第二十三話 可愛いに目がない
昼ごろ沼池に着くと、殺気立っていた沼河童たちの姿はなく、穏やかな日差しが心地よい避暑地を思わせる清涼な空気が漂っていた。
「確か沼河童たちはお昼ごろから活発になるんでしたっけ? その割には穏やかと言いますか。寝てるんですかね?」
火鍼が疑問をつぶやく。警戒態勢は四人とも解いていない。
「見てくださいっす! 奥の方で何かが淡い光を放ってるっす!」
さゆみが指を指す沼地の最奥、沼地の妖精が連れ去られた痕跡のあった場所、沼池の真ん中にある小高いつちの盛り上がりに薄い朱色をした光を放つ人の形をした何かが立っていた。
「あれが、沼地の妖精?」
菫が周りへの警戒を忘れ急ぎ足で沼地の奥に近づこうとする。
「菫! 単独行動は危険です!」
「火鍼、菫は何かに取り憑かれているのか? 俺ははじめて見るからよくわからんが、そばについていればいいんだな?」
「はい、そうしてください。砌さんは寝てたから知らないのも無理はありません。ドライアドのときも今と同じように目を輝かせて興奮しっぱなしだったんですよ」
菫が先を急ぐのを離されないように砌たちはあとをついていく。
「菫お姉ちゃんをしっかり視界に入れてるので迎撃は心配いらないっす!」
さゆみの一言に砌と火鍼は安心を取り戻す。
「頼りにしてるぜ」
「はいっす!」
そうして沼河童からの襲撃もなく沼地の最奥へとたどり着いた。沼池の中心にある小高い土の上には、クルトとサニーに虹色きのこの初物を渡した沼池の妖精が瞳を閉じたまま立ちすくんでいた。
「おい、意識はあるのかい?」
「ほ、ほんものの……本物の、妖精さんだあ! きゃあああ!」
砌の言葉をかき消すほどの喜びによる最大声量が沼地全体に響きわたる。すぐそばにいた砌は耳を押さえてあとずさった。
「す、すんごい喜び方っす……衝撃で吹っ飛ぶかと思ったっす……」
「くっ、鼓膜がやられるとこどったぜ……あー、まだキーーンって鳴ってやがる……」
「すみません……これは想定外でした……」
三者三様に被害を訴え合い、菫の方を見る。
「撮影タイムですう! 目覚める前と目覚めたあとの両方を撮れるなんて眼福! なんて眼福! はぁーー鼻血ぎでそうですわー!」
菫は手持ちの薄い板を手に取り、沼地の妖精の全身を舐め回すように近づいたり遠のいたりしながら全方位から見て回っている。
「あれはカメラ!? あんなに薄くなるんだ。お父さんにも見せてやってほしいっす!」
さゆみの言葉が届かないほど沼地の妖精に夢中になっている菫に引き気味の砌は、沼池の妖精の可憐な美しさに眼福なのは同意だと心の内で思った。
「あの……あなたたちは?」
風鈴のような高い音ながらも繊細で聴き心地のよい響きを伴う声音で、沼池の妖精は砌たちに向かい合った。
「はじめまして。私は菫といいます。どうか私とお友達になってください」
菫は満面の笑みで頬を赤らめながら沼池の妖精の手を取り、有無を言わさぬ勢いで友達申請をお願いしていた。
「え? あ、はい、友達、なりましょうか?」
ものすごく戸惑ってる沼池の妖精は、砌たちに今何が起きているのか説明してほしい意味合いの視線を寄越してくる。
「やったあ! 妖精さんとお友達になれるなんて夢みたい! ありがとう妖精さん!」
喜びいっぱいの菫を遠目で見ながら火鍼は砌に、ドライアドの時も友達申請をして、めでたくお友達になっていたことをこっそり教えてくれる。
「はあ、やれやれ……菫にこんな一面があったとはなあ……」
「そうなんですよ……なんか残念が上回りますよね。ふふふふ……」
「それも魅力のひたつっす。ふふふふ……」
火鍼とさゆみは同じように笑い、砌は周りの警戒を怠ることなく沼池の妖精にここまでの経緯を聞くことにした。
「妖精さんよ、ちょいと聞いていいかい?」
「はい何でしょう? あ、申し遅れました私、沼池の妖精のスーピーと申します」
「スーピーさんて言うんですね! とても可愛らしいお名前です! 私のことは菫と呼んでください!」
菫はいまだ興奮状態のようだ。スーピーは菫に圧倒されながらも、連れ去られたときの記憶を探ろうと視線を宙に向けた。
「男がここに来たんです……瞳の奥に残忍さを隠しているような冷たい笑顔で。虹色きのこの今年の初物がちょうど輝きを増した頃合いで、私は沼地を管理しているハニーコットンの村民たちにわたす気でいたんです……だから、その男に一日後が一番良い状態で収穫できると嘘をついたんです。そして、その男が去ってすぐ後に村の子どもたちが来て、虹色きのこの初物を渡すことができました。翌日の朝、その男は約束通り現れて、虹色きのこを村民に渡したことを告げるとこの場で凍らされました。……その後の記憶はなくて、今しがた目覚めたらあなたたちが目の前にいたというわけです」
「凍らされたあと、破壊されなくてよかったよ〜。ほんとつによかったあ〜」
会えた喜びからの反動なのか、なぜか菫が感極まって泣き出した。鼻水も涙もだしたぐしゃぐしゃな顔でスーピーがここにいることに安堵していた。
「あらあら、そんなに泣かなくても良いのですよ。ありがとう菫」
スーピーは柔らかそうな水辺の葉を採って、菫が鼻を噛むのを手伝って上げた。
その様子を見て、菫は精霊の類や妖精に好かれやすいのだと三人は感じた。
申し訳ありません。ここまでで執筆を中断いたします。




