99 天声
超高層ビルの屋上の、転落防止用の柵に腰掛けた少年が街を見下ろしている。
「やあ『愚者』、久しぶりの日本は如何かな?」
「……やっぱオレ、『愚者』って半分悪口じゃねぇかって思うんだよな。まぁいいけどよ。しっかしこの短期間で様変わりしたもんだなぁ」
最近は外国を飛び回って問題を解決していた鋼矢君はそんなことを言った。
視線の先にはつい一か月前までは見られなかった、大きな袋を担いだコンバットスーツ姿の人々が闊歩していた。
「水面下でずっと準備してたのもあるけどね」
僕は答えた。
シーカー達が向かっているのはシーカー組合、って俗称される施設だね。
元は普通の公用施設だったんだけどシーカー制度の公布と共に転用された。今じゃドロップアイテムの買い取りを中心に様々なシーカー関連の業務が行なわれている。
同様の施設は全国に点在している。そして公用施設の用途を変えるなんて一朝一夕にできるものじゃない。
以前からこういった事態を見越して備えて来たから迅速に設置できたのだ。
「まあでも、対応が追い付いてるとは言えないかな」
全国各地に点在するダンジョンに対し、シーカー組合の数は十もない。
シーカー達が報酬を得るにはドロップアイテムをそこまで運搬しなくてはならない。
不便な上に移動費も出ないのだから大変だ。
「人数が全然足りねぇもんな」
でも一番の問題はシーカーの少なさである。
人々には生活がある。それを捨ててまで命の危険のある職業に転職しようとする者はそうはいない。
ドロップアイテムの買取価格は使い道の分からない物でも結構高めに設定されているけど、命の値打ちには釣り合わない。
現在のシーカーのほとんどは義侠心に溢れている者か、多額の金銭を必要とする者で構成されていて、その数は全てのダンジョンをカバーするには全く足りていない。
「加えて言うと人手が要るのはシーカーだけじゃないしね。これはあちこち回ってた君には釈迦に説法かな」
「まあなぁ……撫でろ、〔雷〕」
不破勝君がスッと指を宙に滑らせる。
紫電の糸が空中を駆け抜け南東におよそ一キロ離れた地点へと着弾した。
「ギャアアアァァ!?」
そこに居たのは透明な男。自身と所持品を透明化させる先天スキルによってつい数秒前に複数名の鞄をひったくったところだった。
そんな彼の体のみを正確に打ち抜いた雷撃が筋肉を麻痺させる。
ダメージによって透明化は解除され、荷物を盗まれて右往左往していた集団が男の存在に気付いた。
ひったくり犯はこのままお縄に着くだろうね。
「勿体ねぇな、あんな強ぇスキルならシーカーに活かしゃいいのに……つっても怖ぇもんは怖ぇか」
「モンスターは人と違って容赦なく殺しに来るしね、<封印>だって充分厳しい措置なんだけど。あとは虚偽洗脳が流行ってるせいもあるか」
「虚偽洗脳?」
「うん。逮捕された時に『スキルで洗脳されてただけで自分の意思じゃなかった』って証言するんだよ。期待可能性がないなら刑事責任もないからね。実際は証拠もなしにそんな主張は認められないしデマなんだけど、警察側はそのせいで手間を増やされて天手古舞だよ」
話を聞いた鋼矢君はしばし空を見上げて考え込んでから答える。
「それ、本当にスキルで操られてた奴が居た時に困るんじゃねぇか?」
「ま、そうだね。捜査にスキルを使うって手もあるけどそれもよりランクが高いスキルには欺かれるわけだし。しばらく混乱は収まらないだろうね」
あるいは、この状態は今後ずっと続くのかもしれない。
世界がこうなる前から冤罪が消えなかったように、それらをゼロにするのは現実的とは言えない。
「……ま、そいつは皆の課題か。〔神〕が出しゃばることじゃねぇ」
「そう言えば異世界の司法体系がどうなってたかは聞いたことなかったね」
「あー、それな。オレあんま詳しくねぇんだよ。人間の街には全然立ち寄らなかったし。でもあっちは魔法の属性って形で能力が開花してたから先天スキル程複雑な感じじゃなかったんじゃねぇかな」
「へぇ」
前に聞いた話だと領主に力が集中していたみたいだし、捜査も強権的に進められていそうだ。
それは多くの軋轢を生みそうだけど、異能者を相手にするならばそれくらいの果断さが必要になるのかもしれないね。
「んじゃ、オレはまた他の国を見て来るわ」
「お兄さんの無事も確認できたし?」
「……例のランク六ダンジョンが来るのは来月だったろ。それまでに用が出来たら呼んでくれ」
何だか微妙な顔をした鋼矢君は稲光と共に去って行った。
地平線の向こうに消えた稲妻の方を見ながら僕は先程のやり取りを思い出す。
「犯罪か……彼もそろそろ排除してた方が良いかな」
◆ ◆ ◆
都会の喧騒から離れた築年数不明の雑居ビル。その一室に彼は居た。
四台の大型モニターを眺めながらどこかへと通信している。
「そうそう、そのまま進んでー。うん、よし、そこにドロップアイテムは置いて今日はもう帰っちゃって。報酬? 払う払う。大丈夫だから。今日は乙~」
彼はスキルによる通話を打ち切り、他の対象へと繋げ直す。
「俺だよー。これから言う場所で荷物を拾ってねー」
実行役の一人に指示を出してまた荷物を移動させ、それを繰り返してやがて荷物はとある廃工場に辿り着いた。
そこはとある半グレ集団の研究所だった。
研究所と言ってもまともな設備はなく、行われているのはもっぱらスキルを用いた実験。
加工系のスキルを持つ者が集められ、ドロップアイテムの可能性を探らされていた。
その後も同様の手口で多くのドロップアイテムを集めた男は、ゲーミングチェアにもたれ掛かりながら大きく伸びをした。
「あぁぁーハハハハハッ、まさか俺がこんな立場になるなんてなぁ!」
ダンジョン登場以前、彼は闇バイトのリクルーターをしていた。実行役を集め、脅し、指示役に従って犯罪をさせていたのだ。
実行役と接触する必要があるためリスクは高い。この稼業を続けていればいずれ捕まると彼自身も思っていた。
そんな時だった、世界にスキルが現れたのは。
「……お、キタキタ」
通知が入った。SNSに掲載していた闇バイト募集に応募があったのだ。
早速ダイレクトメッセージでやり取りし秘密通信アプリでの通話に漕ぎつける。そして己の異能を発動した。
「【ウィスパーウィルス】……チッ、ネズミかよー」
すぐに通話を切る。
この部屋は防音加工がされており、彼自身声や音が入らないようにしていたため向こうに情報は漏れていない。
しかしながら、切れたはずの通話先の声が彼には届いていた。
「ふんふん、なーるへそ。捜査は全然進んでないみたいだねー。ま、当然だけど」
彼の【ウィスパーウィルス】は<通心>に近いスキルだ。
一度接触した対象に思念で声を掛けることが出来る。
異なるのは【ウィスパーウィルス】は電子機器も対象に取れるという点。
彼自身の持つ電子機器と通話を行なうことでウィルスに感染させられる。
感染した電子機器とはスキルを介して通話できる他、カメラや搭載アプリなどの情報も得られる。
得られる情報は限定的でとある〔神〕の〔電脳〕とは比べるべくもないが、通話相手が普通の人間か捜査官かくらいは判るのだ。
この異能により彼は追い込まれた者や冷やかしに来た者を脅迫し、己の手駒として操っていた。
指示役とは縁を切り──というよりスキルが現れてから連絡が取れなくなったのだが──今は彼自身がトップとして犯罪をプランニングしている。
その中でも力を入れているのが無許可でのダンジョン探索だ。
各ダンジョンには監視カメラが設置されているが、それらはあくまで問題が起きた時に確認するための物。無数のカメラを四六時中監視できる余裕はなく、現在のところ違法探索が気取られた様子もない。
懐柔した半グレグループと共に多くのダンジョンでドロップアイテムを集め、それらを用いて様々なアイテムを作る。
有用なアイテムが作成できれば強盗はもっと楽になる。ダンジョン探索で強化された者達は、それだけでも純粋な暴力装置として使える。
そのうちもっと大それたことだってできるはずだ、と彼は考えていた。
「ヒーヒヒヒ、遂に俺の時代が来ちゃったなー!」
早くも先天スキルをランク二に上げた彼は、『天声』の名と共に裏社会での影響力を徐々に拡大していたのだった。




