エンカウント
立ち上がると、少し長めの枝を焚き火から取り出した。先端には小さな炎が残っている。
「だ、誰……?」
返事はなかった。代わりに聞こえてきたのは足音、それもかなりの数。
「あっ」
そうか。手元が明るいせいで、余計にその先の暗闇が見えづらいんだ。枝を焚き火へ戻そうとした、その時だった。
「逃げろ! やばい!」
「いや! 気持ち悪い!」
やっぱりだ。何かに追われてる。それも大群みたいだ。
「こっちだよ! こっち!」
声のする方へ目いっぱい棒を振る。
「灯りだ! 誰かいる!」
「ダメだ、ランドル! 被害者を増やしてどうするんだ!」
二人の男の声が、何やら言い合っている。
「フィンと言いいます!今、大量のグレギスに襲われてます! あなたは逃げて!」
今度は女の人の声。
グレギス? 何それ?
でも、ここで一人にされる方が嫌だった。
「た、助けて!」
僕は叫んだ。
「今の声、子供か!?」
「なに!? おいランドル、持ち堪えてくれ! フィン、様子見てこい! いざとなったらその子を連れて逃げろ!」
「でも……」
「何をもたもたしてる! 行くんだ!」
金属がぶつかる音。その合間に、雷みたいな音や何かが空気を焼くような音まで聞こえてくる。
僕は火のついた枝を握ったまま、茂みを見つめた。
ガサッ!
「ひっ!」
僕が見ていた場所とは少し離れた茂みから、一人の女の人が飛び出してきた。ピンク色の髪。勢い余って地面に手をつきながらも、すぐに起き上がる。
僕と焚き火を一瞥すると、両手に持っていたナイフを腰へ収めた。
「なに、この感覚……」
何かに戸惑っているようだ。
人だ。
ちゃんと人が来てくれた。
そう思った瞬間、だんだん喉の奥が痛くなってきた。目頭まで熱くなる。
「あー、泣かないで! 君、今はこうしてる場合じゃない! 走れる?」
僕は袖で目元をくしゃっと拭くと、強く頷いた。
「う、うん!」
「やっぱ無理だー!」
声と同時に、茂みから大柄な男の人が飛び出してきた。それに続いて、赤い髪の男の人も姿を現す。
「すまん、もう腹を括るしかねぇ」
「俺ら、すごくダサいな」
「もう、二人とも! 大丈夫、お姉ちゃんたちが助けるからね」
「来たぞ!」
大柄な男の人が叫ぶ。
茂みの向こうが黒く揺れた。
最初は影だと思った。でも違う。地面そのものが動いている。
十五センチはありそうな巨大なアリが、何十、何百と押し寄せ、落ち葉も草も見えなくなるほど辺りを真っ黒に染め上げた。
「なにあれ……」
一匹のグレギスが、大柄な男の人へ飛びかかる。男の人は剣を構え、間合いに入った瞬間、的確に一刀両断した。
「おい、なんだ? 手応えがないぞ」
今度は赤い髪の男の人へ一匹が飛びかかった。その人は避けることもなく、飛んできたグレギスを片手で掴む。
「手応えないのは、これのせいだ……」
腕に力を込める。
グシャッ。
グレギスは、砂の城みたいに手の中で崩れ落ちた。
フィンが目を見開く。
「これって……」
「なんだ、見たことあるのか?」
「前に師匠が使ったスキル、《聖傷:サンクタ・プラガ》の状態異常と同じ」
「おい、冗談よせよ。じゃあここは……」
「ええ、聖域よ」




