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王国の監察官《アルヴィン》

 グラトニアを討伐してから、数日が経った。


 領内の混乱も、少しずつ落ち着きを取り戻し始めている。


 とはいえ、父上は相変わらず忙しいらしい。


 領内の被害状況の確認に、避難していた住民への対応。それに、王都へ提出する報告書の作成。


 俺も何か手伝えればいいんだけど、今のところ出番はない。


 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、向こうから一人の女性がやってきた。


 灰色の髪を後ろでまとめ、目立たない濃灰色の服を身にまとっている。


 姿勢はすっと伸びているのに、足音はほとんど聞こえない。


 ……なんだろう。


 普通に歩いているだけなのに、妙に隙がない。


 俺が軽く頭を下げると、女性も足を止めた。


「こんにちは」


「こんにちは。あなたは……?」


「レオン・グランフェルトです」


「……ああ、あなたが」


 女性は一瞬だけ俺の顔を見つめた。


 それから、柔らかく微笑む。


「私はアルヴィン・レイスと申します。王女殿下の命を受け、こちらへ参りました」


「王女様の?」


「ええ。少々、調べていることがありまして」


 王女様か。


 王様なら父上が何度か話していたけど、王女様についてはあまり知らないな。


「父上にご用ですか?」


「はい。これからお目にかかるところです」


「そうなんですね。それじゃあ、失礼します」


「ええ。ごきげんよう、レオン様」


 俺はもう一度頭を下げ、廊下を歩き出した。


 王女様の使いか。


 あの狼のことかな。それとも、今回のグラトニア?


 まあ、どちらにしても父上が対応するんだろう。


 そう考えて、廊下の角へ向かった。


 そのとき――。


 アルヴィンの足が、ふいに止まった。


 数歩進んだところで、ゆっくりと振り返る。


 視線の先には、何も知らずに歩いていくレオンの後ろ姿。


 彼女は、しばらくその小さな背中を見つめていた。


「…………」


 やがて、わずかに眉を寄せる。


「……まさか、ね」


 小さく呟くと、何事もなかったように歩き出した。


 ◇ ◇ ◇


 その日の午後。


 俺は父上に呼ばれ、執務室へ向かった。


「父上、レオンです」


「入れ」


 扉を開けると、父上が机に向かっていた。


 その向かいには、昼間にすれ違った女性が座っている。


 アルヴィンさんだ。


 そして、兄上もいた。


「レオン、こっちにおいで」


 兄上が俺に気づき、隣の席を示してくれた。


「兄上!」


「今日はガルドとの稽古はお休みかい?」


「午前中にやりました。でも、また一本も取れなくて……」


「そうか。ガルドは強いからね。でも、レオンならきっと追いつけるよ」


 兄上が優しく笑う。


 ……いやいや。


 あの人に追いつくには、まだまだ時間がかかると思うぞ。


「アルベルト、話を始めるぞ」


「はい、父上」


 兄上はすぐに姿勢を正した。


 父上は俺を見た。


「レオン。こちらはアルヴィン・レイス殿だ。王女殿下の命を受け、ヴァルグリオンの件を調査されている」


「先ほどお会いしました」


「ええ。お久しぶりですね、レオン様」


 ……いや、数時間ぶりですけど。


 思わずそう言いそうになったけど、やめておいた。


「今回のグラトニアの件も含め、いくつか確認をさせていただきました」


 アルヴィンさんが静かに口を開いた。


「ヴァルグリオンの討伐に続き、災厄級の魔物が出現した。王女殿下も、この短期間に起きた異変を重く受け止めておられます」


 父上がうなずく。


「もっともなことだ。こちらでも北の森の調査は継続する。新たな情報が得られ次第、共有しよう」


「ありがとうございます」


 アルヴィンさんは丁寧に頭を下げた。


「それと、レオン様」


「はい?」


「グラトニアの核を破壊されたのは、あなたなのですね」


「はい。最後だけですけど」


「最後だけ?」


「だって、父上も兄上もガルドさんも、みんな戦っていましたから。俺だけだったら、あそこまで近づけませんでした」


 アルヴィンさんは少しだけ目を細めた。


「……なるほど」


 それから、手元の書類に何かを書き加えた。


 何だろう。


 変なこと言ったかな。


「レオン」


 父上が声をかけてきた。


「今回の件は、陛下にも正式に報告する必要がある」


「王様に?」


「ああ。そこで、私が直接王都へ赴くことにした」


 ……ん?


 王都?


「父上が、王都に行くんですか?」


「そうだ。災厄級の魔物が現れたうえ、北の森では異変が続いている。書面だけで済ませる話ではない」


 父上は落ち着いた声で続けた。


「陛下とは長い付き合いだ。昔から互いによく知っている。だからこそ、今回のことも私の口から直接伝えておきたい」


 へえ……。


 父上って、王様とそんなに親しいんだ。


 考えてみれば、辺境侯爵という立場なんだから、王様と面識があっても不思議じゃないか。


「もちろん、王女殿下にも調査の経過をお伝えすることになります」


 アルヴィンさんが言う。


「私も王都へ戻り、今回の調査について報告いたします」


「うむ。今後も情報を共有できれば助かる」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 なんだか話がまとまりそうだ。


 俺は王都のことを考えていた。


 大きな城に、賑やかな街。


 冒険者ギルドなんかもあるんだろうな。


 ……ちょっと行ってみたい。


 いや、かなり行ってみたいぞ。


「それで、レオン」


 父上が俺に視線を向けた。


「お前も一緒に来なさい」


「……へ?」


「今回の討伐には、お前も深く関わっている。いずれ直接話を聞かれることもあるだろう。よい機会だ」


「えっ、俺も王都に!?」


「ああ」


 思わず兄上を見る。


 兄上は、俺の顔を見てくすっと笑った。


「よかったね、レオン。ずっと外の世界を見てみたいって言っていたものね」


「兄上も行くんですか?」


「もちろん。僕も同行するよ」


「本当ですか!」


「うん。王都には面白い場所がたくさんあるんだ。仕事が落ち着いたら、僕が案内してあげる」


 おお!


 兄上と王都観光!


 これは楽しみだ。


「ただし、遊びに行くわけではない」


 父上の声に、俺は慌てて姿勢を正した。


「はい!」


「まずは陛下への報告だ。それと、今回の討伐について、お前に尋ねられることもあるだろう」


「分かりました」


「難しく考える必要はない。起きたことを話せばいい」


 父上はそこで一度言葉を切った。


「能力の詳細については、私の方で説明する。お前が余計な心配をする必要はない」


「はい、父上!」


 陛下に報告することと、誰にでも秘密を話すことは別。


 そのあたりは父上が考えてくれているらしい。


 頼もしいな。


「陛下も、お前に会うことを楽しみにされるだろう」


「そうなんですか?」


「うむ。面白いお人だからな。私の息子が何をしたのか、きっと興味を持つはずだ」


 父上はそれだけ言うと、再び書類へ目を落とした。


「出発の準備を進める。日程は追って伝える」


「はい!」


 ……王都。


 この世界に生まれて、初めて領地の外へ出ることになる。


 どんな街なんだろう。


 どんな人たちがいるんだろう。


 そして、どんな強い人たちがいるんだろう。


 考えただけで、胸がわくわくしてきた。


「レオン、そんなに楽しみ?」


 兄上が小さな声で尋ねてきた。


「はい!」


「ふふっ。じゃあ、僕も楽しみだな」


 兄上はそう言って、優しく笑った。


 王都か。


 十歳になって冒険者になるまでは、まだ二年ある。


 だけど、俺の知らない世界は、思っていたよりずっと近くにあるのかもしれない。


 そして――。


 その世界を見に行く日が、とうとう決まったのだった。

ここまでご覧いただきありがとうございます。

朝起きたらたくさんの評価とブックマークいただいておりました。ありがとうございます!

ランキングにも載ってことで、たくさんの方に読んでいただけることとなりました。これもこの物語の初めから見ていただいてる皆様のおかげです。重ねて御礼申し上げます。

さて、物語は今回のお話で第1章が終わりとなります。次からは王都編です。新しい仲間、敵、スキル、事件と盛りだくさんになっております。見ていただいてる皆様が楽しんでいただけるよう、そして私自身も楽しめる作品になるよう頑張りますので、応援をどうぞよろしくお願いいたします!

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