『帆凪様love!』
「チッ…時間か」
礼人の言葉に、私はハッと本から顔をあげた。
「えっ、もうそんな時間?!」
本を読み耽って授業に遅れるだなんて、本末転倒も過ぎる!
それで隊員になるのが遅れたら…!
「10分前だよ。
そんなに心配なら、先に行ったら?」
あ…、良かった。10分前ね…。
確かにそれでも少し心配だけど…
「さすがに悪いですわ。
ところで、鍵って誰から借りたんですの?」
ただし、返すところの距離にもよる。
遠いのなら、事前に遅れるように言ってこよう。
「ああ―――――
「帆凪さまぁぁぁぁあぁぁあ!!!!!!」
私はそう叫びながら、帆凪様の方へ跪いて満面の笑みで手を取った。
「ひかり!
驚いた。アンゲルスに来てたの?」
久し振りに聴く帆凪様の声、帆凪様の姿、帆凪様の感触、それら全てに私は胸を踊らせる…!
「はいっ!
帆凪様が此方にいらっしゃると聞いて!!!」
態々(わざわざ)、本部に重点を絞ったのは帆凪様が居るからに他ならない。
別に支部だって良かった。
「そんな理由で…?」
帆凪様の少し困ったような笑みには、さすがの私だって傷付く。
「そんな、とは心外ですわ!
まあ、確かにそれだけではないのですが…」
でも、帆凪様が居ることだって大きな大きな理由だ!
「あら、そうなの」
うーん…反応が薄い……。
まあ、しょうがないか。
「ええ。
そんなことより帆凪様。
このあと御時間ありませんか?
久し振りに御食事でも…!」
今日が無理ならば明日にでも明後日でも来月だろうが来年だろうが…!
いつでも、時間を空けて見せます!!!!
「後ろの彼氏は良いの?」
帆凪様の言葉に、私は何度か瞬きした。
「………カレシ?」
「ほら…」
敬愛する帆凪様の視線の先に映ったのは…………ああ、礼人。すっかり存在忘れてたわ。
…このまま忘れてたって構わないわね。
「無関係なので構いませんよ。
それより―」
「無関係って………
地下より大事だっての…?!」
地下って言うのは、たぶん資料館のこと。
「はぁぁぁぁ?!?!!!
帆凪様より大事なものなんて、この世にひとっつもないわ!」
あるはずもない!!!!
礼人ったら、一体何を抜かしてるのかしら!
「……嘘でしょ?」
「嘘なんて…!
そんなわけないじゃない!!!」
「えええええええ」
「あらあら…」
と、帆凪様は可愛らしく微笑んでいらっしゃった。
…………礼人、でかした。
「ひかりがね、こんなにも…その。うん。
…なのは私を命の恩人と思ってるからなのよ」
思ってる?!?!!?!
思ってるですって?!?!!
「違います!
帆凪様は紛れもなく私の命の恩人!!!
貴方が居なければ、私は両親と共に瓦礫の奥で死んでいたことでしょう…!」
まぁ、それによって帆凪様に出逢えたのなら、それさえも幸運…!
って言ったら本気で怒られそうなので口が裂けても言わない。
帆凪様だけには出来る限り嫌われたくないので。
「………それで…。」
礼人がボソリと呟いた。
「え?」
「……いや。こっちの話。」
…ま、そこまで興味ないから良いけど。
「それで?帆凪様、いつなら御時間頂けますか?!」
私は帆凪様の手を両手で握り、懇願するように言った。
「う―」
帆凪様は突然ハッとしたように、自分の首元につけたネックレスを見つめた。
帆凪様はネックレスをぽんっと軽く叩いた。
誰かに連絡を取っているみたい。
「……ちょうど良いわ。
ひかり、それにそこの彼氏くんも付いてきて。」
帆凪様はニッコリと笑って歩き出していってしまった。
私は1度瞬きして、すぐに帆凪様の言う通りについていった。
「厄介な奴に会ったなぁ…」
後ろから、ついでに礼人までついてきた。
私とっては礼人の方が邪魔……ま、良いけど。
アンゲルスの外へ続く一本道へ車を走らせた。運転は帆凪様。
忍びないけれど、私も礼人も未成年だから仕方がない。
自動運転はあるけれど、未成年は結局ダメだから。
ちなみに、運転席にいる帆凪様の隣に座るは、この私。
「ね、二人はレジ…じゃなくて能力は使えるの?」
マター…レジティーマ、カルディア、その他区別なく…魔法ではない力のことだ。レジティーマにはレジという言葉があるから、基本的にはカルディアの持つ力を指すことが多い。
帆凪様の問いに礼人は軽く首を振った。
「全く。」
確かに、能力媒体らしいジェムも、さっき貰ったばかりだしね。
「ひかりも?」
帆凪様の問いに、私は曖昧に微笑んだ。
すると帆凪様はため息混じりに、もう一度口を開いた。
「本当は?」
「…………静電気程度ですけど。」
私がそういうと、バッと礼人に見られた。
…だからあんまり言いたくなかった。
ろくに教えられてもいないのに、使いたいなーと何となく思ったら出来てしまった。
その時のことは恐らく驚きすぎたせいで、あまり覚えてないんだけど…。
「能力ってそんなものよ。
知識を叩き込んで使うような力じゃないの。
もっと感覚的で…、それこそ“奇跡”のような。」
奇跡…………
「決して万能ではないけれど。
ま、魔法も似たようなものらしいけどね~」
すると、帆凪様はニコッと笑って、礼人に聞こえないようボソリと私に声をかけた。
「ところで、どっち?」
帆凪様の言葉に私は思わず眉を下げていた。
「白い方です。
誰にも言わないでくださいね。」
と、少々冷ややかな目で見つめた。
いくら帆凪様であろうと、私のことをベラベラ喋られては、どうしたら良いか解らなくなる。
これは、“ある人”と交わした約束だから。
…そういう考えだと、帆凪様とどちらが大事か、ちょっと解らない。
「…解ってるわ。
けど、“視える目”相手なら無理よ。」
私は軽く頷いた。
“視える目”つまり相手の属性か、性質を視ることが出来る人のことだ。
視覚だけではないのだが、“視える目”という名称は千里家の名残。
記憶が正しければ、“視える目”を持っているのは…
帆凪様、火砕 愛雅さん、弥扇 神夜さん、大石 心平さん。
それと、柊家と千里家。
4人はもうどうしようもないとして、下の二つの家は防ごうと思えば防げる。
相手にリミッターを着けて貰うとかね。
家の方は能力らしいから。
でも4人相手にも、どうにかカモフラージュする方法は…うーん、結界?
出来ないけど。
「さ、着いたわ。」
車から降りた私たちは誰もいないアンゲルスの中門前にいた。
三つあるうちの門の一つだ。
此処から外は隊員や関係者の居住区になっている。
帆凪様はネックレスを外し――たかと思うと、帆凪様の手には鎌が握られていた。
…おそらく、ネックレスが変形して鎌に変わったのだろう。
武器に変わったということは…
私はサッと礼人の前へ庇うように立った。
「なんだ…?」
「行くわよ。」
そういって帆凪様が壁際のスイッチを押すと、重たい扉が開いた。
「あれが、我らが敵の悪魔…リビドーね」
帆凪様の言葉に扉の向こうを見つめると、そこには狼…犬?のような真っ黒な生き物がいた。
見た目では黒い大型犬か狼にしか見えないが…。
あれが、悪魔。
すると悪魔は重たそうな首をこちらへ傾けた。
こちらに気付いたようだ。
「帆凪様…」
大丈夫なのは解っているけれど、やはり不安になる。
「ここで問題。
あの悪魔の体の何処かから、紋章を見つけ出して。
二人のどちらでも良いか…らっ!」
帆凪様はそういうと、悪魔の方へ走っていってしまった。
それと同時に悪魔も走り…いや、帆凪様へ飛び上がって攻撃を仕掛けてきた!
しかし、その攻撃は鎌の刃によって難なく防がれる。
…たぶん、私たちのどちらかが見つけるまで倒すつもりはないのだろう。
しかし、探そうにも帆凪様の動きも…そして悪魔のかなり速い。
そのマークというのがどんな形なのか、色なのか、大きさなのかも…
「パッと見て背中にはないだろ?
なら、腹か首だ。」
焦っている私を察したのか、礼人に助言をされてしまった。
…それなら、もう一度飛び上がってくるのを待つしかない。
私は屈んで、その時が来るのを待った。
!
飛んだ!
「胸です!
前足近くの腹!」
帆凪様は私がそう言った途端に鎌をクルッと回して、悪魔の腹へ鎌を潜らせると、そのまま何の躊躇もなく鎌を引き上げ………
どう見ても犬だった悪魔を真っ二つにしてしまった。
…可哀想な奴。
「あのマーク…紋章と血が出ないのが悪魔である証拠ね
既に肉体がないのよ。」
本当だ。
帆凪様の言う通り、サッパーと逝かれたのに血が一滴すらない。
というか…、骨も残りそうにない。と灰のようになって消えていくワンをみて思った。
「紋章なんて隠れたりもするから、素人には判断は難しい。
視える目か、柊や千里の力が不可欠なのよ。」
そうだろうと思う。
見た目には、ただ黒いだけのワンだったし。
それに、全部が全部黒い訳じゃないんだろうとも思う。
血なんて、やってからじゃ遅すぎる。殺ってからじゃ。
帆凪様は鎌をネックレスに戻して首へ掛けると、再び誰かに連絡を取っているようだった。
普通なら、小さい画面が浮かび上がるけど、帆凪様は防犯設定で本人にしか見えないようにしているらしい。
大人はそういう人が多いけど、帆凪様の場合は“敵”に情報を取られない為なんだと思う。
私はまずケータイを持ってないけど。
「さて、車に戻ろっか!」
帆凪様は門のスイッチを押すと、クルリとこちらを向いた返した。
何もなくなった地面と大勢の気配がするアンゲルスとの間で、扉が重い音を立てながら壁を作っていった。
「どう思った?
悪魔を見て」
車に戻った私達に、帆凪様はか細い笑みを浮かべながら言った。憂いを帯びたような。
どうして帆凪様がそんな顔をするのか気になった。
悪魔に、何か、思うところがあるのかな。
「どう…って言われても…
俺は悪魔の事なんて知りませんから、意見することなんて出来ませんよ。」
なんか投げ遣りと言うか、雑じゃない?と思った。
…けど、礼人が悪いやつじゃないのは、痛いほど解った。
決めつけるようなことはしないんだろうな…。
「私もそう思いたいです。
…けど、何となく可哀想だな、と思いました。」
たぶん、容赦なく真っ二つに斬られたせいなんだろうけど。
二人の意見が出たことで、帆凪様はにこやかな笑みに戻った。
「そう…、解ったわ。
けれど、あまりそういう意見は言うべきではないわ。」
帆凪様の言葉に、私も礼人も首をかしげた。
「…悪魔を恨む人は圧倒的に多い。
よく思ってる人なんて、一握りも居るかどうか…。
ひかりは、違うの?」
帆凪様の言葉に、私は驚いた。
確かに、悪魔はこの市を、国を、世界を襲っている。
けれど、それに対して恨んだことはない。
もちろん、襲ってくる悪魔に対応はするけど…
でもそれは悪魔を恨む理由には、私にとってはならない。
雷に打たれたって雷は恨めないでしょう?
それは、それこそ、神様の思し召しなんだと思う。
まあ、恨む人も含めて思し召しだと思う……から、パッと恨む感情が沸かないってことは、神様は私が悪魔を恨むことを望んでないんだと思う。
「襲ってきた悪魔には対応しようと思いますけど
悪魔全体まで…っていうのは……」
例えば、赤ちゃんの時に私を襲った悪魔を、赤ちゃんのとき対応できる力があれば、それは倒しただろうと思う。
でも、その悪魔が今現れたとしても私はどうするつもりもない。
命令が出たなら倒すけど…
でも、その悪魔が何にもしないなら、私もなにもしない。
だって害はないんだし。
「仇~みたいなの、ないの?」
今度は礼人から問いが来た。
ハッキリ言って
「ない。
両親の記憶なんてありませんもの。」
と、少しおどけて言った。
あるわけがないのだ。
そのとき私は赤ん坊…っていうか産まれたてだったらしいし。
だから私の誕生日は、戦災の日、両親が死んだ日と同じ。
「それよりも、今を正しく生きる術を知りたい」
「でも、そんなの解りませんから、
まずは生きるための生活費…!!」
それが私にとって今、一番切実な願いだ。
速く働いて、速く給料もらって、安定した生活を手に入れて。
正しさを求めるのは、そのあとでも全く問題ないでしょう?
「切実だな……」
「もちのろん!」
「ふふふっ…」
礼人は陽灯が地下とかそういう逃げられない場所を恐れるのは瓦礫に埋もれていたらしいことを聞いたからと察してくれました。その本人は察してませんが。
まだバブバブだったので仕方ないですけどね。
それでも恐れているのは…