表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屑守の真法拾い 〜魔法は世界の未来を前借りする禁術でした。拾ったガラクタで失われた役目をつなげ返す〜  作者: 妖怪ステーキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/55

第37話 マブロ、風の国へ

挿絵(By みてみん)


火の国から同行したニルは、甲板で火種の容器を抱えていた。


海が平らだった。


波がない、という意味ではない。波はある。でも帆が動かない。


船頭が困った顔で言った。「風の国の手前から、いつもこうなんです。風が来ない。この三年ほど、この海域では帆が役に立たない」


「オールで行くのか」


「オールで行きます。時間がかかりますが」


マブロは海面を見た。


波があるのに風がない。波は風が作る。なのに風がない。おかしかった。海の深いところで何かが起きているか、あるいは水面より上の空気が動いていないか。


「風の記憶がある」


ニルが言った。


横に立っていた火の巫女が、空を見上げていた。


「火の国でも、風が来なくなった季節があります。風が来ないと、炉の熱が逃げない。溜まる。熱と風は、互いを必要としている」


「どういうこと」


「火が熱を出すと、周りの空気が動きます。動いた空気が風になる。風が来ると、火は酸素を得て燃える。火と風は循環しています。風が止まれば、火も変わる。火が変わると、風も変わる」


マブロは空を見た。


灰色だった。雲が動いていなかった。止まった雲が、空全体に蓋をしているような色だった。


「陰気な空だ」


「風がないと、雲も動かない」


「雲が動かないと、雨も降らない」


「そうなります」


マブロはオールの音を聞きながら、風の国の岸を見た。


---


港に着いた。


帆が一枚も張られていなかった。


港というのは、船の帆がはためく場所だ。砂漠の港でも、水の国の港でも、火の国の港でも、帆があった。ここには帆がなかった。帆柱だけが、何本も立っていた。帆のない帆柱が、空に向かって立っていた。


「帆を張っても意味がないから」


港の案内人が言った。


「三年前から、帆が動かなくなりました。風車も止まっています。種の飛ぶ季節も、種が飛ばなくなりました。声が遠くへ届かなくなりました。以前は、丘の上から大声を出せば、二つ先の村に聞こえた。今は、隣に立っていないと聞こえない」


「声が届かない?」


「風が声を運んでいたのだと、今になって分かりました」


マブロは風のない空気を感じた。


空気があった。呼吸はできる。でも、動いていなかった。動いていない空気は、重かった。砂漠の乾いた空気とは違う重さだった。淀んだ重さだった。


「何かした?」


マブロは案内人に聞いた。


「何かというと」


「風を止めるような何かを。魔法とか、装置とか」


「……あります」


案内人が少し顔を曇らせた。


「十年前に、嵐制御装置を設置しました。毎年、秋に来る大嵐で作物が壊れる。家が飛ぶ。人が死ぬ。それを止めるために、王国の技術で装置を作りました。嵐の種になる風を、発生の段階で止める装置です」


「止めすぎた」


「……結果的に、そうなりました」


---


装置は国の中心にあった。


高台に建てられた石造りの塔だった。塔の先端に、魔法の印が刻まれた金属の輪が取り付けられていた。輪が常に回転していた。


輪が回るたびに、風が止まった。


正確には、風になろうとしていた空気の動きを、手前で打ち消していた。


「嵐になる風と、普通の風を、どう区別するんだ」


「区別しません」


案内人が答えた。


「強い風を、全部止めます。弱い風は通します。でも弱い風では、帆は動かない。雲は動かない。種は飛ばない」


マブロは塔を見上げた。


「止めればいい」


マブロは言った。


「装置を止めれば、風が戻る」


「試みました。一度止めたとき、翌日に嵐が来ました。三年分の風が一度に来た。村が二つ、潰れました」


マブロが黙った。


「三年分の歪みが、一度に戻ったのか」


「止められていた風そのものではなく、止め続けた歪みが戻ってきました」


「王都の真力炉と同じだ。蓄積が一度に返ってくる」


「そうなります。少しずつ風を戻す方法が分からない。全部止めると今の状態になる。少し戻すと暴走する」


マブロは高台から国を見渡した。


風のない国が見えた。


帆のない港が見えた。動かない風車が見えた。飛ばない種が見えた。


届かない声の国が見えた。


「やってみる」


マブロは言った。


「少しずつ戻す方法を」


黒砂塊と、風鳴り骨を出した。


黒砂塊は火の向かう先を教え、風鳴り骨は風の通り道を鳴らした。


火と風の真法拾いとして、風の記憶を読んだことがある。砂漠で黒砂塊が風を呼んだことがある。あのときは嵐にしかけた。でも今は違う。あのときより多くを知っている。


マブロは目を閉じた。


風の記憶を呼んだ。


来た。


砂漠の夜の風だった。ばーちゃんの村の風だった。マニハを作ったときの風だった。サニワの帆を満たした風だった。


静かな風だった。


方向を持った風だった。


そのまま、その風を引いた。


空気が動いた。


最初はかすかだった。マブロの周りだけ、空気が動いた。動いた空気が少し広がった。広がりながら、少し強くなった。


少し強すぎた。


砂が巻き上がった。


高台の下の畑があった。小さな畑だった。子供が一人、畑の前に立っていた。巻き上がった砂が畑に降りかかった。


「止めろ!」


子供の声がした。


細い声だった。でも怒っていた。


マブロは風を止めた。


砂が落ちた。


子供が畑を確認した。葉が数枚、剥がれていた。


子供がマブロを見た。


「何してるんだ」


十二か三歳の、痩せた少年だった。


「すまない」


マブロは言った。


「風を戻そうとした」


「加減ができてないじゃないか」


「……加減が難しい」


「難しいならやるな」


「でも誰かがやらないと、風は戻らない」


「やり方が悪い」


少年がマブロに近づいた。


「強く吹かせれば戻ると思ってる?」


「そう思ってた」


「違う」


少年は空を見上げた。


止まった灰色の空を見た。


「風はただ吹くもんじゃない。届けるものだ。吹かせるだけなら、嵐と同じだ」


マブロは少年を見た。


「お前、風が読めるか」


「少し」


「名前は」


「セン」


「一緒に来てくれないか」


センが少し考えた。


畑を見た。葉が剥がれた、小さな畑を見た。


「この畑が無事なら、行く」


「補償する」


「金じゃない。ちゃんと届けられるようになったら、来い。それが補償だ」


マブロは空を見た。


止まった風が、動こうとしているのが、かすかに分かった。


まだ届いていなかった。


その夜、センが教えた。


「風を読むときは、強さより方向を先に読む。どこへ行きたいか。何を運びたいか。それが分かってから、力を足す」


マブロは黙って聞いた。


今まで力から入っていた。方向は後から考えていた。


アルブは最初に読んでから動く。俺は動いてから考える。


それが問題だったのかもしれない、と初めて思った。

---


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第37話では、マブロとニルが風の国へ到着しました。


帆が動かない。

雲が流れない。

種が飛ばず、遠くへ声も届かない。


人々を嵐から守るために作られた装置は、危険な風だけでなく、暮らしをつなぐための風まで止めていました。


装置を止めれば、蓄積した歪みが嵐となって戻ってくる。

動かし続ければ、国から風の役目が失われていく。


そしてマブロは、風を戻そうとして失敗します。


強く吹かせればいいと思い、畑を傷つけてしまう。

その失敗を正面から指摘したのが、風を読む少年センでした。


これまで力を先に出していたマブロが、初めて「どこへ届けるのか」を考え始めます。


次回は、吹き荒れる風ではなく、目的地を持った風を取り戻します。


センの言葉や、マブロの失敗について感じたことがあれば、感想で聞かせていただけると嬉しいです。

評価やブックマークでの応援も、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ