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赤のミスティンキル  作者: 大気杜弥
第二部
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第九章 事態急変す (四)

(四)


 ガドンッ!


 それは直下から強く突き上げられる振動だった。唐突な出来事に、ミスティンキルはよろめいて姿勢を崩した。大岩同士が激突したかのような爆発音がごうと響き渡る。

「……っ! 今度はなんなんだ?!」

 ミスティンキルは用心深く周囲を確認する。一見したところ状況は依然変わっていないようだが、床の振動は止まらない。

「地震?!」

【いや、自然の現象ではない。魔法によるものだ。こちらに来れば分かる】

 そう言われてミスティンキルは元いた場所まで戻り、アザスタンが見たものを確認した。眼下――

【ぬしにも見えているだろう? この塔から魔力が放出されている。いわば魔力の川だ。奇妙なことだ。高みから水が流れ落ちるかのごとく、魔力が空を渡ってオーヴ・ディンデの方向へ向かっている】

「ああ。分かる」

 流出量はもはや先程までの比ではない。“探知の術”に頼らずとも目視できる。まるで洪水だ。流量はみるみるうちに増え――ついに流出口である小窓が耐えきれなくなり、壁が大きく崩壊した。そこからさらに大量の魔力が噴出し、怒濤のように――しかし音はなく――空中を流れていく。


 ミスティンキルは青い濁流を呆然と見つめながら、これはとんでもないことが起きたな、と思った。だが奇妙なことに、こんな事象に対してなんの感情もわかない。危機感すらない。まったくもって現実味が希薄なのだ。

(塔の中はどうなっているのか。動物が住んでいたが大丈夫か)

 むしろミスティンキルにとっては、そのほうが気掛かりだった。だが気持ちを切り替える。

 魔力の流れ着く先――すなわちあの結界において、なんらかの魔法が発動されるだろうということは何となく分かる。そのための魔導塔なのだから。だがなにが起きるのか、さっぱり見当が付かない。想像できないゆえに恐怖を感じないのだ。

 彼が恐怖を覚えるとしたらそれは、魔法が発動されたその時のことだ。恐るべき結果を認識したとき、はじめて慄然とするのだろう。


「なあ。これはウィムの仕業だと思うか? あんたはさっきウィムのことを、手練れの魔法使いだと言っただろう」

【分からぬな。可能性はあるが明言できない。ここまで大規模な魔法事象を起こすには、果たしてどれほどの力量が必要とされるのか――それともただの一人で発動できるものなのか――わしには分かりかねる。魔法使いではないゆえに】

「……そうなのか。おれも分からねえ。魔法の知識のひとつすら、ものにできていない。それなのに『魔導を継承した』などよく言えるもんだ、おれは」

 ミスティンキルは自嘲して腕を組む。青い激流の、その先端を目で追いながら。


【ウィムリーフ同様、ぬしは大きな魔力を備えておる。ぬしらは月の界にて大事を為し遂げた身。二人の力の強大さは、我が王も認めている。忌憚きたんなく言うと、ぬしらの魔力はともに、世界に影響を及ぼすほどに大きいのだ。

【人間はしかし、魔力だけでは魔法を行使できないのだろう。魔法を発動させるにあたっては詠唱なり儀式なり、媒介とするものや助力がなければならない――委細は分からぬが。

【だがおぬしは例外だ。『そうあれ』と望めばそのとおりに魔法を行使できる。間違いなく、人の身としては過ぎた才能だ。天賦の才能を持つ魔法使いは、歴史上何人もいたことだろう。ぬしはそういった魔法使いと肩を並べる可能性は持っている。だが決定的に及ばない点が二つある。分かるか? 考えてみろ】

「ひとつはさっき言った。魔法の知識がねえってことだろう。もうひとつは……」

 なにか言い出そうとしてミスティンキルは考えあぐね、黙ってしまった。

【経験だ。知識と経験がおぬしには決定的に欠けておる。ぬしは月で魔導を継承したと言った。それは認めるが、本当の魔法使いになったとまでは果たして言えぬだろう。本来ぬしはまだまだ学ぶべき立場なのだろうよ】

「……『ウェインディルを探せ』っていうのはそういうことなんだな……」

 ミスティンキルは、ほぞをかむほかない。悔やんでももう遅すぎる。この現状を、これから起こりうる現象を、どうにか打破せねば先はない。ウィムリーフに会うこと。まずはそれだ。結界の領域において、どのような魔法が発動されようとも――


 床の揺れが収まった。ミスティンキルが身を乗り出して下方を見ると、魔力の放出が止んだことが分かった。その流出口は大きなほらと化している。周囲の外壁は魔力の大量放出により損傷し、構造がかなりもろくなっているようだ。石のかけらがぽろぽろと落下していく。その数は次第に多くなっている。

「なあ、おい。ここにいるとまずいんじゃねえか? この塔、崩れ落ちるかもしれねえぞ!」

 アザスタンも肯定した。

【魔導の塔が、いよいよもってその役割を終えたことを意味するかもしれん。どうする。わしはいつでも羽ばたけるぞ】

 その時――

「――!」

 ミスティンキルは、はっとなった。遠方の闇の中、三つの方向で閃光が続けざまに走るのを確認したからだ。


◆◆◆◆


 ――ドン!

 ――ドン!

 ――ドン!

 光から遅れることしばらく、立て続けに爆発音が風と共にここまで伝わってきた。

 発生源はどこかとミスティンキルが探ってみれば、果たして彼が思ったとおり、それは三つの魔導塔だった。ここ、ヌヴェン・ギゼの魔法図象が青く発光しているのと同様に、遠方に位置する兄弟の塔はそれぞれ赤、緑、黄に彩られている。

 それからミスティンキルは、鮮やかに煌めくものが三つの塔からほとばしるのを見た。あれらもまた、色を帯びた魔力そのものだろう。空を伝い、四つの塔が結ぶ中心点――結界の地――を目指して猛烈な勢いで押し寄せていく。四本の濁流がぶつかり合うまでそう時間はかからない。魔力同士が衝突したとき、なにが起こるのだろうか。そして、ウィムリーフはどうするのだろうか。


【超常の様相を呈してきたか。覚悟せよ、赤のミスティンキルよ。事と次第によっては、アリューザ・ガルド世界に影響する事態が勃発するかもしれぬぞ。わしらは真っ先にその事態と向き合わねばならなくなる】

 “世界の色褪せ”のときと同じように、またしても自分は世界そのものと関わってしまうというのか。それが“運命”というものなのだろうか。

「どのみち、行くしかねえだろう!」

 ミスティンキルは発破をかけた。ヌヴェン・ギゼの崩壊が始まった。ほどなくしてこの屋上は瓦解するだろう。ミスティンキルは龍の背中に座した。

「さあ、飛んでくれアザスタン! さっきおれは『無茶をするな』と言った。けれど今度は違う。無茶をしてくれ!」

【応】

 アザスタンは翼を広げて空中に舞い上がった。


 時ここにおいて、龍はとうとう本領を発揮した。隼もかくやとばかりの凄まじい速度をもって、風を切り裂くように飛ぶ。真下には青い魔力の流れ。それよりも速く龍は空駆ける。四つの魔力が衝突する前に、あの地へ到着できるかもしれない。

 背後で、ヌヴェン・ギゼが崩落していく音が聞こえた。だが彼らは振り返ることなく、黙したまま前を見て進むのだった。

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