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ビオラはドルフィンの求婚に触れず、予定通りドッピオと結婚した。
ドルフィンは式に参加しなかった。ーー戦に出たのだ。
国境で長らく続く小競り合いに志願し、同世代の血気盛んな者たちをまとめ上げた。
初めは嗜めていた国王も、両親も、そこまで言うならとドルフィンを戦に出した。
ドルフィンに戦で指揮を取らせてみるのも、普段戦に出ない貴族の子息達に経験させてみるのも、良いのではないか、となったのだ。
平穏な小競り合いと言って良かった戦場はドルフィンらの合流によって、激戦区と変貌した。
そして、周囲の予想を裏切り、ドルフィンは戦果を上げ、敵を追い出し領地を奪うに至ったのだ。
快進撃は続き、ある程度の土地を占拠したドルフィンは王都に呼び戻された。
「陛下」
「楽にせよ」
人払いをされた謁見の間で、戦果を褒められるものと思い、ドルフィンは頭を上げた。
しかし、頭を上げ目にした王の表情が苦い。
「陛下……?」
しばらくドルフィンを見つめていた王は視線を下げた。
「ドルフィン、そなたはよくやった。いや、よくやり過ぎた……」
曰く、この戦争は両国を跨ぐように発見された鉄鉱から始まった戦争だった。物が物だけに所有権の主張を引く訳には行かなかったが、産出量が少ない鉄鉱を得るために本気で相手を敵に回す必要もない。近隣の民が細々発掘するのを見逃しつつ、悪用されない程度に見張られれば良かったのだと。
ドルフィンは喉が詰まるような感じがした。
『敵国に鉄を奪われるな!』と先陣を切った。
汗や血や土埃に塗れ、ひたすらに攻め込んだ。
仲間と勝鬨を上げ、さらに前へ前へと。
そうやってがむしゃらに勝利を掴んだ。それに意味はなかったと……。
「上官であるブラッド子爵から、自分の監督不届き故、其方らを責めなんで欲しいと言われている」
ハッと王を見る。
ブラッドは戦場の領地を収めるルビウス公爵家に連なる者であった。
『無理に攻める必要はない』『貴殿らは後ろからついてくるだけでいい』
ドルフィンのやる事なす事を阻もうとするブラッドを疎ましく思っていた。
よそ者に戦果を上げられるのがそんなに怖いのかと馬鹿にしていた。
自分はこんな腑抜けにはならない。自分には次期伯爵として国を守る義務がある。国王に、両親に、自分は出来ると見せなければ。ロベリアも期待してくれている。『ドルフィン様ならすぐに戦果をあげられますわ。剣も、戦術もお得意ですもの。……ふふ。騎士家系の分家であらせられるビオラ嬢も、逃した幸運に気づき、悔しがりますわね』そう言っていた。だから失敗はできない。必ず、戦果を上げる。
「占拠している土地を返還する」
「陛下!」
国王の重々しい声が、ドルフィンを回想からが引き戻した。
全てが無に帰す。反射的に声を上げたドルフィンに国王は首を振った。
「此度の報酬は金銭を持って贖う。それを持って元のようにブラット子爵に託し、そなたらには撤退してもらう」
退室を促されたドルフィンは、魂の抜けたような状態で扉を出ると、苦い顔の父親が扉のそばに立っていた。
「父上……」
なんと言えばいいか分からず呆けたような顔の息子に、サフィラス伯爵は静かに言った。
「領地に戻りなさい。跡取りなのだから」
父と共に領地に帰ると、腫れ物のような扱いを受けた。
表向きは戦果を上げたが、暗黙の了解を察し、王の意を汲むことができなかったドルフィンの評価は微妙なようだった。
家族も、家臣も、使用人も、以前と同じく『次期伯爵であるおぼっちゃま』扱いで一人前とは認めていない。
領地で父の仕事を手伝いながら、ドルフィンは歯噛みした。
そんな中でロベリアだけがドルフィンの戦果を喜び、現状に憤った。
「旦那さまも、奥さまも! 王家さえも! 呑気過ぎます! この国のことを考えているのはドルフィンさまだけですわ!」
「ロベリア、不敬だ」
「申し訳ございません……けれど、ロベリアは悔しゅうございます。ドルフィン様の功績を皆様無かったかのように振る舞って!」
ロベリアは二人になるとドルフィンに繰り返し訴えた。
本来なら罰則を受けるような発言だったが、行き場のない気持ちが楽になる気がしてドルフィンは目溢しし続けた。
そんな折、ドッピオがビオラを連れてやってきた。子が産まれていたとのことで、内々に顔見せに来たのだ。
「ドッピオ、ビオラさん、よく来てくれた」
「手紙は頻繁にくれていたけれど、実際に会えると嬉しいわ」
両親は快く二人を迎え入れ、代わる代わる声をかけた。
ビオラは、子を産んだ後で髪も肌も霞んでいた。
であるのに、体の内から滲み出るような輝きがあり、美を損なったと蔑むことができなかった。
さらにドルフィンに追い打ちをかけたのは、赤子だった。
ビオラが使用人から抱きとり、よく見えるようにした赤子は、まだ少ないながらもはっきりと黒髪であった。成長し、毛量が増えればビオラに似た艶やかな黒髪になるだろう。
「まぁ、可愛いわ」
「男の子だったね? 利発そうな目をしている」
両親、私語を慎んでいるも滲み出る使用人達のちやほやとした雰囲気の中で、ドルフィンは取り残されていた。
ドルフィンの強い視線に引かれるようにこちらを見た赤子の瞳は、サフィラス家の深い藍色だった。




