第13話 帰ってきた双子
砂の色が変わっていた。
アルブはそれに最初に気づいた。村まであと半日という距離で、砂が白みがかっていた。前に渡ったときよりも、粒が細かく、踏むと音もなく沈む。水気が抜けている。砂ワームの掘った跡もない。夜露甲虫の這い痕も見当たらない。
「砂が死んでる」
アルブが呟いた。
「死んでない。ただ、息してねえ感じがする」
マブロが前を歩きながら答えた。答えながら、足の裏で砂の固さを確かめていた。こいつも感じている、とアルブは思った。言い方が違うだけで。
村が見えてきたとき、二人は同時に足を止めた。
給水塔が、小さく見えた。前より低くなったわけではない。塔の周りに、人が減ったのだ。前に出たときは、朝の水汲みで十人は集まっていた。今は三人しかいない。桶も小さい。
「水、減ったな」
マブロが呟いた。
「ああ」
村に入ると、目が合った老婆が顔を背けた。子供が走り寄ってきたが、母親に引っ張られて連れ戻された。路地の端で男が三人、こちらを見ていた。視線に棘がある。何かを恨んでいる目だが、その恨みは双子に向いているのか、砂漠に向いているのか、世界に向いているのか、アルブには判別できなかった。
ばーちゃんがいれば、あの目を読めたかもしれない。
給水塔跡に戻ると、部屋はからっぽだった。
荒らされたわけではない。誰かが盗んだわけでもない。ただ、ばーちゃんの気配が消えていた。丸めた布、干してあった砂根草の束、古い水甕。物は残っている。物だけが残っている。
マブロが壁に背を預けて座り込んだ。荷を下ろす音が、妙に大きく聞こえた。
「広いな」
「ああ」
それ以上、二人とも何も言わなかった。
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夜、村の広場に人が集まった。話し声が聞こえてきた。アルブは塔の小窓から外を見た。人々は輪になって、誰かの話を聞いていた。
「王都から来た行商が言ってた。今年の魔法祭、水が空まで噴き上がったって」
「どんくらい高く?」
「塔の三倍はあったって。夜中まで光って、三日三晩、全部水で出来た花火だったって」
「……水で、花火」
その声は羨望だった。いや、羨望というより渇望だった。三日三晩、水が噴き上がった。その水があれば、どれほどの畑が潤うか。どれほどの喉が潤うか。
アルブは窓から離れた。
胸の奥で、何かが冷たくなった。
三日三晩噴き上がった水は、どこから来たのか。真力だ。どこかの未来の水脈を、前借りした力だ。王都の人間が水の花火を見て歓声を上げている間、この村の砂がまた一枚、白く薄くなったはずだ。
アルブは言わなかった。言えなかった。
言ったところで、この人たちは信じない。信じたくない。あの光を羨む気持ちが分かるから、余計に言えなかった。
「分かってんだろ、お前は」
マブロが背後から声をかけてきた。
「……うん」
「言わないのか」
「言えない」
マブロは少し黙った。
「そうだな」
珍しく、反論しなかった。
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夜半すぎ、外で低い音がした。
アルブは目が覚めた。音というより、振動に近かった。足の裏に、地面を通じて伝わってくる何かだった。
外へ出ると、広場の端にある古い井戸の周りに人が集まっていた。
「枯れた」
誰かが言った。
「完全に枯れた。底まで砂が来てる」
井戸を覗き込む人たちの背中が見えた。誰かが泣いていた。子供ではなく、老人の男だった。声を殺して泣いていた。
アルブは近づかなかった。近づけなかった。
代わりに、少し離れた場所でしゃがんで、砂に手を置いた。冷たい。乾いている。だが、その奥に、かすかな何かがある。
水の記憶だ。
遠い。ずっと遠い。でも、消えていない。
消えていない。
アルブは手を砂から離さなかった。泣いている老人の声が、夜の空気の中に薄く広がっていった。
翌朝、アルブは一人で村外れへ出た。手に持っているのは、ばーちゃんが形見に残した一本の細い鉄棒だ。砂の湿り気を読む道具ではなく、かつての泉がどこにあったかを探すための、ただの棒だ。──足の裏が、止まれ、と言った。砂の下に、何かがある。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第13話では、アルブとマブロが村へ戻ってきました。
けれど、そこにあったのは旅立つ前と同じ村ではありませんでした。
砂は白く乾き、井戸は完全に枯れ、村人たちは王都の魔法祭に憧れながらも、目の前の渇きに追い詰められています。
王都では水が空まで噴き上がる。
その一方で、村では井戸の底に砂が来ている。
魔法の華やかさと、その裏側で失われていくもの。
この対比が、ここからさらに大きくなっていきます。
次回は、アルブが村外れで最初の水場を探す回です。
枯れた村に、まだ何が残っているのか。
村へ帰ってきた双子の空気感や、王都の魔法祭への違和感が印象に残りましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。




