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17話「トンネルを抜けるとそこは」

 体を優しく揺すられる感覚に意識が覚醒する。

 うっすらと目を開けるとリーフが俺の顔を覗き込んでいた。


「アリス、起きなさい。」


 元の世界でもこんな起こされ方したかったなぁ・・・。

 むにゅっと頬を抓られる。痛くはない。


「ほら、早く。」

「ぅん・・・・・・・・・ふぁ~。」


 起き上がって欠伸をひとつ。

 隣にちょこんと座っていたフラムが俺に声を掛ける。


「ぁ、あの・・・お、ぉはよう・・・。」

「うん、おはよう、フラム。ふぁ~。」


 フラムに挨拶を返して二つ目の欠伸。


「もう他の皆は起きてるわよ。あー・・・ニーナ以外は。」


 向こうではフィーがニーナの頬を引っ張っている。あれは痛いやつだ。

 自分も起きるかと寝袋から這い出す。


「うふふ、お寝坊さんですね。どうぞ。」

「ありがとうございまふ。」


 レーゼから温かいお茶の入ったカップを受け取り、腰を下ろす。

 天井近くに空けられた窓からは、まだ薄暗いが朝の光が差し込んでいる。


 起きて来たニーナと一緒に携帯食を齧ってお茶で流し込む。

 そんな俺達の横ではレーゼとリーフが会話している。


「明日からは学校がありますから、早く帰れるよう早目に出発しましょう。」

「えぇ、そうですね。日が落ちる前に戻れると良いのですけど。」


 考える素振りを見せ、マルネが答える。


「んー、何も無ければ夕方には戻れると思うよ。ね、テリカちゃん?」

「そうだねぇ、夕飯は帰って食べられるはずだ。」


 出発の準備を整え、一晩世話になった隠し部屋を出る。


「このまま奥に進んで山の向こう側へ出ます。奥の方に外の光が見えるでしょう?」


 レーゼの指差す方向を見るとすっかり明るくなった外が見える。


「すぐに出られそうですね。」

「この辺りはちょうど真ん中ぐらいなんだよー、ほら。」


 マルネが逆方向を指差すと同じくらいの大きさで外の光が見えた。

 奥に向かって進んで行くと、来た時と同様に壁に魔除けが彫られている。


 ニーナが左右の壁をキョロキョロと見渡す。


「この魔法陣、沢山彫ってあるねー。」


 ニーナの言葉にリーフが答える。


「きっと昔は交通の要所だったのでしょうね。どれくらい昔かは見当もつかないけれど。」


 要はトンネルとして機能していたのだろう。

 そんな会話をしている間に、もう外がはっきりと見えるくらいに近づいた。


「また森の中を行くから、皆はぐれないようにねー。」


 トンネルを抜けた森の中には、獣道よりもはっきりとした道が出来ている。


「こっち側は道がしっかりしているのね。」

「あの洞窟を使っていた人たちが通ってたのかな。」

「きっとそうなのでしょうね。」


 道を進んで行くと、一際大きな木が並んでいる場所に出くわした。


「うわー、でっかーい!」

「ここが採取場所です。あの大きい木の下に生えている草がそうですね。」


 さらさらとした草が大きい木の根を覆うように生えている。

 見た事のない植物だ。

 レーゼがその植物について解説をはじめる。


「櫛解ヶ草と言って、大きい木の下によく生えています。此処は昔の人が作った櫛解ヶ草の畑なのではないかと、先生が仰っていましたね。」

「先生が、ですか?」


「ええ、植物科の先生なのですが、この辺りに詳しい方です。私達があの洞窟を見つけた事を話した時に教えて貰ったのです。」


 マルネ達はそれから何度か此処に訪れたらしい。

 が、その度に魔物に遭遇した為、この場所は諦める事にしたそうだ。


 パン、とレーゼが柏手を一つ打つ。


「さて、それでは張り切って集めましょうか。」


*****


 バスケットにはすでに櫛解ヶ草の束がたっぷりと詰め込まれている。

 最後の束をバスケットに詰め、レーゼがマルネに問う。


「残りはホグシの花でしたね。」


 マルネが依頼書を確認しながら答えた。


「うん、そうだよー。」

「ではもう少し奥ですね。よい・・・しょっと、行きましょうか、皆さん。」


 重くなったバスケットを持ち上げ、レーゼとマルネが歩き出した。


 更に森の中に作られた道を進んで行くと、遠くから何やら聞こえてくる。

 前を行くレーゼとマルネが歩みを止め、こちらを振り返った。


「あれは・・・何の音でしょう?」


 耳を澄ませると、微かに聞こえる金属同士がぶつかる様な音。

 これは多分―――


「何かが戦ってるみたいですね。偵察して来ますので、少し待ってて下さい。」


 慌てて俺を引き留めるマルネ。


「で、でもアリスちゃん一人じゃ・・・。」


 ヒノカが一歩前に出る。


「なら私が付いて行こう。」

「いや、ヒノカはここで皆の事をお願い。私なら一人で大丈夫だから。」


「ふむ・・・確かに私はこちらに残った方が良いか。」


 フィーが俺の袖をぎゅっと掴む。


「わたしがいっしょに行く。一人はダメだよ。」

「ボクでもいいよー。」


「でもお姉ちゃん達はパーティの主力だし・・・。」


 リーフがフラムの肩に手を置く。


「それならフラム。あなたが付いて行ってあげて。」

「ぇ・・・ぇ・・・わ、私・・・!?」


「だって、強いのが付いて行ったら逆に危ない事しそうだもの。」


 どこか納得顔のヒノカ。


「ふむ、確かにそれはあるかもな・・・。」


 リーフがゴニョゴニョとフラムに耳打ちする。


「それにね、フラム――――――――――――だから、アリスの事をお願い。」

「ぅ・・・うん・・・が、頑張る・・・!」


 何だか分からないがフラムもやる気のようだ。


「という事で決まりよ、アリス。」


 これ以上は有無を言わさぬというリーフ。


「わ、分かったよ。でも本当に大丈夫、フラム?」

「だ・・・大丈夫・・・。」


「うん、それじゃあ行こうか。・・・はい。」


 鞄を地面に置き、手を後ろにまわして腰を下ろす。


「ぇ・・・?」

「お姫様抱っこの方が良かった?」


 フラムは顔を赤くしてフルフルと頭を振ってから俺の背中に身を預ける。


「しっかり捕まってね。」


 フラムの手がぎゅっと組まれたのを確認して立ち上がる。


「じゃ、行ってくるね。」

「ええ、気を付けて。」


 俺は強化魔法と触手を使い、木の枝を跳躍して渡っていく。

 フラムが怖がらないように速度は抑えめだ。

 もちろん、フラムが落ちないよう触手でしっかりと固定もしている。


「ぁ・・・ぁの・・・。」

「ん?」


「ご・・・ごめん、なさぃ・・・・・・ぁ・・・足手まとい・・・で。」

「そんなのは今だけだよ、きっと。」


「ぃ・・・今、だけ・・・?」

「そのために学院で勉強してるんでしょ?」


「で、でも・・・私だけ・・・付いていけて、ない・・・から。」

「そう?ニーナの方が不味いと思うけど・・・。」


「ニーナは・・・剣、が使える・・・し・・・。ゎ、私だけ・・・何も無い、の。」

「それこそ今だけだよ、ちゃんと制御出来るようになればリーフより凄い魔法が使えると思うし。火の魔法に関してはね。」


「火の・・・魔法・・・。」

「この前、見せてくれたでしょ?」


「ぁ・・・あんな、魔法じゃ・・・。」

「そんな事ないよ、あれは凄い魔法だった。多分リーフでも無理だと思う。魔力の消費が凄かったからね。」


「アリスは・・・出来てた、よ?」

「私は他の人よりずっと魔力が多いから。フラムは多分、火に関する魔力効率が抜群に良いんだよ。」


「こう・・・りつ?」

「少ない魔力で強力な魔法が撃てるって事。」


「そうな・・・の?」

「私の見立てだけどね。信じられない?」


「そ、そんな・・・事は・・・。」

「それがイストリア家の血が持つ特性なんだろうね。」


「ひぅっ・・・・・・!」


 俺に掴まっているフラムの腕がぎゅっと強張る。


「あれだけの魔法を使えるフラムなら、もっと誇っても良いと思う。」

「ぇ・・・?」


「だから、自分の名前に怯える必要なんて、ないよ。」

「・・・・・・う、・・・ぅん。」


「それに、フラムは自分の火の色の髪が嫌いだと言っているけど、私はその紅くてふわふわな髪、綺麗で好きだよ。」

「ぁ・・・・・・ぁ・・・・・・・・・あの・・・・・・・・・ぁ・・・・・・ありが、とぅ・・・・・・。」


 それから口を閉ざした俺達。

 森に木霊する音は徐々に近づいてきていた。

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