97.デッキとドミネイター
「二体目の《幻妖の月狐》で墓地へ送っていたのは《暗夜蝶》だったというわけか。抜け目のない奴だ」
まるで自分の戦線が崩されることを見越していたような用意の良さ。無論アキラがそれを予期していたのではなく、一応の用心として。単なる保険の一種としてやった行為であろうと泉とて理解しているが。しかし仕込んだ途端に保険が役立ったこと、何もしていなければ壊滅に終わっていた状態からどうにかユニットを一体だけでも残せたというその事実は畢竟、アキラの勘働きによるものと言っていい──先が読めずとも最悪を回避する。それに必要な直観力を彼は持っている。
「──格上を相手にするには最も重要な能力。そう言っても過言ではない」
「……?」
いつかの過去を振り返りながら独り言のように呟いた泉に、アキラはなんのことかと疑問の目を向けたが。それに答えは返ってこなかった。
「だが、しかし! どんなに小癪に勘を働かせようと直感を利かせようと、厳然と立ち塞がる実力差にはどうしようもないのだ──強者に弱者は勝てぬと! 貴様も気付く時だよ、若葉アキラ!」
ここで告げておこう、と泉は鋭利なまでの殺気に何かしらアキラの読み取れない複雑な感情を混ぜながら続けた。
「オレのデッキに切り札なる存在などない。何故なら貴様も味わった通り、《焔光の天徒エノクリエル》も《抹殺と再生の倫道》もそのどちらもが必殺級であり──更にこのデッキには他にもミキシングカードが搭載されている。わかるな? どれが切り札などと強調することもないのだよ。ミキシングカードを持たない貴様にはそれら全てがゲームエンド級の脅威になるのだからな!」
「……!」
白赤の混色カードが、泉のデッキにはまだまだ眠っている。これはアキラからすれば信じ難いことであった。
ただでさえ希少性の高いカードを自身のデッキに見合うように見繕い、かつ、その数も揃えること。この時点で収集に求められるハードルは山のように高いが、アキラの動揺はそれだけが原因ではない。ミキシングカードにはその強さの分、扱いにくい点もある。発動に必ず二色分のコストコアが必要であることもそうだし、それに加えてスタートフェイズでのチャージの際、もしもミキシングカードがコストコアに変換された場合、そのコストコアは疲労した状態でゾーンに置かれることになる。つまりチャージされていながら使用するには次のターンまで待たなければならないのだ。
これは、例えば白赤のミキシンカードがコストになればどちらの色としても扱える(※ただし同時に二色分にはならずプレイヤーは使用の度にどちらの色としてレストさせるかを選ぶ必要がある)という仕様のための調整。備わっている利便性からすればあって然るべき制約であるが、しかしターンの始まりに使えるコストの総数が増えないというのはプレイヤーからすれば非常に重たい縛りである。
デッキ内のミキシングカードの割合が高ければ高いほどチャージされる確率も高まり、採用枚数が多すぎると毎ターンのようにコストコアの不調が起きることになる。故にいくら強力だと言っても考えなしにデッキに入れればそれでいい、というものではない。アキラはDAの授業を通してミキシングという存在にそういった理解を持っている。
(ミキシングの強さがコスト論的に破格であるのは間違いない──だけどエノクリエルもあのスペルも、どちらも決して軽いってわけじゃあない。あれだけ効果が詰め込まれているからには当然の重たさだ。そしてそれもまたミキシングカードの扱い辛さを助長させる)
ふたつの陣営に跨った強さ。それにしてはコストが安いとはアキラも感じるが、だからと言ってコスト6や7は間違っても軽量とは言えない。いかにミキシングとはいえ支払うべき最低限の対価は必要で、それなりの効果を発揮させようと思えばそれなりの重さを許容しなければならない。チャージの遅れというリスクを抱えながらこの重みに耐えねばならない点もミキシングカードを大量に採用した場合の構築難度を引き上げる一要素である、のだが。
──それをこの、泉モトハルは。
「バランスを保つ。ミキシングに寄り過ぎず、単色をどれだけ添えるか。見極める難度が高いことは確かだがしかし、オレにとってはそのくらい造作もない。ミオのデッキ構築は美しかったろう? 複雑なコンセプトを落とし込みながらも余裕に操ってみせた──アレを育てたのはこのオレなんだ。様々な意味で鈍重なミキシングを多数採用しようとも手札事故やコスト事故が起こる可能性は最低ラインに設定してあるとも」
高い知能だけでなく天性の優れた感覚を持つミオの構築力には及ばずとも、しかしこのデッキは現役時代から長く使ってきている、泉が心血を注いで調整を重ねている唯一の代物。完成度は息子が持つどのデッキにも劣っていないという自負が彼にはあった──それは翻って、これを用いて目の前の相手なんぞに負けるはずがないという絶対の自信にも繋がっている。
「……切り札はない、と言ったな」
「うん……? それがどうしたというのかね」
少し俯きがちになって、男子としては長めの前髪に目を隠したままアキラが口にした問いかけは、泉からすれば何故再確認するのかよく意味の分からないものだった。故にその意図に思いを巡らせ、やがて「……ああ」と答えらしきものに行き着く。
「そういえばミオとのファイトでもなんのかのと言っていたな。カードとの信頼がどうこう、と。──くだらん。信頼があれば勝てるのか? だとすれば誰も苦労なんてしない。現実の厳しさを知っている大人として、若葉アキラ。貴様のように数枚のカードへ異常に入れ込んでいる輩は夢見がちな子供だとしか思わんよ。ハッキリ言うぞ、オレにとってカードは道具だ。目的ありきの手段でしかない」
あるいは。心が折れてしまう前の泉なら違う意見だったのかもしれないが──過去がどうであれ今の彼はこうだ。カードに過剰な愛は注がない。必要以上の情は持たない。それは息子を『教育』する際にも活かせる線引きのひとつであった。
「…………」
「なんだ、その顔は。自分と同じようにオレたち親子がカードを愛していないことがそんなに不満かね?」
「ミオは……。ミオも、あんたと同じような口振りだった。あんたの思想を受け継いでいるつもりなんだろうな」
「──つもり?」
その言い方はまるで、実際には受け継がれていないような。泉の思想にミオが染まり切っていないことを示唆するような──。
「ああ、あいつはあんたに染まっちゃいない。カードとの間に信頼はいらない、信じるべきは自分だけ。そう言いつつもあいつはカードを愛していた!」
《ウォーターメイド・サラリナ》をお気に入りとし、《水の静謐アクアトランサ》をデッキ最大の切り札と位置付けていた。青陣営を扱うのが得意だと、中でも『アクアメイツ』という種族が特に性に合っていると。明らかに特定のカード群への愛情を持っていた。それはカードを手段と割り切る泉とは決定的に異なるもの。
「プロだった頃から使っているそのデッキにすら切り札の一枚もないと。愛なんてないと断言するあんたとは違う。──ミオはミオなんだ。いくら教育しようと考え方を押し付けようとあいつの根っこはあんたに変えられてなんていないし、変えられっこないんだよ! それもまた現実だぜ、泉モトハル!」
「……!」
人差し指を突き付けてそう断じたアキラに、泉は怒りにわなわなと震える手でメガネへと触れ──二ヶ月前のように再びそれを握り潰した。




