96.振り出しのファイト
このファイト初めてのライフコアのブレイク。初撃を奪われた泉だったが、しかし彼は至極落ち着いていた。
「クイックチェック──発動はなし。そのまま手札に加える」
「まだ俺にはアタック可能なユニットが残っている! ディモアと魔猫で続けてダイレクトアタックだ!」
「ふん。ならば《呼戻師のディモア》のアタックを《背反説きのルインコスタ》で防がせてもらおう」
ディモアと魔猫のパワーは共に2000。ルインコスタのパワーも2000だ。どちらにぶつけても相打ちという結果は変わらないが、この時の泉はディモアの処理を優先したようだった。緑陣営が持ち味とするユニット同士の連携。その特色がより色濃くカードデザインに反映されている種族『アニマルズ』の魔猫こそを先んじて場から退かすべきだと普通なら考えるだろうが、しかし泉の思考はその逆だった。
(典型的な緑のムーヴを決めてくるのならありがたいくらいだ。何をしてくるか大方の予想もしやすく対処が楽だからな。むしろ黒陣営のユニットを残したことでトリッキーな戦術を取られた方が余程に面倒)
実際に月狐とディモアによるグラバウの最速召喚コンボには泉をしても鬱陶しいと思えるだけのものがあったし、そんなコンボを組み込んでいるからには──そしてそれを自慢するように解説したアキラの態度からすれば、他にも黒と緑。陣営を超えた連携がデッキに搭載されていることは間違いないだろう。
その引き金になりかねないのがディモアと魔猫のどちらであるか。そこまでは判じられるものではないが、判じられないということは悩むまでもなく当たり目と裏目の確率が半々であるということ。ならば差し色であるが故に排除しやすい、つまりはデッキ内の総数が少ない黒ユニットから優先的に処理しておくのも正しい選択のひとつと言えた。
「ディモアとルインコスタは共倒れか……だけど魔猫のアタックは通る!」
泉の思惑を薄々と察しつつもアキラは構わず攻め込む。その命令通りにバトルの横を駆け抜けた魔猫が軽やかに跳躍、小ぶりながら鋭利な爪を飛び出させてワンクラッチ。泉のライフコアを削った。
「クイックチェック。発動はなしだ」
再び静かに手札を増やすだけに終わった泉。立て続けにライフを減らされ、しかもどちらのクイックチェックも不発。ユニットも全滅している。憂き目と言って差し支えない事態に直面していながらまったく追い詰められた様子のない、どころか自分の方が優勢であると信じて疑っていないようなその所作に、攻勢を取っているはずのアキラの方が追い詰められている気分になってくる。
「……残ったコストコアを使って二体目の《幻妖の月狐》を召喚。その登場時効果で一枚ドローして、手札から一枚を墓地へ捨てる。俺はこれでターンエンドだ」
《福魔猫》
コスト2 パワー2000
《闇重騎士デスキャバリー》
コスト5 パワー4000 QC 【守護】 【復讐】
《幻妖の月狐》
コスト2 パワー2000
アキラのフィールドに三体のユニットが並ぶ。デスキャバリー以外は小粒で戦線としては少々頼りないが、対する泉のフィールドががら空きであることを思えばこれでも充分だろう。身の守りもなく敵ユニットと向かい合っている泉は相応以上のプレッシャーを味わっているはず──なのだが。
「またぞろ手札入れ替えで墓地に何か仕込んだか? だが構わん、たとえグラバウ以外の何が蘇ってこようとも……蘇るたびに殺してやるだけだ」
「……!」
やはり怯まない。否、プレッシャーなどそもそもまったく感じていないかのように泉の殺気に近しい闘志は少しずつ、しかし着実に膨れ上がっていっている。
「オレのターン。スタンド&チャージ、ドロー……ククク。ここでひとつ、教師らしく。生徒の誤認を訂正しておこうか」
「誤認、だって?」
「貴様はエノクリエルを破壊してこう言ったな──『お前の切り札を破ってみせたぞ』、と」
「…………」
確かにそう言った。アキラ自身もそれは覚えている……が、いったいそのセリフがなんだというのか。《ダークパニッシュ》によって泉のエースカードである《焔光の天徒エノクリエル》を撃破したこともまた確かな事実。どこにも誤認などあるはずもない──。
「そこが決定的な思い違いにして貴様の思い込みなのだよ。──誰がエノクリエルを切り札などと言った?」
「何……ということは、まさか!?」
泉のまさかの発言にアキラは衝撃を受ける。まだ日本ではそれほど出回っていないオブジェクトカード、よりも遥かに希少なミキシングカード。それを採用していながらしかし切り札と認識していないと泉は言う。コスト6のユニットとしては破格も破格、恐ろしいまでの性能を持っていてまさに切り札に据えるに相応しいエノクリエルを、戦略の中枢に置いていない。
それの意味するところとは即ち。
「クク、やはり察しがいいな若葉アキラ。そのまさかだよ! オレのデッキに入っているミキシングカードはエノクリエルだけではない!」
「ッ……、」
「恐怖だろう? ただでさえ強力無比なミキシングだ、お次はどんなものが貴様を苦しめるか。あまり想像だけで怯えさせても可哀想だ、早速答え合わせといこうじゃないか」
ライフコアのブレイクによって七枚と潤沢になった手札。その内から一枚をするりと抜き出し、泉はアキラへ見せつけるようにそれを掲げて発動させた。
「混色スペル! 《抹殺と再生の倫道》!」
7コスト。今の彼に使える全てのコストコアをレストさせて唱えられたそのミキシングスペルは、それに見合うだけの強烈な効果を備えている。そのことを頭上が白く、白く、いっそ破滅的なまでに真っ白に輝き出したことでアキラは自ずと悟った。
「このスペルは破壊可能な場のユニット全てを敵味方のべつ幕なしに破壊し! そして破壊された相手ユニットの数だけ互いのプレイヤーは新たに『ライフコアを得る』ことができる!」
「なんだって……!?」
たじろぐだけの猶予もなく降り落ちてくる破壊の光。フィールドの中心からカッと広がったそれは一瞬にして互いの場に重々しい衝撃を行き渡らせた。しかして泉には元よりユニットがおらず、被害を受けるのはアキラの側だけ。魔猫も、月狐も、デスキャバリーも。何もできずに衝撃に飲み込まれてその肉体を散らせてしまった──これでアキラの場も全滅。そして《抹殺と再生の倫道》はこれだけに終わらず。
「貴様のユニットが三体破壊されたことでオレはライフコアを三つ再生することができる──当然適用だ!」
新たに三つ追加されるライフコア。これで泉のライフは六となり、アキラが削った分以上に回復したことになる。予想だにしていなかった展開にぐっと拳を握り締めるアキラに対し、せせら笑いが飛ぶ。
「残念だったな若葉アキラ。先のターンにオレのフィールドを壊滅させたことで貴様のライフが回復することはない。……とはいえオレのユニットが無事でいたなら無論のこと、このスペルを唱えはしなかったがね」
「──《福魔猫》の効果」
「む?」
「このユニットがフィールドから墓地へ行った時、俺はカードを一枚ドローすることができる。更に墓地からも《暗夜蝶》の効果を発動! このユニットが墓地にいる状態で俺のユニットが破壊された時、ターン中の好きなタイミングで蘇ることができる! 来い、《暗夜蝶》!」
《暗夜蝶》
コスト2 パワー1000 【守護】
「ほお……なるほど、なるほど」
手札を増やしつつユニットも展開させた。そのプレイにはアキラの意思がよく表れている。──こいつはまったく諦めていない。それを知って泉の口角は不気味に吊り上がる。若葉アキラを完膚なきまでに叩きのめす、その喜びをいっそうに募らせて。




