《収集》の進化
ガルドさんと兄上が北の森へ出発してから、数日が経った。
「……よし、今日も行くか!」
俺は腰の《蒼牙》を確かめ、屋敷を出た。
向かうのは、いつもの東の林だ。
最近の俺には、一つの目標がある。
《収集》のレベルを上げること。
所持できるスキルが十種類までだと分かってから、どうにも落ち着かない。
まだ知らない能力は、きっと山ほどある。
なのに、もう新しいスキルを手に入れられないなんて、もったいなさすぎる。
もちろん、《収集》そのものが成長したところで、所持枠が増えるとは限らない。
それでも、試してみる価値はあるはずだ。
「今日こそ何か変わらないかな……」
俺はそんなことを呟きながら、林の奥へ進んだ。
◇
最初に出会ったのは、灰色の毛並みをした狼型の魔物だった。
こちらに気づくなり、低く唸って飛びかかってくる。
「っと!」
俺は横へ踏み込み、牙をかわした。
すれ違いざまに《蒼牙》を振るう。
一撃。
狼は地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
「よし」
剣を納め、魔物に近づく。
そして、いつものように右手をかざした。
「《収集》!」
淡い光が手のひらに集まる。
だが、すぐに消えた。
新しいスキルは増えていない。
「まあ、そうだよなぁ……」
十枠はすでに埋まっている。
今さら驚くことでもない。
ただ、使わなければ《収集》自体の成長も期待できない。
俺は気を取り直して、さらに探索を続けた。
◇
昼を少し過ぎたころ。
俺は倒した魔物の前にしゃがみ込んでいた。
今日、何度目の《収集》だろう。
新しいスキルは手に入らないし、持っているスキルのレベルが上がることもあるが、毎回そうなるわけでもない。
それでも、これまで何度も繰り返してきた。
「さて、もう一回……」
俺は手をかざした。
「《収集》!」
いつもと同じ光。
また何も起きないかと思った、そのときだった。
目の前に、見慣れない表示が浮かび上がった。
――――――――――――
《収集》の熟練度が一定値に達しました。
《収集 Lv2》→《収集 Lv3》
新機能《スキル削除》が解放されました。
――――――――――――
「…………え?」
俺は固まった。
そして、もう一度表示を読む。
「……来た」
思わず声が漏れた。
「来たあああっ!」
林の中に、俺の声が響き渡った。
やった!
ついに《収集》がLv3になった!
しかも、新しい機能まで増えている!
「スキル削除……?」
喜びもそこそこに、俺はその文字を見つめた。
削除。
つまり、今持っているスキルを消せるってことか?
試しに、スキル一覧を開いてみる。
すると、今までなかった項目が追加されていた。
――――――――――――
《スキル削除》
所持スキルを一つ選択し、削除できます。
削除したスキルは失われます。
――――――――――――
「おおお……!」
これは、思っていた以上にすごいぞ。
所持枠を増やすことはできなかった。
でも、必要のないスキルを手放せるなら、これからも新しい能力を集められる。
十枠という制限は変わらない。
ただ、今までは一度手に入れたら入れ替えられなかったものが、これからは自分で選べるようになる。
「……最高じゃないか!」
俺は思わず拳を握った。
けれど、すぐに手を止める。
「……で、何を消そう?」
これは、かなり大事な問題だ。
せっかく集めてきたスキルだ。
できれば、一つだって手放したくない。
でも、枠がいっぱいのままじゃ、新しいスキルを手に入れることもできない。
俺は木の根元に腰を下ろし、スキル一覧を開いた。
《聴覚強化》は便利だ。
《平衡感覚》も《跳躍》も、戦いでは欠かせない。
《剣術》は当然残したいし、《観察》と《視覚強化》も探索で役に立っている。
《雷纏い》と《雷撃》は、今の俺の切り札だ。
そして《収集》は、絶対に外せない。
「となると……」
俺の視線が、一つのスキルで止まった。
《硬化 Lv1》。
身体の一部を硬くして、攻撃から身を守る能力。
悪いスキルじゃない。
でも、俺はもともと攻撃を受け止めるより、かわす戦い方の方が得意だ。
それに、Lv1では防げる攻撃にも限界がある。
「……うん。今の俺には、これが一番優先順位が低いかな」
俺は《硬化》を選択した。
すぐに、新しい表示が現れる。
――――――――――――
《硬化 Lv1》を削除しますか?
※削除したスキルを元に戻すことはできません。
――――――――――――
「……そうだよな」
削除すれば、もうこのスキルは使えない。
必要になったら、また魔物から集め直すしかないんだ。
俺は少しだけ考えてから、頷いた。
「よし。決めた!」
表示に触れる。
――――――――――――
《硬化 Lv1》を削除しました。
所持スキル:9/10
――――――――――――
「……おお」
スキル一覧から、《硬化》の文字が消えている。
試しに、以前のように腕を硬くしようとしてみた。
しかし、何も起こらなかった。
「本当に消えたんだな……」
少しだけ寂しい。
でも、その代わりに一つ、新しい可能性が生まれた。
「これで、また知らないスキルを手に入れられる!」
俺は立ち上がった。
次はどんな能力と出会えるんだろう。
考えるだけで、胸が高鳴る。
《収集》は、やっぱり外れスキルなんかじゃない。
俺にとっては、最高の能力だ。
◇
夕方。
屋敷へ戻る道を歩きながら、俺は何度もスキル一覧を開いていた。
《収集 Lv3》。
その文字を見るたびに、自然と頬が緩む。
「ガルドさんが帰ってきたら、驚くだろうなぁ」
十枠の制限を知ったとき、ガルドさんは笑っていた。
きっと今回の話をしたら、また豪快に笑うに違いない。
兄上にも報告したい。
……そういえば、北の森の調査は順調なんだろうか。
出発してから、まだ知らせは届いていない。
「早く帰ってこないかな」
俺は少しだけ北の空を見上げた。
夕焼けに染まった空の向こうに、険しい山々が連なっている。
そのさらに先に、北の森がある。
ガルドさんも兄上も、今ごろ何をしているんだろう。
「……よし。明日も頑張ろう!」
俺はそう呟いて、屋敷へ向かった。
◇
同じころ、北の森。
巨大な沼の前で、ガルドは剣を握り締めていた。
黒紫色の巨体が、水面を押し上げながらゆっくりと動いている。
アルベルトが、その横顔を見た。
「……ガルド。何か心当たりがあるのか?」
ガルドはすぐには答えなかった。
視線は、沼から現れた怪物に釘づけになっている。
やがて、低い声が漏れた。
「……まさか」
普段は豪快に笑う老剣士の顔から、笑みが完全に消えていた。




