃ。そうすれば、おのずと進むべき道が見えてくるんじゃないのか」

「限界に、挑むか……さすがは人生の大先輩、良いこと言うなぁ」

 心に響く仙人の言葉に大雅は感動する。 


「ワシが若い頃、諸国を回って世界を旅して修行した。慌てることはない。世界は広いぞ、何年も何十年もかかる」

「そんなに、世界は広いのか?」

「ああ。西の果てには珍しい生き物がおった。何倍も早く走る猛獣」

「それ! チーターか」

「首の長い牛や、鼻の長い角の生えた大な生き物」

「それはキリンに、ゾウの親戚じゃないのか? 地球の動物達と、どんな違いがあるんだろう。世界は俺の考えていたよりも、ずうっと広いんだな。見てみたい、世界の果てを」

 見果てぬ世界を想像し、大雅は心躍こころおどらせた。


「爺さん、あんたを連れて行くが、必要なもんは自分でなんとかしろよ。食料とか、多いからな。役立たずの大飯ぐらいが加わって、大変なんだからな」

 迷惑そうにタワンが言ってウルフを見る。

「誰が役立たずだ!」

 すぐさまウルフが言い返し、タワンを睨み、

「お前達に合わせて野菜や魚だけ、肉なんてほとんど食ってないんだぞ!」

「まあまあ」

 と大雅が言って、熱くなったウルフをなだめる。

 一方の仙人はというと、

「え、それだけ?」

 腰に巻いた小さいポシェットのような物に入っているだけの少ない荷物。

「ワシは飯など食わなくても生きていけるんじゃ」

 流石は仙人。と思ったが、

「そんな奴、この世にはおらんわい」

 と真顔で言った。

「……」

 真剣な顔での天然ボケ。突っ込みようがない。


「これらは乾燥させた食材。湯を入れると元通りになる。乾燥しているから軽くて保存がきくぞ」

「それ、インスタント食品と同じだ」

 と大雅は頭の中で思い浮かべる。

「ラーメンが食いたいな。甘いもん、チョコレートが欲しい。炭酸飲料も飲みたい」

「そんな訳の分からんもんばかっり食ってっから、弱々し身体になるんだよ」

 タワンが馬鹿にするが、大雅には言い返せなかった。


 桃源郷から下界へと続く、獣道けものみちのような細い道を通って山を下りる。

 かなりの急こう配で悪路。

 さすがに修行僧である仙人は息を切らしていない。

 足手まといどころか、知識があって役に立っている。

 


 インタノン山を越え、やっとの思いで峠を登り切る。

 もう海が見えるのかと、晴れ晴れとした気持ちで眼下を見た。

 そこで彼らの見たものは――。

「こ、これは……」

 大雅の力のない声が漏れた。

 どこまでも続く森が彼方へと続いている。

 眼下には広大な森林が、見渡す限りのジャングルが広がっていた。


「あれを、通って行くのか?」

「そうじゃな。海に出るには、あそこを通って行くしかない」

「じゃあ、海はまだまだ先だって言うのか」

「そういうことじゃな」

 まだまだ先、始まったばかりだと言いたげな表情で仙人は言った。

「俺達は、あれを越えるのか……」

「一体、何日掛るんだぁ」

 それぞれが言ってうろたえる。


「森の中といえば川、川が流れているだろう。川の流れに沿って進めば、案外、早く海に出られるんじゃないのか」

 大雅の言葉に、

「また川、川か……」

 嫌そうにタワンが言う。

「水が苦手なんじゃろう」

 仙人が察すると、

「私達、その、泳げないのよね」

 申し訳なさそうにフランが言った。


 そうだった、猫は水が嫌いなんだよな。


「俺が言っているのは、泳ぐことじゃなく、舟を使えば良いって言ってるんだよ」

「舟か、それを早く言えよ。脅かしやがって」 


 この慌てよう、どこまで水を恐れているんだ……。

 

 麓まで降りてくると、大雅の思っていた通り川が流れていた。

 細い一本の川。

 当然川は、目指す海に向かって流れている。

 サラサラと流れる川はどこまでも透き通っていて、水の音がジャングル内に響いていた。


「この川を下って行けば、目指す海に出られるんだな。かなり、時間を短縮出来るぞ」

 大雅が川下りを提案するも、皆の浮かない顔。

「肝心の舟は?」

「大丈夫、イカダを作るのさ」

「イカダ?」

「そう、イカダ。浮力のある木を繋いだ舟だ。こんな森の中なら、イカダの材料となる木は沢山ある」

 

 皆で協力して、手頃な木を切って集めた。

 そして、切った何本もの丸太を結んでイカダを作る。

 大雅の指示のもと、丸太を平行に並べて、丈夫なツル植物で結び付けた。


「理想通りのイカダが出来た」

 満足な大雅とは違って、完成したイカダをタワンは不安そうに見る。

「これに、乗るのか……泳ぎの得意なお前やウルフはいいが……」

「木は水に浮く。これだけの浮力があれば、七人乗っても大丈夫だ。ただ、乗っているだけでいいんだよ」


 緩やかな川の流れに沿ってイカダは進んで行く。

「こりゃ、楽だ」

「エンジンがあれば、上流を上って行くことも出来るんだけどな」

「エンジン? なんだ、それ」

 初めて聞く単語にタワンが首を傾げる。

「便利ではあるが、燃料やバッテリーなど、いろいろ制約があって扱い難い。自然を利用出来る今の俺達には、必要ないよ」


 何本もの小さな川が合流し、川幅が広くなる。

 次第に、川の流れが速くなった。

 最初はかいで漕いで進んでいたが、何もせずに進んでくれた。


 川の流れが速くなると、当然イカダは揺れる。

 イカダに手すりなど無く、不安定な足場に皆がふらついた。

「みんな、落ちないように気を付けろよ。泳げないんだから」

 ロッチが注意を促す。

「師匠?」

 見ると、しっかりと杖をついて立っていた。

 さすがは仙人。びくともしていない。

 流れが一段と速くなり、川は激流と化す。


 何か、ヤバい気がする。


 悪い予感は的中した。

 降り掛かる水しぶき。川の真ん中に突起物が。

「あれは、あれは岩だ!」

「危ない、よけ切れるのか!」

 必死で櫂を漕いで岸に近付けようとするも、流れが速過ぎて避け切れず、川の真ん中の岩に当たり、イカダが一回転した。

 その衝撃で、

「――しまった! 櫂が…」

 操縦する櫂が投げ出され、イカダが制御不能に陥った。

 皆、しゃがんで必死にイカダにしがみ付く。


 更に、危機は迫る。

「あれ、あの白いもやはなんだ?」

 タワンが指差しながら言った。

 前方の指差す方を見ると、白い煙が。

「あの水しぶき……滝だぁ!」

 大雅が声を上げて危険を知らせた。

「滝だってぇー!」

「早く岸に!」

 と声を掛けるも、大雅とウルフ以外は泳げない。

 不安定なイカダの上では立っているのが精一杯。踏ん張りが利かないから、向こう岸までジャンプすることが出来ない。


「爺さん! 術でイカダを引き寄せてくれよ」

「馬鹿言え! 立っているのが精一杯、術など掛ける余裕はない」

「えーーっ!」

「うそぉー!」

 仙人がどっしりと構えて立っていたのは余裕がなく、必死にしがみついていただけだった。

 

 機転を利かした大雅が、イカダに結んだロープを投げ付けた。

 ロープの先に付けた石が大木の枝に絡まり、ピーンと張ったロープがイカダを止める。

 いち早くサスケがロープを伝って、向こう側の木に渡れた。


 助かった――。


 と喜んだのも束の間、

 イカダが急停止した反動で、フランが川に落ちた。

「――フラン!」

 躊躇している暇はない。

 とっさに大雅がフランの後を追って川に飛び込んだ。

「大将ぉ!」

 ウルフが叫び、大雅の後を追おうとするが、

「お前はロープをしっかり握っていろ。みんなを救うんだ!」

 タイガの指示に従い、ウルフが力強くロープを引っ張ってイカダを川岸に近付けた。


 泳いで溺れるフランのもとへ。

 滝が迫る中、

「て、手を!」

 差し出したフランの手を大雅はがっしりと掴んだ。

 瞬間――全身に衝撃が走る――。


「フラーン!」

「ノロマぁー!」

「タイガぁー!」

「大将ぉ!」

 川岸から見守る仲間達の前で、スウッと大雅とフランは消えた。


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