幕間 最初の真法拾いの断片
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*その夜、アルブは眠れなかった。*
*眠れないまま、球体の光を思い出していた。*
*そのうち、目を閉じているのか開けているのか分からなくなった。*
*それが夢の始まりだったのか、夢ではなかったのか、今でも分からない。*
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**〔石板断片 第一〕**
**〔解読不能な箇所、〔 〕で示す〕**
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わたしの名は〔……〕。
川がまだ流れていた頃に生まれた。
幼い頃、父が川を指さして言った。「あの川は昔より細くなった。お前が生まれたときより、もう細くなっている」。父は川の細さを嘆いたが、川を見に行くのをやめなかった。毎朝、川を見に行った。細くなっても、そこに流れているものを確かめていた。
父は博守だった。
屑守と呼ばれることを、笑い飛ばした。「屑も役目があって屑になってる。役目のないものは、屑にもなれない」と言った。
その言葉を、わたしは忘れなかった。
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**〔石板断片 第二〕**
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わたしが初めて真法を拾ったのは、十四のときだった。
枯れた川の底に、まだ水の記憶がある石があった。触れると、水が流れていた頃の記憶が来た。重かった。苦しかった。でも、美しかった。川が川だった頃の記憶は、失うには惜しいほど美しかった。
拾った記憶を、川の土手に返した。
翌朝、川の水が少しだけ増えていた。
少しだけだった。
でも、増えた。
わたしは確かめた。これは真法だ。世界の記憶を拾って、返せる。
わたしは毎日、川へ行った。
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**〔石板断片 第三〕**
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水を拾った。
土を拾った。
風を拾った。
森が消えていくのを見て、森の役目を拾った。
二つまでしか深く持てない、と後になって知った。でも、そのとき知らなかった。知っていても、手を放せなかったと思う。川が枯れるたびに、手を放せる人間がいるだろうか。森が消えるたびに、手を放せる人間がいるだろうか。
わたしには、放せなかった。
水の役目を拾ったとき、水が自分の中を流れた。
土の役目を拾ったとき、土が自分の体に入った。
森の役目を拾ったとき、根が自分の足から伸びた。
三つが体の中で動いていた。
重かった。
でも、世界が少し戻った。
だから続けた。
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**〔石板断片 第四〕**
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仲間がいた。
〔……〕という名の、風を読む人間がいた。〔……〕という名の、火を知る人間がいた。わたしよりうまく読めなかったが、読もうとしていた。
「一緒にやろう」と言ってくれた。
「あなたの代わりに持つから、少し分けろ」と言ってくれた。
わたしは断った。
断ったのは、自分の方がうまくできると思ったからではない。
彼らに、自分が味わっている重さを負わせたくなかったから。
それが間違いだった。
世界の重さを一人で負おうとした。彼らを守ろうとして、彼らを遠ざけた。
重さを分けることが、彼らを信じることだった。
分けなかったことが、彼らを信じなかったということだった。
今なら分かる。
今更、分かる。
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**〔石板断片 第五〕**
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四つ目、風の役目を拾った日のことを覚えている。
空が、内側から見えるようになった。
地面の下が、透けて見えるようになった。
虫の鳴き声が、すべての言葉として聞こえるようになった。
わたしは広がっていた。
自分の体の輪郭が、溶けるように広がっていた。
怖くなかった。それが怖かった。
広がることが、怖くなかった。
自分がどこにいるか分からなくなることが、怖くなかった。
世界の記憶の方が、自分の記憶より多くなっていた。
水が流れた何千年の記憶。土が積み重なった何万年の記憶。森が育ち、枯れ、また育った記憶。それがすべてわたしの中にあった。
わたし自身の記憶は、その海の中の砂粒ほどになっていた。
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**〔石板断片 第六〕**
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最後に覚えているのは、仲間の顔だ。
〔……〕が、手を伸ばしていた。
「戻ってこい」と言っていた。
声は聞こえた。
でも、どこへ戻るのか、分からなかった。
自分がどこにいるか、分からなかった。
戻るべき「自分」が、どこにあるのか。
わたしは川の記憶になっていた。土の記憶になっていた。森の記憶になっていた。火の記憶の一部になっていた。風の一部になっていた。
わたしは世界になっていた。
世界が少しだけ、わたしを含むようになっていた。
それがわたしの結末だ。
消えたのではない。
別れを告げる自分が、もうなかった。
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**〔石板断片 最終〕**
**〔この部分だけ、文字が大きく深く刻まれている〕**
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これを刻んでいるのは、呑まれる直前のわたしだ。
まだ少し、わたしがある。
残ったわたしで、刻む。
後から来る人間に届くように。
砂漠を渡る人間に届くように。
役目を拾う人間に届くように。
真法は、世界を救う力ではない。
世界が選び直せるよう、手伝う力だ。
それができるのは、自分を保っている人間だけだ。
自分がなくなれば、何も返せない。
返す手が消えれば、拾ったものは宙に浮く。
宙に浮いた役目は、誰にもつながらない。
仲間を遠ざけるな。
重さを一人で負うな。
水の記憶は水の仲間と持て。
土の記憶は土の仲間と持て。
火は火を知る者と分け、風は風を読む者と分けよ。
それが、つなげ返すことの意味だ。
ひとりで拾うな。
ひとりで返すな。
世界は、ひとりの手には重すぎる。
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*アルブは目を開けた。*
*夜明け前の薄明かりの中、部屋の天井が見えた。*
*マブロが隣で眠っていた。*
*ウラが壁際で眠っていた。ソウダが床に座ったまま眠っていた。ニルが火種の容器を抱えて眠っていた。センが窓辺で風を受けながら眠っていた。*
*全員がいた。*
*アルブは自分の手を見た。*
*手が、ここにある。輪郭が、ある。*
*まだ、自分がいる。*
*それを確かめてから、もう一度目を閉じた。*
*今度は、眠れた。*
夜明けに、地下から低い音が響いた。
ヴォルウが言った。
「始まった」
最終術式が、動き出していた。
地下の装置が動き出した音で全員が目を覚ました。
ヴォルウの最終術式が始まっていた。アルブは眠れていた。
夢の中で石板を読んでいた。一人で抱えるな、と刻まれていた。
アルブは起き上がった。怖かった。
でも、隣にマブロがいた。向かいにウラがいた。ソウダがいた。ニルがいた。センがいた。六人で、地下へ向かった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は幕間として、最初の真法拾いが残した記録を描きました。
彼もまた、アルブたちと同じように、枯れた川の記憶を拾うところから始まりました。
川が細くなる。
森が消える。
土が痩せる。
失われていくものを目の前にして、手を放せなかった。
その気持ちは、間違いではなかったと思います。
けれど彼は、仲間に重さを負わせたくないと思うあまり、すべてを一人で抱えました。
守ろうとして遠ざけたことが、結果として仲間を信じないことになってしまったのです。
世界の記憶は、一人の人間が抱えるには重すぎる。
水は水を知る者と持つ。
土は土を知る者と持つ。
火は火を知る者と分け、風は風を読む者と分ける。
今回の石板に刻まれた、
ひとりで拾うな。
ひとりで返すな。
という言葉は、この物語全体における大切な答えの一つです。
真法は、誰か一人が世界を救う力ではありません。
世界がもう一度、自分の役目を選べるように手伝う力です。
そして、そのためには拾う側も、自分の輪郭を失ってはいけません。
夜明け前、アルブは仲間たちがそばにいることを確かめました。
手があり、輪郭があり、まだ自分がいる。
その確認があったからこそ、次に始まる最終術式へ、一人ではなく六人で向かうことができます。
最初の真法拾いの後悔や、最後に残した言葉が印象に残りましたら、感想で聞かせていただけると嬉しいです。
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