20.帰っていいですか?
クリスティアのお父様──リシェーラ公国の王との謁見はすぐに決まりました。というか決めさせられました。
普通ではあり得ないことです。
だって相手は国王ですからね。普通なら謁見を申し込んで早くても一時間は待たされるのに、申し込んだのがクリスティアだったからでしょうか。それとも最初からこうするつもりだったのでしょうか。
何にしても、面倒くさいことになったのは間違いありません。
私は謁見が嫌いです。あの場は無駄に堅苦しい雰囲気があるせいで、なんか居心地が悪くて……。
だから騎士としてラエット王国に仕えていた時も、私は陛下に何か報告があるたびに謁見を申し込むのではなく、戦姫としての地位を存分に活用して、直接陛下の執務室に乗り込んでいました。
というわけで、まともに謁見したのは十年以上前の話。
それだけ格式高い雰囲気は嫌いなのです。
「うぇぇぇ、やりたくないぃぃぃ」
「大丈夫ですよ。お父様はとてもお優しい方です。ヴィアラ様が傭兵だと伝えてあるので、作法が身についていなくたって気にしませんよ」
嫌がる私の手を引っ張り、徐々に謁見の間へ連れて行こうとするクリスティア。
彼女は何度も私のことを励ましてくれます。その言葉自体はありがたいのですが、でも、そういう問題じゃないんです。
一応、私も騎士として仕えていたため、最低限の礼儀作法は弁えています。
しかし所々省略したとしても、結局はあの空気感が嫌いなだけで、やはり息苦しいことには変わりなく────。
「ほら、着きましたよ」
と、気づけば目の前には無駄に大きな扉が。
扉の前には二人の騎士が門番のように立っており、クリスティアに向けて敬礼をします。その後彼らは無情にも大きな扉を押し開き、謁見の間があらわになりました。
「いい加減諦めてください。短い期間とは言えヴィアラ様は私の騎士様なのですから、ピシッとしてくれなければ困ります。これも依頼のうちですよ」
「…………うぅ……」
そう言われてしまっては、うだうだ言ってられません。
──依頼だから仕方ない。無理やり気持ちを切り替え、私はクリスティアの斜め後ろに付き添います。
不幸中の幸いだったのは、揃っている人が少なかったこと。
この場にいるのは国王と王妃、第一王子などの王族、それを護衛するゲルド団長ら数名の騎士、王族の側近を務める少数の貴族のみでした。
事前に予定されていた謁見ならば、この中はもっと大勢の騎士と貴族が並んでいたはず……。しかし、急な謁見だったために人を集められなかったのでしょう。
「リシェーラ公国第一王女クリスティア・レア・リシェーラ。並びに傭兵ヴィアラ。陛下にご挨拶申し上げます」
「……………………」
玉座に腰掛ける国王に跪き、こうべを垂れます。
「おもてを上げよ」
見上げる許可をいただいたので、顔を上に。
……謁見では必ずこれをしますが、この行為って何の意味があるんですかね?
「急な呼び出しにも関わらず、よく来てくれた。……其方がクリスティアの言っていた傭兵か」
「国王陛下にご挨拶申し上げます。さすらいの傭兵ヴィアラと申します。此度は私を快く受け入れてくださり、ありがとうございます」
「いや、感謝を述べるのはこちらの方だ。我が娘の危機を救ってくれたこと、心から感謝を──」
そう言った国王がこちらに頭を下げ、この場にいる全ての者がそれに倣いました。
普通ならば考えられないことです。
今の私は所詮、身元も分からぬ野蛮な傭兵。そんな怪しい人間相手に国のお偉い様が頭を下げると、むしろ変な憶測を生んでしまいます。
…………ああ、なるほど。
だから、この謁見には最低限の者だけが集まっているのですね。
これをするためにあえて急な予定を立て、本当に信頼できる側近の貴族のみを参加させた。
最初は「あまりにも急すぎるでしょ虐めかよ」と思っていましたが、これならば不自然な予定決行にも納得できるってもんです。
だからって今すぐ帰りたい気持ちは変わりませんけど……。
「すでに娘から大方の話は聞いている。娘からの急な頼みを引き受けてくれたことにもな。……まぁ、予想以上の大金を条件に出された時は耳を疑ったが」
「それに関しては非礼を詫びます。しかし、私は私自身の実力を誰よりも理解しています。きっと陛下にも、あの報酬金は妥当な値段だったと納得していただけることでしょう」
ここで謙遜するのはむしろ悪手になる。
そのため、あえて自信満々に答えましたが、流石に生意気だったかなと少し心配になって国王を見上げれば、彼はくつくつと楽しそうに笑っていました。
その様子から察するに、彼はこの返答を期待していたのでしょう。
「うむ。其方の実力はゲルド団長からも聞いている。あの鬼将軍の本気を前にして、一歩も引かぬどころか純粋な剣の腕だけで圧倒したと言うではないか。…………ああ、先日の近隣の森で起きたゴブリンの件も其方が解決してくれたのだったな。報告では数十体にも及ぶゴブリンの群れを一掃したとか。本当に素晴らしい功績だ」
「この程度、誇るほどのことではありません」
「ここまで言っても謙遜しない、か──ははっ! クリスティアの言う通り肝が据わっているな」
謙遜するも何も、本当のことですからね。
「もし其方が本気を出したらどうなるのか、考えただけでも末恐ろしい。──どうだ? 正式に我が国に雇われてみるつもりはないか?」
「おと──陛下!」
国王からのお誘い。
沈黙を貫いていたクリスティアが、それを咎めるように声をあげました。
「陛下。そのお誘いはありがたいのですが、お断りさせていただきます」
「報酬は其方の言い値を支払う。そう言ってもか?」
「…………ええ、私にはやりたいことがあります。今は縁あってクリスティア様の依頼を引き受けましたが、これが終われば私はまた旅に出るつもりです。何を差し出されたとしても、どこかに属するつもりはありません」
危ない危ない。
一瞬だけ揺らいでしまったのは内緒です。
しかし、今の私は騎士でも戦姫でもなく、恋心を求めて旅をする一人の乙女。この旅が終わるまではどこにも属さないと決めているのです。
「そうか。それは残念だな……」
「申し訳ありません。すでに決めたことなので」
「気にするな。はなから期待して言ったわけではないからな。……それに、其方はこの小国程度で収まる器ではないだろう」
そう言ってこちらを見つめる国王の視線は、何かを見透かしているように感じました。
私は他人の心を読めません。そのため彼が今何を思っているかは分かりませんが、あのような目を向けてくる場合は大抵、こちらの腹を探ろうとしている時です。
貴族や王族はこう言った腹の探り合いをするから、苦手なのです。
もっと純粋な目で人を判断するとか、疑わしい時ははっきり言って、それでも疑わしいなら決闘するとか……穏便にやれないのでしょうか。
『はたして決闘は穏便なのだろうか……?』
相棒のツッコミが頭上から降ってきますが、今は無視です。
「クリスティアがあれほど褒めるのだ。どこの馬の骨が我が娘を誘惑したのか、その魂胆を見極めてやろうと思ったのだが……其方になら任せても大丈夫だろうな」
…………え?
私、そんな理由で呼ばれたんですか?
「ヴィアラ殿。改めて──クリスティアを頼んだ」
「ええ、お任せください。報酬通りの働きはしてみせます」
見極めるだなんだと言われましたが、どうやらお眼鏡にかなった様子。
その手応えを確かに、私は無事に──謁見を終えたのでした。




