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91 Day 1

「ハァ、ハァ……ゴホッ」


 間違えた。失敗した。まだ消防士にもなっていない大学生には無茶だった。

 そんな後悔の念が私、三笠(みつかさ)百結(もゆ)の内側では渦巻いていた。


 視界を埋めるのは赤と黒。焦げ臭い刺激臭はハンカチ越しですら肺を汚染するかのよう。

 肌を刺す熱に歯を食い縛りながら一歩一歩と足を進める。


 ここは火災現場であった。


「ゥ……ッ」


 バイトに向かう途中、もうもうと立ち上る黒煙を見かけた。

 その場に行ってみればそこには炎上する三階建て家屋と人集(ひとだか)り。


 念のために通報状況を確認した私はそのままその場を去ろうとして……三階の窓辺に小さな人影を見つけた。

 瞬間、胸の奥から込み上げる衝動に押され私は駆け出していた。邪魔な荷物は捨て、周囲の制止を振り切って火中へ。


 どう考えても誤りだ。そう判断するだけの冷静さを取り戻せたのは三階に上ってから。

 熱と煙による消耗に必死に耐えながら件の部屋に入り、火の手に呑まれかけている気絶した少年を見つけた。


 地面は土だ。この建物の高さなら、二階からの落下なら耐えられるはず。

 少年を引きずるようにして廊下を抜け、階段から降ろし、すぐ近くの部屋のドアノブに手を掛ける寸前、手を止める。


(ここは、ダメっ)


 この部屋はドアが完全に閉まっている。バックドラフトが起きかねない。

 もう一つ隣の部屋へ行くべきだ。酸素の足りない頭でそう考え、肌を焼く蒸気の熱に耐えながら移動。


 目的の部屋に辿り着き迅速に窓を目指す。

 扉を潜り、火柱を迂回し、後は窓を開けるだ──、


 どごごごんっ


 音は背後。咄嗟に振り向く。扉付近の天井が崩落していた。

 崩落は連鎖し、部屋の中央を超え、私の後ろに倒れる少年へと、


「っ──」


 それは半ば反射だった。

 少年に覆い被さり片腕で彼を抱き込みながらもう片腕は頭上を守る。本能的な防御行動。


「【ネクターパラソル】っ」


 そしてその本能は、つい今この瞬間に私へと刻まれた言葉を叫ばせた。

 これまでの人生で認識したことのないナニカが自身の内側で消費され、天井から燃える瓦礫が降って来る。

 それを()()()()()()()()()()()()()()()()


「ぁえ?」


 極限状態で朦朧とした意識では何が起きたのかを正確に認識することは出来なかった。

 ただ、当初の目標に従って体は動く。

 熱せられた窓枠を力任せに開け、少年を背に背負う。そして最後の力を振り絞って柵を乗り越えた。


「っ、【ネクター、パラソル】……っ」


 落下地点に花蜜の傘を形成し、軟着陸。

 体勢は崩れたので上半身を地面に打ち付けたけど、紙一重のところで背負った少年は庇うことが出来た。

 人混みの中から母親らしき人物が飛び出してくるのをぼやけた視界で捉えつつ、私は意識を手放したのだった。




 ──後に私は知ることになる。

 この日こそが後に呼ばれるダンジョン時代の幕開けであったと。


 そして他の大多数の人々と同様に、私の運命もまたこの日を境に大きく変動することとなる。



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