episode 21 望み
まるで耳を貸そうともしない白竜は尻尾に続き前足を大きく上げる。
押し潰されまいと雪の上に跳ぶと一つ大きな揺れが響き渡り辺りの雪が舞い踊った。
視界は一瞬白く覆われるも辺りに首を振ると、全員が離れ離れではあるが無事であることの確認は取れた。
「ちょっと聞いてって!!
ホントにあたし達は貴方に何かしようとしてるワケじゃないんだってば!」
「――ならば、その剣は何の為にある」
「これ……これは……皆を護る為の剣よ!」
「ほう。
盾になるのではなく剣であると」
「そうよ!
人の想いは脆く儚いもので、盾だけじゃ護ることが出来ないことがある。
そう、巨大な力には力を持ってしてぶつからないといけない時が必ずあるの。
だからこの力っていうのは想いを護る為にあるのよ!!」
「人間らしいものだな。
では、その剣を持ってして我が力より想いを護れるというのだな」
「それしか道がないのであれば」
どうしても剣を抜かなければならないと悟り、意を決して鞘から静かに眼前に差し出す。
「あたしはフレイの想いを背負ってここまで来たわ。
だから、聞く耳を持たないのであれば聞いて貰えるようにこの剣を振るうわ!」
「なれば汝の想いの強さ、我が身を持って示すが良い」
「結局はこうなるのね……。
ニールセン!
炎を!!
テティーは動き回って!」
ここに来る間、寒さ凌ぎに松明の代わりに出来るのか剣に炎の魔法をぶつけて実験をしてみた。
結果としては、炎の力を付与させるより危なく持続性は無いものの炎を纏った剣になることが判明し、ニールセンが離れている今はそれが手っ取り早いだろうと思う。
しかし、一撃が大きく強い竜に近づき刃を突き立てられるのかは甚だ疑問ではあった。
「くそ、近づこうにも尻尾と前足が巨大過ぎるのよ」
テティーと共に剣で受けることはせず、飛び退いて避けるしかないあたし達は一撃足りとも浴びせられずに手をこまねいている。
ニールセンの魔法が完成したようで一条の灯りがあたしに向かい飛んで来ると、それを剣で突き刺し体を回転させ炎を纏った剣を作り出した。
が、直後に竜は首を下げあたしに向かい口を大きく開いた。
「痛たたた!!
何々!
何も無いのに寒いの通り越して痛いんだけど!!!」
一瞬戸惑ったがそれが口から吐かれた冷気だと理解すると、炎を剣を無造作に振るい竜へと近づく好機と判断した。
「でやーっ!!」
足元に潜り込むと大きな爪の近くを剣で切り裂いた……つもりだった。
「がぁぁぁぁ!
いっだぁぁ!!
がぁ、かったぁい」
普通の皮膚を想像してたのとは全く違い、岩に剣を打ち付けたような痺れが腕に伝わってくる。
これはヤバいと感じ取り即座にその場を離れたことで、前足の振るいを避けることが出来た。
「……なるほどな。
汝の想いしかと受け止めた」
次の手に思考を巡らせていたせいで竜の言葉の意味は取れなかったが、何やら攻撃を止める意思のようなものを感じた。
「え?
話を聞いてくれるの!?」
「……我が肉身に傷を付ける程の想いだ。
汝らの話を聞いてみようではないか」
「傷?
傷ってどこよ。
全く刃が立たなかったけど?」
「見えぬならば寄るが良い、何もせぬ」
はて、傷なんて全く付けれずに離れたつもりだったのだが。
「は?
これ?
あたしの小指ほどしかないじゃない。
ホントに斬れてるのこれ」
血も出ていない小さな傷のようなものは、人間でいうところの虫に刺された程度ではないかと思ってしまった。
「人間程度の剣であればその程度であろうが、傷は傷だ。
汝らとて小さな生物に何度も刺されたくはないであろう」
うん、絶対に嫌だ。
それに刺されなくても纏わりつかれること自体勘弁他ならない。
「理解したわ!
なら、少し聞いて。
あたし達の話を」
「では話すが良い。
だが、事と次第によっては汝らを滅することも厭わぬ」
「それで良いわ。
先ず始めに、竜の咆哮というのは異界の扉を開くと聞いて来たのだけど、それは本当なの?」
「竜といえど古より生きる我らのような存在にのみ、その力はある」
「本当なのね!
あたし達はそこにいるエルフを元の亜人界に帰してあげたくてここまで来たの。
亜人界への扉を開く唯一の手だと思ってね。
それで力を貸して欲しいわけ」
「我が咆哮を欲している、という訳か。
では、我に危害を加えないというのは――」
「本当よ!
ホントにその為だけに来たんだから」
「ふむ。
それは分かったが、我とておいそれと信じられる訳ではないのでな」
首だけを前に下ろして話をしていた竜は、鋭い目付きに変わり首を大きくもたげる。
「それってどういうこと?」
「我は人間に酷く傷付けられた。
お互い不可侵である存在であったにも関わらず。
それ故、簡単には人間を信じることは出来ない」
「ならどうすれば?
どうしたら信じて貰えるの?」
「汝らが我が望み叶えるのであれば、我はまたそれに応えよう」
「望み?
人間と何があったっていうの……」
あたしの問いに視線を外すことはなく、ただ黙って鋭い眼光を保ったままでいた。




