第10話 砂漠の底の道
熱砂の平地は、音がなかった。
風もなく、虫の声もなく、砂の擦れる音もない。ただ熱だけがあった。太陽が真上から押しつけてくる熱と、砂から跳ね返る熱が、四方から体に当たる。汗が出る前に蒸発する。口の中が乾く。目が乾く。
「止まるな」とマブロが言った。
「止まってない」
「考えてるとき遅くなる」
「今は考えながら歩かないといけない」
アルブは足の裏に集中していた。石畳の記憶がある。むかしここは道だった。その記憶を足が感じている。砂の底に埋まった石畳の冷たさが、ほんのかすかに上がってくる。それを追いかけて歩く。
後ろに四人いる。マブロと、昨夜の男二人。
大きい方の男はイバルといった。小さい方はウドといった。今朝、名前を交わした。熱砂の平地に入る前に、万が一はぐれたときのために名前を呼べるようにしておけ、とイバルが言った。それは正しいと思った。
「アルブ、まだ感じるか」とマブロが言った。
「感じてる。薄くなってる」
「薄くなってる?」
「石畳が途切れかけてる場所に来てる。道が砂で深く埋まってる。でも続いてる」
足の裏で記憶を探る。石の感触が消えかけて、また戻る。消えて、戻る。記憶が薄い場所は、道が大きく曲がっていた場所だ。人が多く踏んだ場所ほど記憶が濃い。
「左に曲がる」とアルブは言った。
「地図では右だ」とイバルが言った。
「地図は上からの道を書いてある。でも砂の下の道は左に曲がってる。昔は砂丘がなかったから、迂回する必要がなかった。今は砂丘があるから地図の道と実際の道がずれてる」
イバルは少し間を置いてから言った。「信じる」
左に曲がった。
ウドの足が遅れた。イバルが手を貸した。ウドは「大丈夫だ」と言いながら大丈夫ではない顔をしていた。でも歩いた。子供が待ってると言った男だから、歩く。
マブロが後ろに回ってウドの反対側に入った。二人で支えながら歩いた。
「お前が支えてどうする」とアルブは言った。「前を歩けなくなる」
「お前が道を読んでくれるなら俺は後ろでいい」
それは理屈が通っていた。アルブが先頭で石畳を読む。マブロが後ろでウドを支える。四人の役割が自然に決まった。
昼を過ぎた頃、砂嵐の気配が来た。
遠くで砂が渦巻いている。まだ遠いが、近づいている。
「嵐だ」とイバルが言った。
「分かってる」とマブロが言った。「アルブ、避けられるか」
アルブは足を止めずに考えた。石畳の道は真っすぐ続いている。嵐は左から来ている。道から外れれば迷う。道の上にいれば嵐に巻かれる。
「マブロ」とアルブは言った。「嵐の風を読んでくれ。嵐の中に穴はあるか」
「穴?」
「風が薄い場所。嵐は均一じゃない。渦の中に、風が弱い帯がある。そこを通れれば——」
「読んでみる」マブロはウドをイバルに任せて、前に出た。目を閉じた。風鳴り骨を取り出して、握った。
風が鳴った。低い音だ。嵐の風とは違う音。
マブロが目を開けた。「ある。嵐の右端に、風が緩い場所がある。百歩くらいの幅だ。でもそこに入るには道から外れる」
「外れたらどうなる」とイバルが聞いた。
「迷う可能性がある」とアルブは言った。「でも嵐に巻かれたら確実にまずい」
「決めろ」とイバルは言った。怒った声ではなく、任せるという声だった。
アルブは足の裏で石畳を感じた。道の記憶はここまで連れてきてくれた。でも嵐は道の上に来る。
「外れる」とアルブは言った。「マブロ、風の穴へ俺を連れていってくれ。俺は石畳を離れる。でも離れながらも方角を感じ続ける。戻れる」
「確かか」
「分からない。でも嵐には当たりたくない」
マブロは一秒だけ考えた。それから「行く」と言った。
四人は道を外れた。
砂嵐が近づいてきた。砂が顔を叩いた。目が痛い。口に布を当てた。風の音が大きくなった。
でもマブロが進む方向に、風が薄かった。確かに薄かった。嵐の渦の右端を縫うように、四人は砂漠を歩いた。嵐が轟いていたが、その中心には入らなかった。
どのくらい歩いたか分からない。
嵐の音が遠くなった。
砂が落ち着いた。
四人は止まった。
アルブは足の裏で砂を踏んだ。石畳の記憶を探った。
あった。
「道に戻れる」とアルブは言った。
イバルが大きく息をついた。ウドが座り込んだ。マブロは砂まみれの顔で、アルブを見て言った。「お前、怖くなかったのか」
「怖かった」
「そうは見えなかった」
「怖いけど歩いた」とアルブは言った。「それだけだ」
道に戻った。石畳の記憶を踏みながら、岬へ向かって歩き続けた。
夕方になった。
砂丘の向こうに、空の色が変わる場所があった。青い。砂漠の空より深い青だ。水の色だ。
アルブは止まった。
「何だ」とマブロが言った。
「あれ」
マブロも止まった。イバルもウドも止まった。
「水か」とイバルが言った。
「海だ」とマブロが言った。声が違った。
アルブも分かった。海だ。見たことはないが、海だと分かった。砂丘の稜線の向こうに、水平線がある。ばーちゃんの手紙に書いてあった。岬の断崖。断崖の下に海がある。
「着いた」とウドが言った。かすれた声だった。
「まだだ」とマブロが言った。「でも見えた」
四人は歩き続けた。砂丘を越えるたびに、水の青が大きくなった。夕陽が水面を赤く染めた。生まれて初めて見る光景だった。砂漠しか知らなかった目が、水平線という言葉の意味を初めて理解した。
岬の端に、灯台が立っていた。
灯台の光が灯った。夕暮れの中で、白い光が海に向かって伸びた。その光の下に人影があった。白い髪の、小柄な老女——アルブは目を細めた。遠くて顔は見えない。でも立ち方が、歩き方が、頭の傾け方が、ばーちゃんとそっくりだった。
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思考時間: 2 ~ 3 秒
以下、第10話〜第12話の後書きです。
本文の流れに合わせて、なろうの後書き欄にそのまま貼れる形にしています。
第10話「砂漠の底の道」後書き
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第10話では、熱砂の平地を越える旅を描きました。
アルブは砂の下に残った石畳の記憶を読み、マブロは風の穴を探す。
一人では越えられない場所を、二人の真法で渡っていく回でした。
今回は、アルブの「怖いけど歩く」という言葉が、ひとつの軸になっています。
怖くないから進めるのではなく、怖くても足を止めない。
アルブらしい強さが少し見えた場面だったと思います。
そして最後に、二人は初めて海と灯台にたどり着きました。
次回は、岬の灯台で、ばーちゃんに似た老女と出会う回です。
ここから真法の意味がさらに深まっていきます。
熱砂の平地を越える場面や、アルブとマブロの役割分担が印象に残りましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。




