98.泉モトハルの本性、若葉アキラの危険性
ぐしゃり、とフレームが歪みガラス片が飛び散る。アキラの喉を潰しかけた件の握力で簡単に自身のメガネを粉砕してみせた彼は、その破片を手の水気でも切るように落としてから低い声で言った。
「どこまでも……本当にどこまでも、知ったような口を利くガキだな貴様は……若葉アキラ」
限界いっぱい。止めどない激情を発露させながら、けれど泉は冷静でもあった。思考と感情を別の部分で処理できる彼は目の前の少年を単なる『夢想家の子供』と心で判じつつも、同時に『危険な相手』だと頭で考える。
所詮はガキのたわごと。そう受け流せないのは何故か。勿論、ムラクモに抱き込まれ──もしくは逆かもしれないが──こうして自分の邪魔をしているのだから癪に障るのは当然でしかないが。だとしても偉そうな言葉のひとつひとつが、見透かすような眼差しの瞳が、こんなにも神経を逆なでしてしょうがないのは……やはり認めるしかないだろう。若葉アキラがただの子供ではないことを。
思えばミオだってそうだ。たかだか試験会場を同じくしただけの若葉アキラに、妙に執心を見せていた。会場でも、そしてDAでも接触したのはミオの方からだというし、彼と合同トーナメントという大きな舞台で戦うことを熱望したのもミオである。そして負けた。十全に力を発揮すれば負けなどあり得なかったはずの勝負で、自慢の息子は膝をつくことになった──それも若葉アキラの持つ言葉では言い表せられない何か。その目には見えない何かが作用した結果だと断ずるのは些か行き過ぎているだろうか?
折り重なる憤怒と冷徹が泉の中で様々な解を出し、やがてそれらはひとつに集約される。
「──もはや語る要も無し。そして思考を凝らすまでもないことだ。貴様がなんであれ、どういうつもりであれ。ミオの覇道に転がる石ころに相違ない……このファイトを機に貴様にはオレたちの前から消えてもらおう」
「……!」
メガネを取り払い、細かった目をカッと見開き。几帳面なまでに撫でつけられていたオールバックの髪型を自らの手で搔き乱した泉の様相は、さっきまでとはまるで別人。ながらに比べ物にならないほど自然体になったとアキラには感じられた。
──これが指導者の仮面を脱ぎ去った、真の泉モトハル!
「ついでにもうひとつ質問だ……改めて。あんたにとってミオがどういう存在なのか聞かせてくれ」
「ミオは。妻の忘れ形見にして、オレの夢を。妻とオレが描いた夢を継ぎ、叶える者。神がオレたち夫婦に遣わした最高の宝だ。──それを穢そうという貴様を! オレは断じて許容せん!」
「許さないはこっちのセリフだ……! 父親としての愛を僅かでも持っているっていうのなら、息子を道具にするのはやめろ!」
「説教が好きだな、若葉アキラ! それが通用しないからこうしてドミネファイトで挑んでいるのではないのか!?」
「ああ、その通りだ。言っても聞かないあんたにはこれで負けを認めさせるしかないからな! 続けるぞ、俺たちのファイトを!」
ファイト再開を告げたアキラに、泉はすぐにエンド宣言をする。
「大言にあたう足掻きを見せてみろ若葉アキラ。その上からオレは貴様を潰す!」
「俺のターン、スタンド&チャージ! そしてドロー!!」
引いたカードを手札に加え、アキラは考える。ライフコアの数では上回られてしまったものの、泉の場にユニットはゼロ。アキラのフィールドには一体のみとはいえユニットが存在し、手札もコストコアも潤沢。先に戦線を築けることもあってむしろ状況的には有利である──というのは、あまりにも甘えた結論だろう。何故なら泉にも六枚という少なくない数の手札があり、そしてあの中にはほぼ確実にミキシングカードが眠っていると予想されるからだ。
それがもしも二枚目の《抹殺と再生の倫道》だったりすれば最悪だ。改めて展開させたユニットがまたも全滅させられ、その数だけ泉のライフコアは更に増える。そうなればライフコアを増やす手段を持たないアキラでは流石にダメージレースで追いつけなくなる可能性が高い……そう警戒するならここはユニットの展開を最小に抑えるべきなのか。しかしあるかないかもわからない一枚のスペルに怯えてここから先縮こまったプレイしかできないのでは、それはそれで勝機が遠のく一方である。
泉の場ががら空きであること。それがかえってアキラにとってのプレッシャーになっている。おそらく泉はここまで見越した上で《抹殺と再生の倫道》を唱えた。7コストと重たいが故に、唱えた後にユニットを召喚することが叶わない──だがそれがむしろ抑止力になる、と。そう計算していたからこそ無防備なフィールドのままに自信満々にターンを渡したのだ。
黙して考え込むアキラに、泉は口の端を吊り上げて言う。
「さてどうするね? なんなら貴様ご自慢のビーストでも出してみるといい。それで状況が良くなると信じるのならね」
「アドバイスをありがとう──じゃあ遠慮なくそうさせてもらうぜ」
「何? ……っぐぅ!?」
思わぬ返答に泉が片方の眉を上げた、途端に吹き抜ける黒い疾風。いきなり砕かれたライフコア。何事か、と瞠目する彼の視界に黒い風の正体が収まった。
「そいつは……!」
《バーンビースト・レギテウ》
コスト6 パワー5000 【疾駆】
「場に『アニマルズ』の《暗夜蝶》がいることで条件は満たされている──手札を二枚捨てて4コストで召喚させてもらった。そして【疾駆】の能力でダイレクトアタックしたってわけさ。レギテウが速すぎて何も見えなかったか?」
「ちッ……クイックチェックだ」
棘上の翼を持つ巨躯の狼。黒い体毛を艶やかに輝かせるそのユニットに忌々しく視線を送りつつ、デッキからカードを引いた泉は。
「発動はなし。手札に加える」
「!」
ここまで三度。クイックチェックの機会があった泉だが、そのいずれにおいてもクイックカードを引いていない。だけでなく泉自身がそれを悔しがっても残念がってもおらず「当然のこと」として受け止めている節があることで、アキラは彼のデッキにほとんどクイックカードが入っていないと確信した。
(きっとミキシングのクイックカードだってあることにはあると思うけど……でもクイックはクイックで普通に使えばコストが高めという制約のあるカード。二重の制約がかかったカードはきっととんでもなく取り回しが難しい。それに、いくら構築力に自信があると言っても制約だらけのカードでデッキを固めるのは無茶だろうからな。仮に採用されているにしてもその枚数はきっと僅か!)
泉のデッキに入っている単色のカードは、どちらかと言えばサポート用。ミキシングの強大さを活かすためと、カードデザインの隙を埋めるためのもの。そこにクイックの要素まで多分に加えては事故率が上がり過ぎる。そう考えてある程度切り捨てた可能性が高い。
クイックカードによる相手ターンでの反撃&妨害は防御面において重要な役割を果たすが、しかしミキシングさえ正しく運用できればそのカードパワーはクイックの不在を補って余りあると──それはその通りだろう。そう認めつつ、しかし増えたライフコアを削り切るためにいつも以上に果敢に攻めねばならないアキラにとってこの情報はありがたいものであった。
「続けて残りの4コストで《福魔猫》と《小袋モモンガ》を召喚! モモンガの登場時効果により墓地の緑ユニットを二体デッキに戻してワンドロー! ……俺はこれでターンエンドだ!」
《暗夜蝶》は相手プレイヤーにダイレクトアタックができないという制約持ちの守護者ユニットだ。よってこのターンにこれ以上の攻撃は行えず、出せるだけのユニットを出してターンエンドするしかないアキラだったが、彼のプレイに泉は。
「ふん──恐れずユニットを並べてくるか」
その明確なまでの意思表示に対し、笑みの質を少しばかり変えた。




