第11話 岬の灯台
灯台は断崖の端に立っていた。
石造りの塔で、白く塗られていた。砂漠の給水塔とは違う。こちらはまっすぐだ。傾いていない。長い時間をかけて丁寧に積まれた石が、海からの風に耐えて立っている。
断崖の下に海があった。
アルブは断崖の縁に立って、下を見た。高い。砂漠では感じたことのない高さだ。ずっとずっと下に、水が見える。青くて、動いていて、白い泡を立てている。波だ。波という言葉は知っていたが、実物は初めてだった。
音がした。
波が断崖に当たる音。低くて重い音が、断続的に上がってくる。砂漠の風の音とは全然違う。水がぶつかる音だ。
「でかい」とマブロが言った。
「深い」とアルブは言った。
「底が見えない」
「見えない」
二人は並んで海を見た。砂漠育ちの双子が、生まれて初めて見る海。言葉が出なかった。砂漠とは逆の世界だった。砂漠は乾いていて、静かで、広い。海は濡れていて、騒がしくて、やはり広い。でも広さの種類が違った。
「水がこんなにある」とマブロが言った。
「でも飲めない」
「なんで」
「塩が混じってる。飲んだら余計に渇く」
「無駄じゃないか」
「無駄じゃない」アルブは波を見た。「役目がある。何の役目かはまだ分からないけど、この水には役目がある」
そのとき、後ろから声がした。
「役目はあるよ。水を巡らせる役目だ。雨になって山に降り、川になって海へ戻る。海がなければ雨が生まれない。雨がなければ川が流れない。川がなければ土が育たない」
振り返った。
老女が立っていた。
白い髪だった。小柄だった。日焼けした肌に、深い皺が刻まれていた。目が鋭かった。
アルブは息が止まった。
ばーちゃんだった。
ばーちゃんではなかった。でも、ばーちゃんだった。顔が似ているのではない。でも、いる感じが同じだった。同じ重さで立っている。同じ目で見ている。
「来たか」と老女は言った。
「ばーちゃん」とマブロが言った。声が震えていた。
「違う」と老女は言った。でも否定する声ではなかった。「わしはここの灯台守だ。ただ——あの婆さんから少し、借りてきた」
「借りてきた」とアルブは繰り返した。
「思念というやつだ。人が死んでも、その人が強く思っていたものが世界に残ることがある。あの婆さんはおまえたちのことを強く思っていた。だからここに来て、おまえたちを待っていた」
老女はアルブを見た。それからマブロを見た。
「顔を見れてよかった」と老女は言った。ばーちゃんの声ではなかった。でも言い方が似ていた。「二人とも生きてる。それだけでいい」
マブロが一歩近づいた。それから止まった。泣くかどうか、一瞬迷った顔をした。泣かなかった。でも目が赤くなった。
「ばーちゃんはここにいるのか」とマブロは聞いた。
「一部がいる。全部ではない。体を持たない思念だから、長くは保たない」
「会えるか」
「今、会っている」老女はゆっくり言った。「わしの声を通して、あの婆さんが話している。それがどういうことか、おまえたちには分かるか」
アルブには分かった。
真法と同じだ。器が記憶を持つ。白い石が川の記憶を持っていたように、この老女がばーちゃんの思念を持っている。ばーちゃんは死んで体を失ったが、思念は残った。それがここの灯台守という器を借りて、双子に会いに来た。
「分かります」とアルブは言った。
「さすがはアルブだ」と老女は言った。そのとき声が少し変わった。灯台守の声ではなく、もう少しざらついた、聞き慣れた声に。「見る子は違う」
マブロが「ばーちゃん」と言った。
「うるさい、黒の。砂まみれで来るな」
「砂漠を越えてきたんだから仕方ない」
「言い訳するな」
それはばーちゃんの言い方だった。アルブは少し笑った。泣くより笑う方が自然だった。ばーちゃんはいつもそういう人だったから。
イバルとウドが少し離れたところで待っていた。二人はこの会話を見ていたが、口を挟まなかった。気をつかってくれていた。
老女がイバルとウドを見た。「連れてきたか」
「砂漠で行き倒れていました」とアルブは言った。
「博守の掟では、行き倒れは助ける」とマブロが言った。
「知っている」老女は言った。「イバルとウドだな。南の村の者だ。子供が十人いる」
二人が顔を上げた。「なぜ知っている」と大きい方——イバルが言った。
「あの婆さんが知っていた。砂漠で行き倒れる者のことを、あの婆さんはよく知っていた」老女は言った。「おまえたちの村には水場が一つある。北の砂丘の陰に、砂根草が群れて生えている場所だ。その下に水脈がある。おまえたちが帰ったとき、そこを掘れ。水が出る」
イバルは黙った。しばらくして「信じていいか」と言った。
「信じるかどうかはおまえたちが決める」老女は言った。「でもそこを掘らずに王都へ行っても、仕事は見つからない。今の王都には、地方から来た人間を養う余裕がない」
それは残酷な言葉だったが、嘘ではないと分かる言い方だった。
その夜、灯台の中に四人を入れてくれた。石造りの床は固かったが、屋根があった。風が当たらなかった。久しぶりに四方を壁に囲まれて眠った。
アルブは眠る前に、海の音を聞いた。波が断崖に当たる音。繰り返し、繰り返し。止まらない音だった。
砂漠は静かだ。でも海は喋り続ける。それがアルブには、何かを訴えているように聞こえた。何を訴えているのか、まだ分からなかった。
翌朝、老女は「話がある」と言って双子を灯台の上へ連れていった。海が見渡せる場所で、老女は静かに口を開いた。「魔法と真法の違いを、おまえたちはまだ半分しか知らない。残りの半分を聞け。聞いたら、帰って最初の真庭を作れ」
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第11話では、アルブとマブロが初めて海を見ました。
砂漠しか知らなかった二人にとって、海はただ美しい場所ではなく、あまりにも大きく、少し怖いものでもあったと思います。
そして灯台で出会った老女。
彼女はばーちゃん本人ではありません。
けれど、ばーちゃんが残した思念を借りて、二人にもう一度言葉を届けてくれました。
死んで終わりではなく、触れたもの、拾ったもの、渡した言葉の中に残っていく。
この作品で大切にしたい感覚のひとつです。
次回は、魔法と真法の違いが語られる重要回です。
ばーちゃんの言葉が、少しずつ世界の仕組みとつながっていきます。
灯台での再会が印象に残りましたら、感想で聞かせていただけると嬉しいです。
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