18話「黒い豚」
耳を澄ませなくても聞こえる程に近づいた喧騒。
はっきりと戦いの音だと分かる。
「ここからは声も小さくね。」
フラムが頷くのを確認し、今までより慎重に音に近づいて行く。
「魔物同士で戦ってるのか・・・。」
そこではオーク3匹とゴブリン多数が戦っていた。
ゆっくりとフラムを横に下ろし、頭を低くして辺りを観察する。
周りにはゴブリンの死体がゴロゴロと。オークのものは無い。
オークによる虐殺、と言った方が正しいだろう。
装備の所為もあるだろうが、俺が戦った事のあるオークより数段上の強さだ。
ゴブリン側は数のおかげで何とか持っているが、それも時間の問題か。
周辺の魔力を探るとオーク達よりも更に強い魔力の反応が一つ感じられるが、姿を隠しているようで確認できない。
あのオーク達の親玉だろうか。
森の中に続く道に近い場所であるため、道なりに進めば鉢合わせるかもしれない。
殲滅してから進むか、迂回するかだが・・・。
まぁ、これぐらいなら処理出来るだろう。
「片付けてくるから、ここで待ってて。」
フラムに耳打ちし、立ち上がって魔物たちの方へ向き直ると、ぎゅっと腕を掴まれる。
「どうしたの、フラム?」
「・・・だめ。」
「大丈夫、あれくらいの魔物ならすぐに片付けるから、少しだけ我慢してて。」
「だめ・・・なの。」
「ほ、本当に少しの間だけだから、ね?」
フラムを説得しようと試みたが、今度は腰の辺りに抱きつかれてしまう。
慌てて木から落ちないように体を支える。
「うぉっ、落ちちゃうよ・・・フラム。」
見上げるフラムと視線が合う、フラムの瞳には涙が溜り、ぽろぽろと頬を伝う。
「ひ、一人で・・・危ない事、したら・・・だめ、なの。」
「あ、う~・・・え~と・・・・・・・・・・・・ごめん・・・・・・。」
こっちの方がよっぽど手強いな・・・。
フラムの頭を撫でてやる。
「ごめんね、フラム。皆の所に戻ろうか。」
「ぅっく・・・・・・うん・・・・・・。」
俺はフラムを再び背負い、静かにその場を立ち去った。
ある程度離れたのを確認して徐々にスピードを上げる。
背中のフラムの涙はまだ止まっていない。
「・・・ひ・・・っく・・・・・・ぅっ・・・・・・。」
「ねぇ、フラム。私はこんな事でフラムを嫌いになったりしないよ?」
「ぁ・・・・・・・・・・・・うん・・・・・・うん・・・・・・っ。」
フラムの腕にきゅっと力が込もる。
「そういえばさぁ、リーフに何て言われたの?」
「ぇ・・・?」
「ほら、偵察に出る前。」
「え・・・と、私が・・・アリスを止められる確率が、一番高い・・・って。」
「あー・・・、なるほど・・・。確かにそうかも・・・。」
良く分かってらっしゃる。
*****
皆の所へ戻り、リーフが開口一番。
「フフッ、ちゃんと役目を果たしたようね、フラムは。」
「そりゃもう、しっかりと・・・。」
分かっていない顔のフラムを背中から下ろした。
一息ついたところでヒノカが状況の説明を求めてくる。
「それで、どうだった?」
「オークとゴブリンが戦闘中でオーク側が圧倒、残った強めのゴブリンが何とか抗ってる感じだったかな。ゴブリン達が全滅するのは時間の問題だと思う。」
「数は?」
「オークが3匹、ゴブリンは沢山って具合だったよ。あと、姿は確認できなかったけど強そうなのが1匹。」
「オークがか?ゴブリンよりは多少力がある程度くらいだった筈だが。」
「私が戦った事のあるオークより断然強そうだったよ。」
話を聞いていたレーゼが参加してくる。
「あの・・・、このまま進んでも大丈夫なのですか?」
「このまま道なりに進めば鉢合わせる可能性大ですね。迂回するという手もあると思いますが・・・。」
「ええ・・・、ですが迷ってしまう可能性がありますね。私達もこの辺りに詳しい、とは言えませんから。」
「それなら、戦う方が良さそうですね。」
「戦っても大丈夫なのですか?」
「あれぐらいなら問題ないと思います。」
「・・・・・・分かりました、それではこのまま進む事にしましょう。」
自分の荷物を背負い直し、行軍を再開する。
リーフが隣に並び小声で話しかけてくる。
「ねぇアリス、フラムはどうだったかしら?」
「んー・・・・・・大丈夫、だと思う。」
「そう、それなら良かったわ。」
「どうしてフラムに行かせたの?」
「だって貴女、フラムには甘いんですもの。」
「・・・・・・そう?」
「フフッ、そうよ。」
*****
しばらく進むと、魔物達の争う音が間近に感じられる距離まで近づいた。
足音を殺し、身を潜めながら観察できる位置に陣取る。
ゴブリンの数は減り、もう両手で足りる程になっていた。
声量を絞ってヒノカと会話する。
「ゴブリン達はもう持ちそうにないな。」
「そうだね、ゴブリンが全滅したら仕掛ける感じで良いかな?」
「あぁ、それが良いだろう。隠れている一体には気をつけないといかんがな。」
ヒノカが強い気配がする一点を睨んだ。
俺達の会話にリーフが加わる。
「洞窟の時と同じように私の魔法からで良いかしら?」
「そうだな、一体に集中して確実に数を減らせるようにしてくれ。」
「分かったわ。」
更に保険を掛けておく事にする。
「一応ゴーレムを出して戦わせるよ。」
地面に手を着き、魔力を流し込んで豹型のゴーレムを造り出した。
以前に造った犬型よりも牙が大きく、鋭い。
「これで一体抑えるから残った一体からお姉ちゃんとニーナで片付けていって。」
「隠れている一体がどう動くか分からん、注意してあの三体を片付けたら一度こちらに退くように。」
「りょーかい。」
「うん、わかった。」
打ち合わせをしている間にも一体、また一体とゴブリンが倒される。
「では、最後のゴブリンが倒れたら仕掛けるぞ。」
間もなく最後のゴブリンがオーク達の攻撃を受け、断末魔の叫びをあげて倒れた。
「行くわっ、”氷矢”!」
「行けっ、ロデム!」
「・・・・・・何かしら、それ?」
「あのゴーレムの名前だよ。」
三本の氷の矢が敵を倒して油断していた一体のオークの頭を貫き、砕いた。
声をあげる間もなく倒れた仲間を茫然と見るオークの一体にゴーレムが噛み付く。
「プギャッ!!」「フゴッフゴフゴッ!!」
噛み付いたゴーレムを懸命に剥がそうと、オーク達の注意がゴーレムに逸れた瞬間。
ヒノカの合図でフィーとニーナが飛び出す。
オーク達は気付かない。
オークの背後からフィーの剣が襲いかかり、武器を握っていた両腕が斬り飛ばされた。
「プギィーーッ!」
狼狽するオークの喉元にニーナの剣が突き刺さり、絶命する。
ゴーレムに襲われているオークが咄嗟にフィーに武器を向けるが、遅い。
既に間合いに入っていたフィーの一閃で両腕が斬り落とされ、勢いで舞うように更に一閃。
ゴロリ、と地面にオークの首が転がった。
オークが片付いたのを確認した二人がこちらへと後退する。
「来るぞ。」
ヒノカの声に、残りの一体がいる方に目を向ける。
ガサガサと草を掻き分け、影から現れたのは黒いオークだった。
倒したオーク達よりも二周り以上大きく、頭には輝く兜を被っている。
荒い鼻息でこちらを威嚇しているが、すぐに仕掛けてくる気配は無い。
リーフが目を逸らさずに呟く。
「黒いオーク・・・あんなのもいるのね。」
「私も初めて見たよ。」
「中々強そうだな、どうする?見逃してくれそうには無いが。」
「とりあえず、ゴーレムにやらせてみるよ。」
命令を受け取ったゴーレムが黒いオークへ飛び掛かり、身体を庇った腕に噛み付いた。
意も介さずに噛み付いたままのゴーレムを持ち上げ、何度も木に打ちつける。
初めは耐えていたゴーレムも次第に罅が入り、とうとう砕かれてしまった。
「凄い膂力だな。」
「あんなのに掴まったら一溜りも無いわね。」
「なんか、怒ってるっぽい?」
黒いオークから放たれる殺気が膨れ上がり、今にも襲い掛かってきそうだ。
「前衛はお姉ちゃんとヒノカでお願い!」
「わかった!」
「やっと私の出番だな!」
二人が飛び出し、黒いオークへ向かう。
「ニーナは中衛で、リーフは後衛で援護を!」
「りょーかい!」
「分かったわ。けれど、あれだけの魔物だと少し時間が掛かりそうよ?」
「私に良い考えがある。」
「・・・・・・・・・・・・本当かしら?」
俺は地面から剣を造り出した。
刃の部分に反しが付いており、ギザギザになっている。
同じものをもう2本作り、身に着けていた武器等を外して代わりに背負う。
「趣味の悪い形ね。そんなものをどうするの?」
「まぁ、見ててよ。」
出来たてほやほやの剣を持ち、黒いオークに近づく。
フィーとヒノカは上手く連携を取り、着実にダメージを与えていた。
二人に隙が出来る時には間髪入れずにニーナの攻撃が黒いオークを襲う。
黒いオークが三人に気を取られている間に強化魔法で強化した身体で跳躍。
その勢いを使って深々と黒いオークの背中に剣を突き刺した。
「グギャアアァァァッ!!」
悲鳴を上げつつ、俺を掴もうと手を伸ばしてくる。
俺は剣から手を離し、そこに剣を残したまま後退。
反しが付いているので少々の事では抜けないだろう。
同じ手法で残りの剣を黒いオークに突き立てていく。
剣が三本も突き刺さっているというのに、まだまだ元気そうだ。
かなり頑丈な奴らしい。
―――だが。
「皆、離れて!・・・・・・暴れろっ!」
「グオォアァァァッッ!!!!」
命令を出すと黒いオークは地団太を踏み、転げまわって形振り構わず暴れ出した。
もちろん俺が黒いオークを操っている訳ではない。
俺が命令を出したのは奴に突き刺さった剣の形をしたゴーレムだ。
動かす事が出来る分、普通に作った剣よりも耐久は落てしまうが。
奴の身体の中で刃を伸ばし、アスファルトに出たミミズのように暴れてくれている事だろう。
流石にあれだけ暴れられては近づけないのか、フィーたち三人は距離を取っている。
しかし、ただ暴れているだけでは魔法の恰好の的である。
リーフも含めた四人による魔法の一斉射が始まった。
*****
森の中に静寂が戻り、リーフが安堵の息を吐く。
「ふぅ・・・、よくもまぁこれだけ暴れたものね。」
ピクリとも動かなくなった黒いオークの周りの木はなぎ倒されてしまっていた。
「アリス、奴に一体何をしたのだ?」
「あいつに突き刺したのは剣のゴーレムでね、全部刺した後一斉に暴れさせたんだよ。」
聞いていたニーナが身体を震わせる。
「うわー、痛そう。」
カランと金属音が響く。
黒いオークの被っていた兜が外れて落ちた音だった。
拾ってみると黒いオークの頭に比べて随分と小さい。
レーゼがその兜を見て答える。
「あら、それはミスリル製ですね。ミスリル製の防具は使用者の身体に合わせてある程度までは伸縮するんですよ。この黒いオークにやられた人が持っていたのでしょうね。」
「ミゼル知ってるよ~。ミスリルってたっかいんだから~。」
テリカも加わり、兜を見て値踏みする。
「でも傷が大きく付いてるから大分値段が下がるね、これじゃ。」
「そうですねぇ・・・加工費が高いですから。それでもいくらかにはなると思いますが・・・。」
「持って帰るにしても、少し邪魔だねー。」
傷の所為で随分安くなってしまうようだが、捨て置くのも忍びない。
被って帰れば邪魔にならないのでは?
そう提案するとリーフが指摘してくる。
「貴女・・・これ、被る?」
自分の手にある兜を見下ろし、理解する。
「あー・・・、いいや・・・・・・。」
流石にオークが被っていたものはちょっとキツイものがある。というか臭う。臭ぇ。
「”洗浄”。」
フィーが魔法を掛けると薄汚れていた兜が輝きを取り戻し、悪臭が取り除かれた。
これなら問題ないだろう。
試しに被ってみると、吸いつくように兜が縮み、ピタッと頭が収まる大きさになる。
「おお、ホントに縮んだー!」
「ふむ、中々似合うではないか。」
俺の考えている魔道具作成に使えるかもしれない。
買い取っても問題無いかレーゼ達に確認する。
「これ、実験に使いたいので、こちらで買い取っていいですか?」
「とんでもないわ、貴方達が戦ったのですから貴方達の物ですよ。」
「ミゼル達は何にもしてないしね~。あはは~。」
「だ、だってあんなの無理だよぅ。」
「そういう事だ、それの扱いはそちらで決めてくれ。」
「・・・分かりました、ありがとうございます。という訳でこれは私が買い取るけど、良いかな?」
「いや、別に買い取る必要は無いだろう。アリスの好きにすると良い。」
「そうね、私には無用の長物だし。」
「私も良いよ、アリスには学費も出して貰ったしねー。」
「うん。」
「ぁ、アリスが・・・欲しいなら、それで・・・良い、よ。」
「うん・・・ありがとう。」
さて、戦利品の扱いが決まった所でここからが大仕事だ。
惨憺たる現場を見渡す。
「・・・・・・それじゃ、後片付け始めようか。」
「・・・・・・ああ、そう・・・だな。」
全員でため息を吐いた。
*****
黒オーク以外の死体処理が終わると、ニーナから声が掛かる。
「アリスー!これ見てよ!」
ニーナが示した場所は黒オークの頭頂部。
そこには黒曜石のような黒い石が埋め込まれたように付いている。
「これ・・・何?」
「さぁ・・・ボクもわかんない。」
集まって来た皆にも視線を向けてみるが、首を横に振るばかりだ。
試しにナイフを差し込んでみると、ポロリと黒い石が剥がれ落ちた。
レーゼがまじまじと黒い石を見つめる。
「宝石・・・では無いようですね。」
その石は、それ自体が魔力を帯びているのが視てとれる。
まぁ、どう見てもコイツが原因だろう。
「多分・・・これの所為でオークが凶暴化したんじゃないかな。」
俺の言葉にズザザッと音を鳴らして皆が離れた。
「どうしたの?」
皆の言葉を代表するようにマルネが叫ぶ。
「ア、アリスちゃん、す、すすすす捨てよう!そんなの!」
ゲームならここで【それを捨てるなんてとんでもない!】と表示される筈だ。
ともあれ、現時点ではキーアイテムっぽい物である。
まぁ、捨ててしまっても構わないのだが、ここは持ち帰るべきだろう。
「いえ・・・、持ち帰って学院長に見て貰います。本当にコレが原因なら調べないといけませんから。」
「そ、それはそうだけどぉ~~。」
先程球状に固めた鉄をカプセル状に変形させ、その中に黒い石を入れる。
意味があるかは分からないが、裸で持っているよりはマシだと思いたい。
そのカプセルも鞄の中へ突っ込む。
中の石が暴れて、カツンと音を立てた。
*****
再び森の道を歩き出す。
オーク達が倒していたゴブリンも計上し、とりあえず魔物駆除の仕事は完遂だ。
残るはマルネ達の採取依頼。
マルネに案内されるままに進むと、湖に出たところで足を止めた。
レーゼが示した方を見ると、白くて小さな花がぽつぽつと見受けられる。
「水辺に所々花が咲いているでしょう?あれがホグシの花です。」
腕をまくり、マルネ達が水辺に向かって歩き出す。
「よし、じゃあ張り切って採りますか!」
「ミゼルもがんばる~!」
「あんまりはしゃいで湖に落ちるなよ。」
この分だとすぐ終わりそうだ。
俺達も別れて周囲の警戒に当たる。
陽がいくらも進まない内に、マルネ達の持ってきたバスケットは全て採取物で一杯になった。
後は戻るだけ・・・だが。
「今まで来た道を戻らなきゃいけないのかー・・・。」
「それは言わない約束だよ、ニーナちゃん・・・。」




