宗盛記0122 応保二年七月 遠江の夜、伊豆の夜
今回はかなり増量です。
柑子についてご指摘をいただきましたので、少し加筆しました。(2026.4.26.13:30)
応保二年七月文月
七日
今日は宴会だ。さすがにすっぽかして先には進めない。というか、このために遠江に来たのだ。しかし悪いが兵の半数、一部隊は先行してもらう。その分は伊豆でねぎらうから。
さすがに朝から宴会と言うわけにもいかないので、一宮の小國神社に参ることにする。ここは延喜式の名神大社じゃない。ってことは、この二百年のうちに大きくなった神社なんだろう。国府にそこそこ近いしな。幣を用意して向かう。
糸子に聞いたら行きたいというので、馬で行くことにする。北に四里程。馬を走らせれば一刻かからないほどだが、ゆっくり常歩で行った。最後の半里ほどは山に入って車なら通れない様な道だ。それでも二刻かから無かった。
上国の遠江の一宮にしては、神社はたしかにやや小さい感じ。楓が多い。秋はかなり綺麗なんじゃないかな。国司の参拝など久しくなかったと感激する宮司殿としばらく話して、参拝して幣を納めて国衙に帰ったら、ちょうど昼過ぎくらいだった。
少し休んで、未の刻(午後二時頃)から宴会…うむ。都風の宴会だ。つまりは味付けは塩と酢と酒と醤をつけて…。肉もあるのになんだか美味しくない。家人や兵たちの反応も微妙。どうやらウチのメシに慣れてしまったらしい。景家が苦笑している。魚は醤油があればそれなりに美味いが、できればわさびが欲しいな。本当の宴会料理ってものを見せてやるぜ、と言えるわけもなく食べる。いいんだ。料理が目的じゃないんだ。期待してただけにちょっと心の汗が…。
遠江にはウチの荘園もある。国府のある磐田の東側が袋井、その南側の臨海部の大須賀荘がそうだ。
あと義朝の影響もあって、源氏の家人だった家もある。有力な所では勝間田、横地、井伊の三氏がそうだ。
宴には概ね全ての在庁官人があつまっているようだ。
多いので一人一人分かる様に、景高が順に名が読み上げて紹介してくれることになった。
景家に在庁官人の長として紹介された男が、史生の
山名郡司、東西谷五郎。
官位なし。
もう一人の史生は、佐野郡司、佐野中務丞祐行。
「…」
空気が固まった。そういや居たよ、そんなひと。
本人真っ赤である。いかん、場を和ませないと…。
「これは…思いもかけぬ顕官のご参加ありがとうございます」
「わ、私の先祖にその職の者がおりまして…」
「そうでしたか。ではご先祖に負けぬ活躍を期待しております。さ、一杯」
この時代にも京官(都の官吏)を名乗りに入れるやついるんだ…。実の京官前にするとすっげぇ恥ずかしいだろうな。なんだかかわいそうになって、盃を持ってこさせて手づから酒を注いでやった。もちろん東西谷にも。
ちなみに中務大丞は正六位上、少丞は従六位上相当官だから庶民でも就けなくはない。しかし中務省は八省の最上…その三席の丞は従五位下相当の上国の守より、ややもすれば政治力を持ってたりする。
たとえば自分の名前に、主計局長、だとか、国税庁長官、だとか入れてあるようなもんで、しかもそれが
全くの自称だったら⋯。
その名乗を考えたのが自分だとすると、穴掘って隠れたくなる場面である。もちろん都でそんな名乗を上げれば役職詐称で捕まるか、良くて笑いものにされる。⋯が…流そう。おかげで場は解れた。
他の皆も官位はないと言うことなので、ざっと東から順に名簿を読み上げ、挨拶してもらう。
引佐郡井渭郷司、井伊介八郎義直
「ほお、上国の介なら従六位上…だったかな?」
ちょっと引っ張ってみる。
「い、いえ、先祖が遠江介だったというだけです」
うんうん。実は義朝に従って平治の乱に都に出てきたのも知っている。義直の義は義朝の偏諱かな。口にしないけど。
河村荘司河村(波多野)秀高
浜松近辺の荘園領主だ。
鹿玉郡赤狭郷司赤佐左右衛門
磐田郡野辺郷司野部介豊茂
天竜川の上流が山間から平野に出てきた辺りの領主。この辺りではまだ激流らしい。
飯田荘司山内首藤孫太郎通茂
原田荘司原田清益
四人共小國神社の近辺。小國四天王と呼ぼう。心の中で。
「山内首藤といえば源義朝殿の家人の?」
「いえ、いえ!あれは相模の山内首藤家です。遠縁ではありますがうちとは違う家で」
必死に打ち消す。ごめん、知ってるんだ。井伊義直の反応を見たかったんだ。すると井伊が、
「わ、私は義朝様にお使えしておりましたが、平治の乱以降源氏とは縁はございません!」と平伏した。
「ああ、気にしないでいい。義朝殿の長男義平殿を知っているが、立派な武士であられた」
いや襲われた上に首打ったの俺なんだけどね。
自分から言いだすということは、とりあえず井伊義直には他意はないということか。
山名郡貫名郷司貫名左衛門入道博昭
周智郡平宇郷司平宇太郎
円田郷司山名荘司粟倉明神神主山名七郎
国衙の西辺りに領地を持つ三人。この中では渡し綱を最も喜んでいる。
左衛門をイジるのはやめとこう。
佐野郡西郷庄司西郷入道守隆
うん。頭を丸めているね。初老で出家済。掛川の北か。
内田庄司内田家吉
菊川の南辺りの荘官。
「横地太郎長重殿」
質侶荘司の預所、藤原永範…は都にすむ京官だからいない。荘園の管理は質侶荘の南側菊川の領主横地太郎長重が下司として任されている。こいつか⋯四十過ぎの武士。今回のもう一つの目的。実は平治の乱まで義朝の家人だった。
牧之原の西側城飼郡勝間田で力をつけてきているのが
勝間田平三成長。こいつも義朝の家人。でも知らん顔してやがる。知られてないと思ってるのか。
浅羽荘司浅羽宗信
相良荘司相良頼景
この二人は景家から元々親平家と聞いている。
特に相良頼景とは吉田と沼津の航路の件で文と人のやり取りもしたので馴染みもある。
主な在庁官人はこれ位。
そんなにいっぺんに言われても覚えられないよ…という顔をしているが赴任以来何度も暗唱した名前だ。顔との一致だけならこの場でなんとかなった。
みんなと仲良く。相良、浅羽とは舟の話など振って少し深めに。
「ところで遠江守様は、都ではどの様なお仕事を?」
と東西谷五郎が聞いてくる。
「あぁ、こないだまで東市司正を勤めてたんだが、失態があって首になった」
というと皆驚いている。そうか。都のそこまでの情報はほとんど入らないか。反応から、東市司正がどういう官かも知らないっぽい。中務丞程偉くないんです。
家人達は苦笑している。一所に失態したからな。
「で、では遠江守様は位はいかほどでいらっしゃるのでしょうか?」
井伊義直が恐る恐るといった感じで聞いてくる。
「先月従四位上になったよ」
「御昇位おめでとうございます」
「お祝いの挨拶が遅れました。おめでとうございます」
即座に景家と景高が祝ってくれる。
国衙の者たちは…呆然としている。十六歳のガキがあと位階三つで公卿、国政の中心に届くのだ。公卿は閣僚長官クラスと思っていい。そりゃぁ驚く。ついでに利用もできることに気づいてくれ。
「それでは…源義朝様より上位であると…」
井伊義直が呟くように言う。
そういえばいつの間にか追い抜いていたな。
「親の七光りだよ。平家は今上潮に乗っている。国々の武士の声を都に届けられるのはうちだ。これを機会に我が家と誼を通じてくれると嬉しい」
さて、次は酒宴の時間だ。
「殿…お注ぎ致します」
後に控えて面を伏せていた糸子がそう言って酒を注いでくれる。もちろん被り物などしていない。地方の無位の武士たちの前で顔を晒すなんてとても恥ずかしいだろうに、なんてタイミングを心得てるんだ。すごくありがたい。俺の女房最高。
「おお…」
抑えきれないどよめきが起こる。
「都の女人とは…なんと美しい…」
「眉も我らと同じではないか。歯も塗っておらぬ。平家は武家というのはまことだったのか」
掴みはバッチリだ。歯とかよく見てるな…。
しばらく酒坏を受けに来た在庁官人達と談笑する。注ぐのは糸子。こちらと話しつつチラチラと糸子を見ているのが丸わかり。やがて一巡すると話が広瀬川の渡し綱(笑)に移る。
「あれがあれば一層往来が増えるでしょうな」
「あのようなやり方があるとは…都で考え出された方法でしょうか」
その通りです。考えたのは俺だけど。
かなり好評だ。交通量が増えると儲かることは領主ならみんなわかっている。
景家に綱が傷む前に取り替えてくれるように頼んでおく。月に一度も替えれば十分だろう。耐久期間が予想より短い様なら青銅製の鎖にすることも考えてはいるが。
「あれは大井川でも可能なのでしょうか?」
相良頼景が聞いてくる。
「深さとか下調べしないとなんとも言えないけど、なにより先に駿河との調整が要るだろうな」
「なら、私は駿河の中村将広殿とお付き合いがありまして」
おお、横地長重が釣れた。
「それは心強い。なにかと頼りにしております」
そういや俺も駿河の目代橘遠茂殿とは付き合いがあるんだ。佳奈姫元気かな。
交通路が整備されるなら少しでも自分の領地の近くに。ひとしきり大井川西岸の領主間の牽制が続く。
酒がまわってそろそろ糸子への視線が煩わしくなってきたのもあって、今日はこの辺で切り上げることにした。
八日
もう一日と請われて国衙に滞在する。護衛の半数程は先発させる。陸路で駿河から三嶋に向かってもらう。指揮は景経。
朝、飯を食いながら景家と景高を呼んで話をする。糸子にも同席してもらう。
実は東海道の物の流れを一部南回りにしようと考えている。どうやっても限界が見えている小夜の中山越えを高低差の少ない菊川回りに変更したいのだ。川を渡るのは、従来通り金谷から島田。ただし南に、吉田への道を整備して舟の輸送に繋げたい。そうして沼津から伊東へ誘導する。
「駿河から恨まれない?」
「どうだろ…渡し綱をかけるなら金谷にするつもりだからそこまで減らないと思うんだけど」
「南に流れを作るのは、伊豆のためということですか?」
景高が聞いてくる。
「どう思う?」
糸子に振ってみる。
「ええと、平家の領地だけで人と物を動かせる線をつくりたいとか?」
素敵だ。
「もしかして…いざという時兵を送ることを考えてるの?」
「満点だ」
やはり糸子は最高だね。
「わかってもらえたと思うが、糸子は並外れて物がよく見えてる。今後俺と連絡取れないときは糸子に相談して参考にしてくれ」
あれ?糸子真っ赤になっちゃった。
照れてる?
国衙の近くで水が使えて、空いている土地を押さえてもらうよう景家に頼む。幸い今之浦川というのが南北に流れている。ここにも別邸を作る予定。伊豆と同じタイプの、練兵場もあるやつ。
国衙は海から三里ほど。今之浦川の水運も使える。伊豆ほどの種類は望めないとしても、新鮮な魚が手に入る。ワクワクしながら、当座の指示を出していく。主に新道関係。
そうしているうちに、浅羽宗信と相良頼景がお話したいことがあるとやってきた。
聞けばこの機会に家人になりたいとのこと。もちろん大歓迎。
「しかし、父上や重盛兄上に紹介することもできるぞ?」
と聞くと、少しためらった後、俺でいいという。伊豆での噂を聞いて決めたと言ってくれる。それは嬉しいな。
では冬にでも一度都に上がってくれと言っておく。後、景家達も呼んで今後の遠江の計画も相談する。浅羽は袋井、相良は牧之原の東側が本貫地。二人共広い海岸線を持っている。浅羽には太田川の河口、相楽には御前崎と吉田に伊豆と同様の灯台を造らせる。吉田の川港の整備も打ち合わせる。ここは大井川の氾濫が一番問題になるから、引き込みの水路と斜路と堰を作って船が退避できるようにしておくか…。宿の整備も要るな。そのうち俺の別宅兼事務所も作っておくか。今後は水位の変動を記録させないと。
後は浅羽と袋井の間の太田川に橋をかける。と言ってもしっかり作るのは橋脚のみで橋板は流されてもすぐに直せるような橋。設計は俺がやろう。費用は国衙持ち。要はいざという時浅羽の兵が直ぐに動員できる設備が欲しいのだ。言わないけど。糸子辺りは気付いていそう。後で聞いたらやっぱりわかってた。
後は木綿だな。これは時間との勝負だ。ワタの種は大量に出るので、長く囲い込むのは難しい。そのうち周辺に漏れて行くと思っている。夜来て盗っていかれたらどうしようもないし。後は栽培のノウハウだが、いつまでも隠しておけるものでもないだろう。大豆と鶏とセットで増やしていかないと。
製塩は遠江は条件が悪い。南から太平洋の荒波が打ち寄せる地形。波が高くて入浜式には向かない。どうせ伊豆に勝てないなら、安価な仕入れルートを作ってやるだけでいいだろう。
この辺の名産といえば前世では茶やみかんなんだろうけど、茶はまだ国内で本格的に栽培始まってないしな。実は大膳職にはある。みかんはない。いや、九国にこみかんはあるのか。その他と橘と柑子。俺は時々ジャムにして襲にも使っているが橘はそれほどの需要もない。普通は柚子の様に絞り汁で使うくらい。
柑子は遠江が産地だそうだ。前世の蜜柑に比べると小さくて酸っぱいが、生食できる果実だ。来年からウチにも送ってもらおう。
浜名湖が海と繋がってない現在うなぎは論外だし…。
「後は…松の植林を進めてくれ。黒松なら潮に強いだろう。大量に松脂が欲しい。建材にもなるしな。他にも檜や杉以外に欅や栗、桜、桐、特に漆が安定して手に入るとありがたい」
「はっ」
太宰大弐だった父上の仕事を手伝っていたので、この国の木材は需要が大きいことはわかっている。北宋が南宋になってからまだ五十年足らず。北半分の国土を金に獲られて臨安(後の杭州)に遷都した南宋では、木材はいくらでも欲しいんだろう。海外事情に疎い平安貴族は、単に遷都したとしか思ってない節があるがとんでもない。問題は木材のように大きいものは船で運ぶしかなく、紀伊半島回りの航海が必要ない西国のほうが有利だと言うことだ。しかし俺周辺でも建材はそこそこの需要はあるので、自分の領地から手にはいる様にしておきたい。こっちで使っちゃってもいいし。
遠江は海運が困難な代わりに南半分が割と平坦だ。水も豊富で農業生産力が高い。台地や海岸で米があまり取れない所は綿と大豆と鶏のセットがはまるだろう。南の交通が整備できたら、後は水路の配備と治水を少しずつ進めて行くか。津波や地震はどうしようもないし。
昼からまた宴会だ。例によって、定番宴会料理なのでそっちには期待していない。今日は苦情相談会みたいになった。もちろん全部対応はできんし、家人の二人を優先にするけどな。
九日
磐田の国衙を早朝に出た。牧之原の相良頼景の家に泊めてもらう予定。十一里。未の刻辺りに到着。荷を置いてざっと吉田の港と屋敷地の下見も済ませるが、測量図も欲しいな。頼景と相談する。荷物の積み込みも手配しておく。明日の夕方には三島に着くだろう。
夕餉に海苔が出た。多く採れるかと聞くと、海岸沿いなのでそれなりにと言う。この際なので海苔を増やす方法を教える。と言っても、その年採れた場所の近くに、多穴質の溶岩を沈める。それがうまくいったら海苔ひびの設置に移ろう。聞いている相良頼景も半信半疑である。まぁ、たくさん採れたら京都に納めてもらう約束をする。ついでに醤油を少し分けて佃煮の作り方も教える。甘味は砂糖がないのでこれまたみりんか溶いた水飴で代用。みりんはウチから届けてやろう。
十日
牧之原の相良を卯の初刻に出て、吉田まで一里ほど。すぐに舟に乗って沼津に向かう。風がちょうど良くて南風、斜め後ろからの追い風。三保の松原に近づくと、富士山が姿を表す。糸子が息を呑む。夏でも雪を戴いたこの山の美しさは、実際見ないとわからないだろう。兵達の顔にも、帰ってきたんだと言う喜びが見える。
沼津の港が見えて来る。海岸に人が多く集まっている。何だあれは?と、思ったら、目のいい家人が、どうやら迎えのようだという。五十人近くいないか?
迎えの人々でした。
伊東祐親、狩野茂光、北条時政、天野景光他、主だった官人がみんないる。懐かしいが仕事はいいのかな?
景経達も既に到着していた。
いさなも来ていたので最近の鰹節を褒める。麹カビのカビ付けがうまくいってるようで、生節っぽかったのが枯れ節に近づいているのだ。全部買上げ。帰りに持って帰ろう。
いいマグロが上がったから届けておいたと言う。そっちもありがたい。
こちらの護衛と相まって行列みたいになって三島入り。馬車がえらく目立ってる。沿道に領民が並んで手を振ってくれる。こちらも窓から手を振り返す。糸子もちょっと顔を引きつらせながら手を振っている。
なんか時代を間違えてるような気がするがまぁいいか。
国衙に着くと教盛叔父上が迎えてくれる。併せて基盛兄上への悔やみの挨拶。こっちはさすがに話が伝わっているようだ。俺のやらかしも聞いているらしい。
改めて
「この度は御昇位おめでとうございます」
「お前もな」
と言われてちょっと笑う。
「こちらは?」
「俺の女房の糸子です」
「糸子…って維子殿か!?」
「元維子です。今は糸子ですので」
ニッコリ笑う糸子。ちょっと迫力あるよ?
「あぁ…重盛殿ももったいないことを…」
「今は「俺の」女房の糸子です」
「あー、はいはい」
糸子また真っ赤だなぁ。
「で、この乗り物は、噂の馬車か?」
「そうそう 帰りは義姉上にも乗っていただいていいですよ」
「儂は?」
「馬で」
「がっかりだよ宗盛」
「まぁ、いずれですかね」
糸子が助手席、義姉上と子供二人が後席となると、叔父上は荷間しか座るところがない。
それもあんまりかなぁと。
伊東祐親に昇位を告げる。兵を送ってくれて助かった。正式な宣旨は次の国司…目代が持ってくるはず。祐泰を借りれて助かった。位もとっといた。いや、ひれ伏さんでいいから…。
景経に休暇を与える。いろいろ用があるだろう。主に後始末とか。
俺の館に回って荷下ろし。今は叔父上一家が使っているらしいが、泊まる部屋は空けてくれていた。
そっから館では狭いので国衙に移動して宴会に雪崩込む。
並ぶのはマグロのヅケ、カツオ、ブリ、サワラ、タイ、ヒラメ、タコ、イカ、イセエビ、アワビ、サザエ、カキ…。
新鮮なシラスもあがってる。
肉はイノシシ、シカ、ウサギ、ニワトリ…。
卵料理もある。
「これ、生の魚…食べて大丈夫なの?」
刺身を見て糸子が聞いてくる。昔池や川の魚は生で食べたらダメって話をしてたからだな。
「大丈夫、こういう大きな海の魚は生で食べても害はないよ」
小型回遊魚のイワシやサバ、ニシン、アジ、タラに寄生するアニサキスはちょっと怖いけど、それらの小型の魚は元々加熱して食べることが多い。それで生で食べる頻度が比較的高いサバが特にアニサキスがよくいる魚ということになるのだ。
糸子は初めて刺身を食べる外国人みたいに恐る恐る口にする。
「あ、美味しい。醤油とわさびが合うわ。これ、ご飯との相性もいいわね」
実はこっそりこちらをうかがっている家人や伊豆の官人達が和んでいる。糸子は宴会の時以外は隠しておこう。
飯の炊き方から味付け、調味料まで俺風に染まった伊豆の国衙の料理は、たいそう糸子のお気に召したようだ。教盛叔父上もすっかり馴染んでいる。食事は都よりこっちのほうがずっとうまい、と言い切るほどに。
旅が一段落したので、みんな疲れているだろうと早めに解散。明日からの予定を相談してほを寝室に行く手前で糸子が待っていた。
「こっち」
隣に設えた糸子の部屋に連れて行かれて…口づけされた。
その夜俺と糸子は仲良くなった。
…色々大変である。




