92 初日
意識が浮上する。瞼が持ち上がり視界に白が飛び込んで来た。
それが病院の天井であると、鈍い意識が遅れて理解していく。
「私、は……」
「目を覚まされたんですね!」
溌溂とした声が隣から聞こえる。
見れば看護師さんが入って来たところだった。
「ご家族の方にも連絡してあります。昼前には到着されるそうですよ」
「そ、そうなの。ありがとう。……私は火事に巻き込まれたのよね?」
「あ、記憶が曖昧ですか? そうです、三笠さんは昨日の火事で運び込まれたんです」
段々と記憶が戻って来た。
火傷を負いながら二階から落ちて……。
「……あれ?」
ふと気付く。体に痛みがない。恐る恐る動かすと、手も足も普通に動く。
病衣の下の肌には包帯どころか新しい火傷痕もない。
「ふふ、気が付かれましたか」
「え?」
「凄いですよね<自動治癒>って。三笠さんが搬送された時にはほとんど外傷はなかったらしいですよ」
何のことかと問うより先に看護師の彼女はドアに手を掛ける。
「それでは私はこれで。先生を呼びますのでその時、改めて診察させて頂くことになるかと思います。それと、お荷物はそちらに置いておりますのでご確認ください。世間は大騒ぎになってますから」
「はあ」
スライドドアの閉まる音。しばし呆然とし、それから荷物に手を伸ばす。
財布を始め貴重品は揃っていた。スマホを取り出し、検索エンジンを立ち上げる。
調べるのは他でもない。
「……良かった、無事だったのね」
昨日の火事はネット記事になっていた。それによると被害者は重傷者二名。
少なくとも死んではいないようだ。
「でも……重傷?」
落ち着いたことで再び疑問が浮かんだ。
私は何故か傷がない。記事の重傷者二名はもしかすると私以外を指しているのかもしれないけれど……それにしたってここまで無傷なのは違和感がある。
そのまま無意識にスクロールしている内に記事が終わった。
人気記事一覧が表示される。そのトップに踊っていた見出しは、私の意識を思考から引き戻すには充分な
──【衝撃】地球にダンジョン出現 政府、スキルの存在を公表へ
◆ ◆ ◆
太平洋時間、二月二十二日二十二時二十二分。
アメリカ合衆国コロラド州のデンバーにランク五ダンジョンが出現。
それに伴い地球中の十六歳以上の人間がステータスを獲得した。
「いやぁ大混乱だねぇ、大変だ」
ダンジョンの大量発生からおよそ十二時間が経過した頃。僕はしみじみとそう呟いた。
この星の〔神〕である僕には地上の全てが知覚できる。
そこまで意識を割きはしないけれど、ざっと俯瞰するだけでも途方もない事態となっていた。
「よく言う。分かっていただろう」
「散々想定したことではあるけど、実際に目の当たりにするとね」
向かいに座る加賀美さんにそう返す。
状況は想定した中では良い方だけど、それでも社会的混乱は免れない。
「まあでも、必要な過程だからね……」
自分に言い聞かせるように呟く。
他に方法はないかと何度も考えた。
高ランクダンジョンは出現前にプレイヤーに間引かせる案だったり、今まで通りダンジョンに入った者だけにステータスを付与する案だったり。
でもそれらのメリット・デメリットを比較し、その上で最善はこの方式だと結論付けた。
誰もが出来るだけ平等に力を手に入れ、そして戦力も多くなる。
来たる決戦の際、僕によるサポートが無くても人類が生き残る可能性が一番高いのがこの方法だ。
「ステータスを得る時に<自動治癒>を取得するようにして混乱が小さくなるようにはしてるんだけどね」
「時間稼ぎにしかならないだろうが、いきなり<魔刃>や<魔弾>を持つ者が現れるのに比べればマシだろうな」
あんなスキルが、例えば囚人なんかに渡れば大変なことになってしまうからね。
実際、先天スキルだけの現状でも脱獄しようとする囚人は少なくない。
「最初に強制的に<自動治癒>を取らされるのは少し不自由な気がするがな。プレイヤーの中にも<自己再生>だけ取って治癒は取らない者も居ただろう?」
「まあそうなんだけど、そこはもう我慢してもらうしかないよね。不破勝君の転生した〔星界〕だともっと色々取らされてたって聞くしね」
〖縄張り〗や〖眷属〗って言ったっけ。ランクが上がるとこういったスキルが勝手に取得されてたらしい。
もっとも、それらのスキルは〔神〕の基礎能力を前借りするようなものなので、習得に必要な〔魂〕の容量も比較的少ないはずだけど。
「まあ他所の話は置いといて、今はこの世界についてだね」
どの国の政府もいきなり国民がスキルに目覚めるのは寝耳に水だ。
だけど彼らもあらゆるケースを想定はし、対策を練っていた。
充分な時間も用意も無かったけれど、完全な不意打ちよりかは動きに迷いがない。
ちなみに、日本は各国の中でも比較的上手く行っている方だ。
政治家の手腕が問われるのはまだまだこれからだけど、推川さんのスキルで縛られた袖下議員が馬車馬の如く働いていたおかげでこういった事態への対策もよく練られていた。
「取りあえず、私が出張らなくてはならないようなことは無さそうだな」
「うん。これなら最悪地域ごとのプレイヤーで対処できる」
プレイヤーにはダンジョン発生に関する混乱には極力手出ししないよう伝えているけど、あまりに酷い状況ならコッソリ手助けしてもいいことにしている。
自分で出しておいてなんだけどあまりにファジーな命令だ。
「それでは私も家族の元に戻るとするよ。何があるか分からないしな」
「分かったよ」
鏡を介して転移する彼女に手を振り、僕は意識を世界中に向ける。
ダンジョン時代黎明期の混乱は、まだまだ始まったばかりだ。




