68.逆転目指すサーチ! 切り札の予告
「スタンド&チャージ、そしてドロー!」
これでアキラのコストコアは六つ。手札は二枚。そして場には《暗夜蝶》が二体。
《暗夜蝶》×2
コスト2 パワー1000 【守護】
──決して良いとは言えないが、けれどさっきまでのフィールド壊滅かつ手札も《バーンビースト・レギテウ》のみという状況と比較すれば戦力は雲泥の差だ。このターンでレギテウを召喚できるだけのコストコアも溜まったことだし最低限のプレイは可能である……とはいえ、今レギテウを召喚してもその効果は薄い。
彼が真価を発揮するのは自軍ユニットがやられて怒った時。一応は二匹の蝶という彼の怒りの種と成り得るユニットはいるものの、残念ながらミオの場にレストしているユニットがいないため、クロノ戦の最後にやったような自爆戦法を取ることはできない。《暗夜蝶》が自爆にうってつけな低パワーのユニットであるだけに残念極まりないが、そこは前ターンに《スコードロン》でアタックしなかったミオの判断力──その色々な意味で優れた嗅覚を褒めておくべきだろう。
切り札の一枚ではあるものの、しかしレギテウを活かせる場面ではない。コストコアを使い切って召喚したとて『アクアメイツ』トークンにガードされるだけで終わり、そして高い確率でまた手札に戻されるか墓地に送られてしまうことが目に見えている、からには。ここで切るべきはレギテウではなく今し方ドローしたばかりのこのカード。
「コスト4! エリアカード《未曽有の森》を展開する!」
「エリアカードだって……?」
にょきにょきと生えて立ちどころに成長する大木たち。あっという間に深い森へと変貌したフィールドに合わせて、会場内のモニターはカメラが通る真上からアキラたちを映す。そうでなければファイトの推移が観客どころか教師陣からも窺えなくなるからだ。それだけの大森林の発生に驚くのは当然と言えたが、しかし何もミオが目を丸くさせているのはそれだけが理由ではなくて。
「いつの間にこんなカードを採用してたのさ。授業ではアキラがエリアカードを使うところなんて一回も見ていないけど?」
「隠し球ってやつだよ。大会に向けて誰だってひとつやふたつ新しい戦術を用意していたはずだ。俺にとってはこの森がそうさ」
大会が始まってからここまで、アキラはほとんどデッキの中身を入れ替えていない。二回戦から三回戦の間に少しだけ手を加えたものの、《未曽有の森》に関しては最初からずっとデッキに入っている。所持数の事情から一枚採用に留まっていたせいかここまでドローできずに活躍の機会がなかったそれを、決勝という最後のファイトでようやく発動できたこと。そこにアキラは運命の導きのようなものを感じた。
「そっちがオブジェクトカードでくるならこっちはエリアカードだ。《未曽有の森》の効果適用! 全ての緑陣営ユニットはパワーが+1000され、更に【好戦】を得る! ただし元から【好戦】あるいは【疾駆】を持っているユニットは対象外だけどね」
「へえ……如何にも緑って感じの効果。ま、ふつーだね」
そう納得しつつもミオはある不可解さに片側の眉を上げた──エリアカードにしては《未曾有の森》の効果が少しばかり貧弱なのだ。
一度展開されたエリアはフィールド全体に効果を及ぼし続けるために、下手をすれば敵の利にもなるリスクを孕む。そのためにコスト論からすれば強力な効力を発揮するデザインとなっているのだが、それに当て嵌めて考えると《未曽有の森》はロースペックである。これが他陣営のカードであるならともかく、緑のエリアカードが緑らしい効果を持っている。それにしては些か旨味が少ないように思える。
(例えばエリアカードの定石を破って『自軍しかパワーアップを適用させない』とかならコストが高くてもわかるんだけど……でも《未曽有の森》はその点通常のエリアカードと何も変わらないみたいだし。ってことは、だ)
概ね答えに行き着いた自信のあるミオは、その直後に自分の考えが正しかったことを知る。
「もう察しも付いているか──その通り、《未曽有の森》にはもうひとつ効果がある! それは追加でコストを支払う度にデッキから種族『アニマルズ』か『フェアリーズ』のユニットをサーチできるというもの!」
「……! 前言撤回だ、サーチ効果とは随分と強い効果じゃないか。しかも支払う『度に』と言ったね。その言い方からすると《未曽有の森》のサーチ効果は──」
「ああ、毎ターン使える起動型効果だ。2コスト必要な上にサーチ対象は場と墓地に同名カードがないユニットに限られるけど、それでも好きなカードを持ってこられるのは破格だろ?」
「あは、違いないね」
ミオは寡聞ならずも《未曽有の森》なるカードの存在を存じなかった。父から施された英才教育、その一環で各陣営の強力な効果を持つカードを大方把握済みである自分が認知していないとなれば……余程に情報が出回っていない希少なカード、あるいは新規で出たばかりの物だと考えられる。どちらにせよ入手は相当に困難だろうにどうやってアキラがそれを手に入れたのか。彼が不意に見せるレアカードの数々に感心させられてきたミオにとっては今更のことであったが、今改めてその謎の真相が気になった。
──まさか『ビースト』カードは元々アキラの父親の所有物であり、《闇重騎士デスキャバリー》に加えて《未曽有の森》もとある一人の少女から譲られたカードであることなど如何に超天才であっても推測できるはずはもなく、何かと謎の多いことで有名なドミネイションズの制作会社──言うまでもなく世界一の大企業である──と何かしらのコネクションでも持っているのだろうか、とまったく的外れな予想しかできないミオだった。
(ありがとうロコル。退学のかかった勝負をすることになったと知らせたら、まるで自分のことのように慌てて『これを使ってくださいっす』とカードを送ってくれたね──ああ、ありがたく使わせてもらっているよ。お前が託してくれたこの《未曽有の森》で俺はミオに勝つ!)
毎晩のように電話をするほど仲良くなったあの少女が、しかしどうして自分にそこまで肩入れしてくれるのか。もはやその疑問を気にすることもなくアキラは意気揚々と彼女から授かった新たな力を活用する。
「残りの2コストを支払って《未曽有の森》の効果を発動! 俺がサーチするのは《キングビースト・グラバウ》! 証明するまでもなく場と墓地に同名カードはない!」
「一枚しか入っていないカードだもんね、当然か。しかしここでグラバウを見せつけてくるとは──ふふ。アキラもやらしいファイトをするねぇ」
グラバウには元より【好戦】が備わっており、相手ユニットの数だけパワーを増すという効果も持っている対多数に向いた殲滅型ユニット。そしてアキラのコストコアは次のチャージで七つ溜まり、コスト7のグラバウが召喚可能になる。つまり仮にミオが《未曽有の森》を除去しようが更にユニットを展開させようが返しのグラバウに食らい尽くされることは確定しており、それを知らしめることでアキラはミオの選択肢を狭め、あわよくばプレイングのミスを誘発させようとしている。
そのドミネイターらしい手管をミオは評価する。
「《暗夜蝶》はダイレクトアタックができない守護者だ。コストコアも使い切ったことだし俺はこれでターンを終了する。……《ヴィクティム・マシーン》の犠牲に指定するのは俺から見て右側の《暗夜蝶》だ」
マジックハンドに捕まった蝶が機械内部に収容され、そして鬱蒼と茂る森に響く破壊音。避けられない犠牲にアキラは苦しみの表情を見せるが、しかしもう動揺はしない。
「さあ、ミオのターンだ!」
「ボクのターン、スタンド&チャージ。そしてドローだ!」
追い込まれるほどに高まっていくアキラの闘志。それを肌で受け、ぺろりと唇を舐めたミオが繰り出したのは──。
「いくよアキラ! ボクは二個目の《ヴィクティム・マシーン》を設置する!」




