変な人
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ローズと別れ歩くことしばし。アランは、周囲と比べてやや広めの、二階建て住宅の前で足を止めた。ヴェレリアの一般住宅にしては珍しく庭が設けられており、色とりどりの花が来る者を歓迎しているようにも感じられる。
ここが、アランの住む家、レイヴェルト家の住宅だった。周辺には同じように庭のある家が並んでおり、いわゆる高級住宅街である。
だが、アランは趣味の良いガーデニングにも、立派な家屋にも特に意識を向けることもなく玄関まで一直線に向かう。
それも当然の行動だった。いくら立派な住宅であっても、それはあくまで一般市民としてでしかない。屋敷というより城に住むような貴族達はもちろん、貴族でない魔術師であっても平均収入は一般市民の平均の数倍だ。
レイヴェルト家の住宅は魔術師の家庭としては最低限のレベルでしかなかった。アランにとっては不満もないが自慢出来るものでもない。
ガーデニングに興味を示さないのは、アランがそういった美的感覚に疎く、かつ既に見慣れてしまっているからというのが最大の理由ではあるのだが。
アランがドアノブに手を掛けると、軽い手応えと共にガチャリという音がアランに届いた。現在両親は旅行で家を空けているので、家にいる可能性のある人物は犯罪者を除けば一人しかいない。
(アイリスはもう帰ってるのか。まあ、なんだかんだで結構時間食っちまったからな。しかも何故かアイリスは毎日すげぇ早く帰って来るし)
学園で数度見かけた様子から、赤い髪の少女と友達になったらしいというのはアランにも分かっている。見たところかなり仲は良さそうだったため、放課後遊んで来てもおかしくはないのだが……。
そんなことを考えていたからであろう。アランはドアを開け、いつも通り靴を脱いですぐに自室のある二階へ上がろうとして……、ようやく目の前に立つ少女に気が付いた。
「兄さん、お帰りなさい」
アランを待ち構えるように立っていた少女――――――アイリスは、澄んだアメジストの双眸をアランに向けていた。
「おう、ただいま、アイリス」
「今日は遅かったですね」
アイリスは、やや不機嫌そうに言った。
「ちょっと商店街に寄ってたんだよ」
「兄さんが毎日商店街を通って帰って来ているのは知っています」
アイリスの言う通り、アランは学園からの帰宅中必ず商店街に立ち寄っていた。アラン個人としては特に買うものがある訳ではないのだが、差別なく誰しも客として歓迎され活気の溢れる商店街は、異様な空気の漂う学園終わりの気分転換にちょうど良い。
多少遠回りになるのでアイリスは利用していない。一週間前までは学園に通っているのはアランだけであったため、買い物がある時はアランに頼むのが習慣になっている。アランが毎日商店街を通っていることを、アイリスが知らないはずがなかった。
「ちょっと買い食いしててな。でも夕食はちゃんと食べれるぞ」
アランはそう答えるが、アイリスに納得した様子はない。
「兄さん、なにか隠し事をしていませんか?」
訝しむような視線を向けられ、アランはなんのことかと今日あった事を振り返るが、アイリスに話すようなことは見つからなかった。
「特にないと思うが……」
しかし、アランがそう言った瞬間、アイリスの瞳がキュッと細められた。
「では兄さんは、一人で、一時間以上も商店街にいたのですか?」
「あぁ……うん、確かにもう一人いたよ、変なのが」
「変なの……ですか?」
アランの返答に、アイリスは困惑した様子を見せる。変な人と商店街で食べ歩きをしていましたと言われたら、それも当然の反応であろう。
「兄さん、それはどういう……」
特に隠すようなことでもない。アランは、今日の放課後のあらましをアイリスに説明することにした。
学園を出てローズに声を掛けられたところから、ローズが腹痛に襲われ始めたところまでアランが説明し終えると、アイリスの表情は―――全く変わっていなかった。いや、むしろ困惑の色が濃くなっている。
「……なんなんですか、その人」
真っ先に出てきた感想が、これだ。説明をしてアイリスを困惑させたアランはというと。
「……なんなんだろうな、ほんと」
アイリスと同様の表情を浮かべていた。
(説明してみたはいいが、話せば話すほどわけが分からないぞあいつ……)
思い出せば思い出すほど、ローズの行動の意味がわからない。ランキング第一位でありながら決して奢らず努力し、孤高を貫く、男女問わず敬意にも似た好意を向けられる少女、ローズ・ノルザリア。
今日放課後行動を共にした少女があのローズ・ノルザリアであるというのが、未だに信じられない思いである。
しばらくの間、兄妹揃って頭を悩ませていたが、先に思考の渦から抜け出したらしいアイリスがアランに鋭い視線を向けた。
「それで、兄さんはどうしてそんな人と一緒に行動していたんですか? しかもその方って、今日の兄さんの対戦相手の方ですよね」
「おい、どうしてそれが……って、まあアイリスならそれぐらい分かって当然か」
アランはローズの名前は口にしていなかったので、アイリスの指摘に一瞬驚いたが、すぐに一人で納得したようなアランに、アイリスは肩を落とす。
「そのくらいは私でなくとも分かります。あれだけ大きな魔力はそうありませんからね」
「まあ、あいつは抑えてないからなぁ」
「相応の実力を持っているようですからね、あのローズさんという方は。しかもノルザリア家のご令嬢とは……」
「あいつの家ってすげぇのか?」
アランはアイリスと違って貴族社会の常識には疎い。アランが聞くと、アイリスはこくりと頷いた。
「はい、ノルザリア家といえば、心優しい貴族として市民にも親しまれている有力貴族です。ノルザリア家の領地に住む人々は生活水準が高く、引っ越し移住志願者が後を絶たないそうですよ」
「へぇ、そうなのか。他の貴族っぽい奴が下手に出てたのも納得だな」
アランが馬車に乗っていた男を思い浮かべながら言うと、アイリスはキョトンと首をかしげた。
「他の貴族……ですか?」
「商店街からの帰り道に会ったんだよ。あいつの家の馬車に乗った奴らに。そういや、貴族が他の貴族を自分の家の馬車に乗せるなんてことあんのか?」
「それはおそらく……見合い相手を乗せた馬車です。ローズさんのお父様、ノルザリア家の当主が招いたのではないでしょうか」
「あれが見合い相手だと!? そいつはおっさんだったぞ?」
アランが驚いて声を荒げる。それに対して、アイリスは首を横に振った。
「いえ、兄さんが見たのは父親の方でしょう。その御子息が一緒に乗っていたはずです」
それを聞きアランは落ち着きを取り戻したが、それで解決されるものでもなく、アランは首を捻った。
「そういや他にも乗ってるみたいなことを言ってたな……。いや、あのおっさんの息子だったとしても、あいつとは相当年が離れてるんじゃないか?」
「貴族の結婚ではよくあることです。女性は早婚を望まれますが、男性は魔術研究や他国との戦争で成果を上げてから、というのが貴族の常識らしいですよ」
「へぇ……、あいつも意外と大変なんだな。つーか男の方もそれでいいのかよ。俺だったら自分の半分くらいしか生きてない奴と結婚なんて考えられねーが」
アランが他人事のようにそんなことを言っていると、アイリスは急に俯いてしまう。
「兄さんは歳下の女の子が好きだとばかり……。いえ、でも意外と歳上の女性に甘えたかったり……?」
アランには聞こえない小声でそんなことを呟く。そして、アイリスは明後日の方向を向きながらアランに問い掛けた。
「じゃ、じゃあ兄さんは……どのくらいなら、いいんですか?」
突然の質問にアランは意図が分からず、聞き返す。
「いいって……なにがだ?」
「だから、何歳くらい下までなら、その……結婚とか、そういうのを……」
アイリスがはっきり話さないので、アランには後半はほとんど聞き取れなかった。だが、今度はなんとか理解することが出来たアランは、特に深く考えることなく答える。
「んー、そうだな、二歳くらいか? よく分からないが。というか、なんでそんなこと聞くんだよ」
聞き返され、アイリスは答えに困ったようだったが、狼狽えたのは一瞬だった。
「な、なんでもありません。明日からは早く帰ってきてくださいね。私は部屋に戻ります!」
アランの質問には答えず、それどころかアイリスはアランと目も合わせようとしない。そしてそのまま階段を上がり自室へと帰ってしまった。
(アイリスのやつ、急にどうしたんだ?)
アランには、アイリスの心がよく分からない。昔はいつも一緒に魔術の練習をして仲の良い兄妹であったのだが、いつの間にか、アランは二人の間に大きな溝が出来てしまったように感じていた。
(なんか顔が赤かった気がしたが、熱でもあんのか? 様子もおかしかったしな……。ちょっと気にして見ておくか)
両親の旅行は明後日までだと聞いている。なんとなく二階に上がるのは良くない気がしたので、アランは誰もいない一階のリビングでダラダラとすることにした。
その日の食卓で、アランはアイリスの様子をじっと観察していたのたが……。
そのせいで余計にアイリスの顔が赤くなってしまうことなど、アランに分かるはずもなかった。
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