表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園の檻  作者: AIR
6/6

神の子

 



 翌朝、ソールの遺体が発見されたと聞いて、足元から奈落の底に引き摺り込まれるような衝撃を受けた。


 あの晩、私と別れた後に、彼は吸血鬼の勘気を被るようなことをしたのだろうか。

 屋敷における規則の重さを誰よりも理解していたソールが、自ら墓穴を掘るような真似をするとは到底思えず、私は疑問に思えてならなかった。


 昨夜、私が誘いを断ったことで、ソールも「グローリアが行かないのなら、俺も行かないよ」と脱走の計画を白紙に戻した。

 だから、こんな結末はあってはならないのだ。

 ソールの死は、あってはならない。


 もし、行動に移さずとも「逃げよう」と口にしただけで罪になると言うのならば、では何故、私は無事なのか。

 私だけが、未だのうのうと生を貪っているのは、どうしてなのか。



 「どうして、だって?本当は解っているんだろう、グローリア。きみは兄さんに選ばれたのだから」



 殺さないように気遣って、丁寧な治療・・を長期間に渡って繰り返し、足の自由だけを奪おうとしているのはつまりそういうことなのだと、記憶の中のツヴァイが高らかに笑う。




 ソール。太陽のようなあなた。

 その光を隠してしまった私を、どうか許してくれるだろうか。





 6





 きっと、これは報いなのだ。

 かつて人々を欺き、神を騙り、汚い商売を重ねていた傲慢な私に与えられた、救いのない常闇———。


 私という存在がこの世に生まれ落ちた時、あまりに特異なこの姿に両親や立会人たちは恐れおののいた。

 一時は悪魔の子を身篭っていたのではないかと祓魔師が呼ばれる事態にまで発展したそうだが、商いを生業としていた両親は、私の容姿をどうにか利用出来ないかと目論んだ。


 肌は透き通るように白く、瞳は青みがかった灰色、成長して判明したのは、両親の特徴などまるで無視をした銀の髪。

 私の見た目は誰とも違う異質なもので、勘定高い両親はそこに目をつけた。

 他人と違うことは、時にとんでもない価値がつくのだと。


「悪魔の子」として生まれた私は、外との繋がりが一切絶たれた陽の射さない部屋で、誰の目に触れることも無く密かに育てられた。

 食事は質素で娯楽もなかったが、両親は私の見映えを良くすることに強い拘りを持ち、賢く見えるようにと付け焼刃の知識も身につけさせられたため、それなりには暮らせていた。


 状況が変化したのは齢5つの頃、私は初めて両親以外の視線に晒された。

 自分の髪や皮膚の色が際立つような白い装束を着せられて、お前は何も話さずただすべてを受け入れるだけでいいと、説明もそこそこに面識のない人間たちの前に放り出された。

 彼らは私の容姿について口々に意見を述べ、その内の一人が「とても人とは思えない」と言ったのを皮切りに、私のことを「神の子」と呼称して崇拝し始めた。


 私よりも大きな大人たちが揃ってこうべを垂れる姿は、まさに異様な光景だった。


「悪魔の子」であった私が「神の子」などと呼ばれるようになったのは、私には神通力があり、常人にとっては目に触れるだけで天恩を賜る存在なのだと、根拠の無い法螺話を両親が吹聴して回っているからだった。

 根も葉もない噂は要らぬ尾ひれをつけて徐々に広がりを見せ、私を訪ねにやって来る人が後を絶たないばかりか、中には遠方から遥々足を運んだという客人もいた。


 母の病気が治ったやら、商売が軌道に乗ったやら、事故に遭ったが私のおかげで命は無事だったやら、私とは関係のない出来事を勝手に関連付けてゆく。

 そういう人たちは少しでも良いことがあると私の存在と結びつけ、悪いことがあると私への信仰が足りないせいだと嘆く、どうしようもない人たちばかりだ。

 両親の策略にハマって、蟻地獄に堕ちているというのに、気づかず幸せな夢を見ている。


 両親は私を餌に人々から金を搾取し続け、数年も経てば、手に余るような莫大な富が私の足元に築き上げられていた。

 辺り一帯の土地を買い占め、私をより神聖なものへと近づけるために、山の上に生活の拠点を移した両親の行いはまさに神をも恐れぬものだ。


 両親は私を褒めそやし「お前は手が掛からない子供で助かるよ。人としては欠陥品だが、だからこそ尊い価値がつく」と呪文のような言葉を常日頃唱えていた。

 彼らにとって金の成る木でしかない私は、この歪な容姿も相俟って、親らしい愛情を注いでもらうことは一度もなかった。


 私が大衆の視線に晒されるようになった頃に家庭教師としてやって来た若い男は、そんな私に同情し、心を痛めているようだった。

 雇われる条件として予め提示されていたが、いざ目の当たりにしてしまうと精神的な衝撃の方が大きいらしい。

「可哀想に」と両親の目につかないところでよく慰められたが、他を知らない私にとって自分の何が可哀想なのか、男が涙ぐむ理由も分からなかった。


 私の見た目は「白化現象」という、稀に見る先天性の疾患らしい。

 人より色素が薄いだけで、きみは悪魔の子でも神の子でもない、ただの一人の女の子だ、と家庭教師の男はやはり涙を堪えながら口にする。


 男はある日、私を外に連れ出した。

 外出許可は取ってあるからと笑う男に導かれるまま踏み出した外の世界は、私が想像していたよりもずっと広大で、鮮やかで、常に騒々しい。

 何かを発見する度に、あれはなんと言うの、と訊ねる私に男は笑みを深め、一つ一つ丁寧に教えてくれる。

 私はその全てを、一字一句逃さぬように聞き入った。


 男は「本当は、外の世界のすべてを見せてあげたかったけれど」と物悲しい表情をして、何かを堪えるように、すっかり夕焼け色に染まった空を見て家に帰ろうかと口にした。


 家に戻ると、いの一番に父の怒号が飛んだ。

 私と男を引き剥がし、自分が何をしたのか分かっているのだろうなと怒り心頭に発した父の問いに、家庭教師の男は粛々と「心得ております」の一言のみを返す。

 ああ、やはり、外出の許可など取っていなかったのだと、本当は心のどこかで分かっていたが、外の世界を知りたいがために見て見ぬ振りをしていた私は罪深い。

 男の姿を見たのはそれが最後で、別れ際どこかに連れていかれた彼がその後どうなったのか、生きているのか死んでいるのかすら私が知ることはなかった。

 男に協力した三人の使用人も処分されたのだと、後日聞かされた。


 しかし、父の怒りは留まる所を知らず、男が消えてからは、その矛先は暴力という形で私に向けられた。

 今まで一度も手を上げられたことのなかった私は、男と見た外の世界を思い出し、私は自由に歩き回ることすら許されないのかとあまりの落差に泣きじゃくった。

 この足は、この目は、何のためにあるのだろう、行きたいところに行くためではないのか、見たことのない景色を知るためではないのか。

 私は何のために生まれたのか!


 癇癪を起こす私に母は大きな溜息を吐いて、頭を冷やしなさいと普段は使われていない蔵に私を閉じ込めた。

 一体どれくらいの間、泣き続けたことだろう。

 次第に腹が空き、手足の指先がかじかんで、寒さに身を捩った。

 暗闇に覆われた視界、ひゅうひゅうと吹く隙間風、時折何かが肌を這う感触が気持ち悪くて、私は何度もここから出してと懇願した。

 だが近くに人がいないのか、重く閉ざされた扉が開くことはなく、気が遠くなるような時間を蔵の中で過ごすことになった。


 ———私は、ただ終わりへ向かうために、生を成したのか。


 私は生まれた時からずっと、暗い水の底、この身が緩やかに沈んでゆくような感覚だった。

 溺れているのではない、ただ体が動かず、そして息をしていないだけ。


 いつこの錯覚が潰えるのだろうかと、そればかりを願う、救いようのない人間なのだと、三日が過ぎて、ようやく蔵から出された私を待ち受けていた母の歪形な微笑みに、思い知らされた。



「さぁ、私の可愛い娘。お前の足を火炙りにして、もう二度と何処にも行けないよう、この母から離れられないよう、素敵なまじないを掛けましょうね」



 足の自由を奪うのは、愛情の証なのだと、母は嫣然と言う。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ