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赤のミスティンキル  作者: 大気杜弥
第二部
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第九章 事態急変す (三)

(三)


 その呟きを、ミスティンキルの切なる願いを、アザスタンは聞き逃さなかった。

「ならばぬしの願いに応えよう。ミスティンキル。わしが飛ぼう」

 アザスタンの決意。その言語は龍のものではなかったが、とても力強いものだった。

「あんたが?! 呪いは平気なのか?」

 ミスティンキルの心は大きく揺り動かされた。涙などこぼれるに任せ、彼は真摯な瞳でアザスタンを見る。希望を見出そうとするかのように。

「龍の威厳にかけて、なによりおぬし達のために、わしはわしの為すべき事を為す。……呪いについてはいまだよく分からぬ。だが、わしは龍よ。人間と同じ秤で比べるものではないぞ。まかせるがいい。かつて“魔界サビュラヘム”に突入し、冥王ザビュールとも相対したこのわしに」

「アザスタン……」

 ミスティンキルは再び希望を見出した。赤い瞳が生気を取り戻す。


「いいな。ウィムリーフを見つけ、合流するぞ」

 龍頭の戦士アザスタンはそう言うと天を仰いで口を大きく開き、猛獣のごとく吠えた。アザスタンの身体はみるみるうちに変化し、巨大な蒼龍となった。

【さあ、乗れ】

 アザスタンは巨躯を落とし、ミスティンキルに騎乗を促した。ミスティンキルは龍の脚からよじ登る。うろこで覆われた頑強な背中を歩き、巨大な背びれをがっしり掴んで座り込んだ。

「無茶するなよ! この塔の上まで飛んでくれ。おれはそこからウィムの居場所を探る!」

【応】

 アザスタンは振り返って応える。それから誇らしげに巨大な翼をはためかせ、呪いなどなにするものぞとばかりに、ふわりと宙に浮かび上がった。


◆◆◆◆


 龍は上昇する。一瞬にして木立の中から塔の頂へ。アザスタンが塔の屋上に着地すると、ミスティンキルも龍の背から降り立った。

「アザスタン、身体は平気か?」

【支障はない】

 蒼龍は返答した。


 いつしか月が現れていた。ほぼ真円を象った白銀の月は、天球高く位置をとっている。月はそこから地上に向けて仄かな光を注ぐ。

 ミスティンキルは盆地の方向、オーヴ・ディンデへと視線を向けた。だが夜のとばりが降りつつある今、ラミシスの中枢域を目視でうかがい知ることは困難極まる。それにあの領域は奇妙にも、月明かりすら遮断しているかのようにすら感じる。ミスティンキルは“探知の術”を発動させた。


「……いた」

 ミスティンキルはすぐさま発見した。名状し難い闇の領域で青く光る一点――ウィムリーフの魔力を。

【ウィムリーフを見つけたのか】

 と、アザスタンが訊いてくる。

「ああ……だがあれは……」

 言葉を返すミスティンキルだが、ウィムリーフの姿そのものを捉えているわけではない。術の効力によって闇の中から青い魔力を認識したに過ぎないのだ。ウィムリーフの顔が見たいと、ミスティンキルの気持ちがせかされる。

 そして――ウィムリーフのすぐ近くにオーヴ・ディンデを封じる結界があることも、ミスティンキルは探知した。半球状の結界は今、周囲の闇よりさらにくらい、漆黒をまとっている。あれを長く直視し続ければ気が触れてしまうと、ミスティンキルの本能が訴えかけてくる。

「信じられるか? あいつ、もうオーヴ・ディンデに着いちまった!」

【ほう……】

 龍は琥珀の瞳を細め、オーヴ・ディンデの方角に向ける。大したものだとでも言いたげに。


 もともとの予定ではヌヴェン・ギゼからオーヴ・ディンデに至るまで、徒歩で半日はかかると三人は考えていた。仮に“風のアイバーフィン”の翼を用いても一刻はゆうにかかるだろう。それなのに彼女はすでにあの地に降り立っている――果たして青のウィムリーフは、龍の翼を得たとでもいうのだろうか。


『結界なんて解いてみせる!』

 激昂したウィムリーフが言い放った言葉だ。“今のウィムリーフ”ならば、結界を解いてしまうかもしれない、とミスティンキルは直感した。

「例の結界はそのままだ。解かれたわけじゃねえ。そのままでいてくれ、ウィム……」

 ミスティンキルは祈るように言った。

【我らは行くか? わしが飛べばオーヴ・ディンデまで辿り着くのにそう時間はかからん】

 ミスティンキルの心を読んだかのようにアザスタンが言う。

「ちょっと待った。もう少し様子を見させてくれ」

 “探知の術”を発動している今なら分かる。あの結界が外部から魔力を集めているのだということが。


 結界を起点として、ごく細い線が空高く延び、四方へ分散している。それらは各々曲線を描いて空を渡り、うちひとつはここ、ヌヴェン・ギゼの小窓に行き着いている。その先を辿れば塔の“魔力核”に行き着くだろう。

 微量の魔力が塔から結界に向けて流れ出ているのが探知できた。結界を起点とするほかの三つの線もそれぞれ三つの魔導塔に繋がっているに違いない。すなわち――ここより東のシュテル・ギゼ。南東のゴヴラッド・ギゼ。南のロルン・ギゼ。

 ヌヴェン・ギゼを含めた四つの塔から流れ出た魔力は、中心部たる結界の地で混じり合ってひとつになる。それによって魔法が発動し、崩壊した王城を常に外部から遮断しているのだ。


 魔導王国ラミシスはとうの昔に滅び去った。主を失ない、自然の姿へとほぼ還ったこの島において、得体の知れない魔法や呪いがなおも発動しているのは、過去から綿々と続いているこの魔力構造によるものだろう。“魔力核”の魔力の源がなにに起因するものなのか、それになぜ今までこの構造が朽ち果てたり破壊されずに残ってきたのか、謎は深まるばかりだ。


◆◆◆◆


 ミスティンキルは視線を元に戻した。それから何の気なしに、ぐるりと屋上の様子を探る。すると中央部、分厚い扉付近に何かがあるのに気付いた。塔内部へと繋がっている扉付近に。

 訝しがりながらもミスティンキルは近寄っていく。彼の予感は当たった。それはウィムリーフの持ち物だったのだ。一冊の本と画材。ミスティンキルはそれらを拾い上げた。


 ウィムリーフは――地上で塔の壁画を模写したのち、再び屋上まで上ってきた。そうして彼女はなにを思ったのか、ここで本を放棄して身ひとつとなり、翼を広げて飛び去った。

 ミスティンキルはこみ上げてくる感情を抑える。

(お前は、こんな大事なものまで捨て置いたのか。オーヴ・ディンデに着いたら必要なものだろう? いろんなことを書き留めたいと思うだろう? 違うか? まったく、お前らしくない……)

 ミスティンキルは文字が読めない。しかしこれは熱意あふれるウィムリーフが書き連ねた作品だ。単なる文字や記号の羅列などではない。頁をめくるにつれ、ウィムリーフが一生懸命にペンを走らせる情景が浮かび上がり、堪えたはずの涙がこぼれそうになる。だが今は感傷に浸るときではない。為すべきことを為すときだ。ミスティンキルは本をかかげ、アザスタンに呼びかけた。

「ウィムの忘れ物だ! おれは、あいつにこれを渡さなくっちゃならねえ。さあ、今度こそ行くぞ、アザスタン。オーヴ・ディンデへ!」

 ミスティンキルが言い終わるやいなや、それは起きた。

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