■龍臣の手紙
謹啓 薫風の候、一層お健やかにお過ごしのこととお慶び申し上げます。盛岡にいた頃は大変世話になった。記憶が曖昧ではあるが、面と向かって感謝を伝えずにいたであろう愚行および近況報告が遅くなってしまった非礼、どうか許してほしい。私のために色々と骨を折ってくれた君だけには、私が体験したあの夜の無念ないし現在に至るまでの苦悩を伝えねば筋が通らない。ゆえに慚愧の念を堪えながら万年筆を走らせることにする。
あの日、私は蚕影神社に向かった。既に特高の密偵班の面子は社を包囲しており、神事が始まるのを今か今かと待っていた。現場には輦輿に収められた白い繭と、君の御尊父を含めた神官達が控えていた。天涯殿が錫杖を鳴らせば、社の本殿から金色姫が現れた。金色姫が繭に触れようとしたとき、私は暗闇から飛び出て、金色姫を斬った。天涯殿達は密偵班が担当した。
このように書くと罪から逃れるように聞こえるのかもしれないが、天涯殿は胸を一突きにされた。苦しむ間もなく逝ったことであろう。
だが、話はそこで終わってくれなかった。
密偵班は繭に篭もる姫子を殺そうとした。当然私は抵抗したのだが多勢に無勢であった。何より裏辻殿に撃たれて前後不覚に陥ってしまった。そのうちに裏辻殿が繭を一刀両断にしてしまった。嗚呼、それでも姫子は諦めなかった。自力で繭をこじ開けると、這い出て、白い翼を夜空に広げてみせたのだ。
そして夜空に羽搏いて、地に落ちて、死んでしまった。
私には、どうすることもできなかった。姫子を治療することも仇討ちに裏辻殿を殺すことも忘れていた。ただただ子供のように、冷たくなっていく姫子の躰を抱き締めていることしかできなかった。君も見ていたことであろう。実に不甲斐ない姿である。特務課の恥曝しである。
重ね重ねの詫びになってしまうが、私は姫子を愛していた。ゆえに繭を出て来た姫子をどうするつもりもなかった。密偵班が姫子を狙っているとしても、上から呪われた血を粛正しろと言われても、その危機も命令も、私ひとりで撥ね除けられるものと思い込んでいた。自分の力を過信していたのだ。その結果がこの様である。私がもう少し賢しく立ち回っていれば。命令に抗えるだけの権力や知恵があれば、密偵班をやり込めるだけの武力があれば、姫子は死なずに済んだのだ。今更考えても詮無きことであるが、単に私の能力不足である。許してくれとは口が裂けても言えない。どうか私を恨んでほしい。それで君の気が少しでも晴れてくれれば幸いである。
罪滅ぼしになるかは分からぬが、私は、どうしても己を許せない。
いつになるかは正式に答弁できないのだが、現在、神主のいなくなった蚕影神社の神主を用意して、あの日散っていった者達に対する鎮魂祭を執り行う予定であることを伝えておく。
その時を迎えたならば、私は特高を潔く辞めて自裁するつもりである。そう時間はとらせない。それまで暫くの猶予をいただきたい所存である。新聞や手紙に目を通しておくように。
最後になるが、君の人生に幸多からんことを祈る。
君はかつて手紙に、蚕とは餌であり贄であるというようなことを書いていたが、断じてそんなことはないと言わせていただきたい。姫子は私のせいで命を散らしてしまったが、君には、君だけの生き方というものがあるはずだ。何か私にできることがあるのならば遠慮無く相談してほしい。少しでも、君の生涯が良いものになるであろうことを帝都から祈らせてもらう。
乱筆乱文済まなかった。
敬白
大正十年五月十日
坂ノ上 龍臣
蚕影 嘉多子様




