46.一回戦開始!
トーナメントはAグループとBグループに分かれて行われる。それぞれのグループで頂点に立った二人が決勝戦であい見える、という形式だ。生徒たちにはドミホの通知で予め番号が振られており、ルーム内の大きなモニターに表示されているトーナメント表に従って逐次ファイトが勧められる……等々の説明が権林よりあって、アキラたちも自分のドミホとモニターを見比べた。
「俺は七十番。Bグループみたいだ」
「ボクは二十五番。Aグループだね」
「アタシもAだな。十一番だ」
グループが別れたということは、この二人とは少なくとも決勝に行くまでは当たらない。そのことにアキラは少し複雑な気持ちを抱く。くじ運が悪ければ優勝のためにどちらも倒さねばならない番号になることも充分にあり得たので、そうならずに済んだ──つまり友人との争いの機会が減ったのを喜ぶ感情もあれど、しかし「誰が相手だって倒す」と決意して挑んでいる以上、そんなことで喜んでしまっていいものかと己に対して疑問もわく。しかしアキラのそんな葛藤の時間は短かった。
(二人は強力なライバルなんだ。ライバルたちが違うグループで潰し合ってくれるのならありがたいことじゃないか。それを喜ぶのは優勝を目指す立場として当然のことだよ)
そう考えて、自分を殊更クレバーな男だと認識することで気持ちを切り替える。もう大会は始まっているのだ、今気にすべきはAグループよりも自身の所属するBグループ。そこにどんな強敵がいるのかだ。
「アタシらは六回勝たなきゃ優勝できねーみてえだが、見ろよ。中にはファイトの数が少ない番号もあるぜ」
「シード枠ってところかな。たぶん二年生。その中でも成績優秀者を試合数の調節のためにああして割り当てているんだろうね」
「成績優秀者……それってつまり」
「うん。いわゆる優勝候補ってやつ? あくまで成績で見た場合の、ね」
まだ入学し立てでなんの実績もない一年生はおそらくその枠に誰も入れられていない。反対に、先に入学した一年の間に色々(・・)と経験してきただろう二年生の中には、特段に頭角を現して教師陣からの注目に厚い生徒だっているはずだ。そう述べるミオの推測は、各グループにシード枠が同じ数だけ配置されていることからもきっと正しいのだろうとアキラも思う。一年生にとって……いや、他の二年生にとってもそこに配置された優秀生こそが今大会最大の壁なのだ。
「ま、ボクにはかんけーないかな。たった一年、先にDAに入っていたからってそれがどうしたのって感じだ。当たってもサクッと倒しちゃおうっと」
「お前は三年分飛び級してっからな。そりゃあ、あと一年先輩だろうがなんだろうがどうでもいいだろうよ。かく言うアタシも優勝候補なんぞに怯みはしねーがな。倒しがいのある奴はむしろ大歓迎だぜ!」
ドミネイターらしい自信に満ち溢れた流石の物言いをする二人にアキラは感心し、改めてモニターを見る。六連勝。シード枠ではない彼は、同学年や先輩を相手にそれだけ勝利することが求められる。他の生徒とは違って優勝の名誉だけでなく退学の危機までかかっているからには誰よりも真面目に、真剣に取り組まなくてはならない。出場者に誰一人として弱い相手などいないのだから尚のことに──そう頭ではわかっている。わかっているのに、アキラはどうしても胸の奥から湧き上がってくる妙なまでのワクワクを抑えることができなかった。
二週間、この大会に向けて調整してきた。その努力と、己が素質の全てが試されようとしている。そこにアキラは得も言われぬ楽しみを見出していた。本試験の際のような絶好調のコンディションの中に彼はいる……これはアキラ自身気が付いていないことだが、彼は厳しい状況になればなるほどそれを覆すことに燃えて最大限のパフォーマンスを発揮する一面があった。親友のコウヤなどは、普段はぽやぽやしている点も合わせてアキラのこれを「振り幅がある」と称している。その表現はよく的を射たものであり。
「早く戦いたくなってきた……!」
「むう! ここからでも伝わるぞ、お前たちの熱気! 燃え上がる闘志! どうやら説明に時間をかけ過ぎてしまったようだな、反省しよう。──んならば早速ぅ! 番号順に試合を始める!! 各グループの左側の番号から順に指定のフィールドにつけぃ!」
第一ファイトルームには十個のフィールドがあり、同時に十のファイトが行える造りになっていたが、この特別ファイトルームには実に三十ものフィールドが用意されている。観客席などもあるために規模は三倍どころではないが、とまれ第一ですらも十二分に広かったというのにそれを更に何倍も拡大したようなこの部屋は、ここだけでもひとつの専用施設と見做すに相応しいだけの機能があった。これだけの会場であれば九十名以上参加者がいても進行はサクサクといくだろう……などとアキラが考えている間に。
「あ、ボクの番号が光った。えーと、向こうのフィールドに行けばいいのか」
「おっ、アタシのもだ。よっしゃ、いっちょやったるか!」
コウヤもミオも、アキラに決勝で会おうと言い残して──つまりどちらも勝ち進む気満々で──ドミホに表示されている指定フィールドへと散っていった。その背中を見送る暇もなくモニターでアキラの番号が点灯し、ドミホにぴろりんと告知音が鳴った。画面を見れば自分にも呼び出しがかかっていることがわかり、アキラが急いで向かったその先では、対戦相手となる少女もちょうどスペースに付こうとしているところだった。
「…………」
「…………」
アキラにはその少女の顔に見覚えがあった。名前までは記憶にないが、同じ一年生で間違いない。いきなり二年生に当たるよりは初戦の相手として順当といったところか──彼女の方も似たようなことを考えているに違いない。チハルとの未連勝ファイトも見ている上、今も退学のリスクを背負っているアキラの事情はあちらも存じているはず。それを受けて「実力不足の下しやすい敵」と取るか「がむしゃらに挑んでくる油断ならない敵」と取るかは彼女次第だが、いずれにせよ勝利を逃すつもりはないようだ。それは少女の強い意思を感じさせる双眸からも明らかであった。
互いに無駄口を叩くことなく、既に始まっている他の組のファイトに倣って自分たちもライフコアを展開し手札を五枚になるようドロー。手早く戦うための準備を終えた両者は、ライフコアの明滅に従って行動を開始。
「「ドミネファイト!」」
先行を得たのはアキラ。しかしチャージだけでターンを明け渡した彼に対し、少女は最初からフルスロットルであった。
「私のターン、スタンド&チャージ。そしてドロー。この瞬間ディスチャージを宣言し、ライフコアのひとつをコストコアに変換するわ。二個のコストコアを使ってこの二体を召喚! 来て、《闇刀ガネ》!」
《闇刀ガネ》×2
コスト1 パワー1000
「!」
それは黒陣営の最軽量ユニットの一体。ただしアキラも用いる緑陣営の最軽量ユニット《ベイルウルフ》とは違い、《闇刀ガネ》には『プレイヤーが同名以外のユニットを召喚した際に自壊する』というデメリット効果がある。端的に言って非常に扱いづらいユニットなのだが、それを初ターンに二体も繰り出してくるということは──。
「速攻デッキか……! しかも赤でも緑でもなく、おそらく黒単速攻!」
「さあ、あなたのターンよ」
堂々とターンエンドを宣言した少女に、これは一筋縄ではいかなそうだと改めて腹をくくったアキラ。デッキからカードをドローし、速攻デッキ相手には重要極まりない二ターン目の行動を開始した。




