宗盛記0116 応保二年四月 両替所襲撃
景経視点の描写を少し修正しました。
応保二年四月卯月
十一日
黒い鎧直垂を着た一団が都に入ったという知らせが届いた。人数は二十人近くは居るという。
相手もやる気満々だな。
朝は上西門院に出仕。
雑に探ったとしても、最近は毎日米や銭を運んでいないことは向こうも分かっているだろう。十五日に市が閉じて、銭と米を六波羅に運ぶことまで知っているかどうか。知っている場合、それまでに両替所を襲うか、六波羅への輸送中に襲うかの二択になる。二十人で輸送中を襲うよりは、両替所の方がありそうだが、一応両方考えておかないとな。
夜の担当の二部隊は、夕方前から八条第を出て少しずつ交換所に向かわせている。交換所には一部隊二十人を送った。周りの二軒の家には十人ずつの一部隊が詰める。この部隊は周辺警戒も役目で、しかし怪しい者を見つけても攻撃はしない。報告だけ。
この四十人は武装したまま交代で仮眠する半徹夜だ。昼に八条第で休む。
昼間、市と俺の護衛担当の相模からの二部隊四十人は、夜は八条第で休む。
十五日には今月の東市が終わって蔵から金と米を移すので、人を替えつつ十四日迄の四日間は両替所の警戒を続ける。十五日には全員で六波羅に引き上げる。
襲撃の対象としては、父上、重盛兄上、俺、知盛、経盛叔父上、頼盛叔父上の個人、八条第、時忠邸の屋敷、東市の銭交換所なんかが考えられるかな。
六波羅に二十人で襲撃は自殺に等しい。
父上、兄上、叔父上達は護衛を増やしているし、知盛は父上か兄上に同行する様になっている。
俺を襲うとしても、今までのあれこれで洛内で直接襲撃するのはためらうだろう。少なくとも向こうも無傷では済まないだろうし、捕まりでもしたら殲滅が待っている。
時忠殿の屋敷は手薄だが、誰も居ないし血縁も遠いのであんまり心配してない。万一に備えて季子も当分ウチに留まることになっている。宣伝効果も低いし、六波羅も近いし。
とすると、やはり交換所か八条第だ。二十人だと、帰宅路の俺への襲撃か交換所か八条第の夜襲が怪しい。俺を襲ってくれるのが一番手早いが、前回の失敗を知っているとみるべきなんで、来ないだろうなぁ。
俺個人の危険度はこれが一番高いし、次男に続いて三男を殺せれば、平家何するものぞ、という流れができる。暗殺もひき続いて起こるだろう。が、人目もあり襲撃側の危険度も跳ね上がる。弓での狙撃が精々だろうが、俺の鎧は喉輪、佩楯、臑当有りの具足仕立て。移動中に距離をおいて狙うのは難しかろう。あと夏に矢斬りの私とかやっちゃったしなぁ…手の内を明かすのは自重すべきだったか。
特にこのところは、警護の皆も周辺を気にしてくれている。ピリピリした感じがすごい。銃での狙撃と違って、せいぜい一町、身を隠して撃つのが困難な上に矢よりも弓がたてる弦音の方が早いとなると、一矢必殺は難しい。明るいうちの狙撃は割と難易度高めなのである。まだこの時代忍者とか居ないし。
それでも基盛兄上は射られた。橋という限定空間で、しかも複数が橋の下に潜んでいた様で、さらに毒まで使ったのも難易度の高さをなんとかするためかもしれない。洛内で同じことをするのはかなり難しいのだ。
夕方市を終えて六波羅に帰ってから再び八条第に行ったが、特に何事もなく夜が明けた。
天文を専門とする陰陽寮では、一日の始まりは子の正刻だ。午前零時。貴族は門鼓が鳴る寅の初刻を一日の始めとする。しかし一般の人々には日付が変わるのは次の日の日の出だ。だいたい卯の刻前後。季節によって異なる。最近は割と早め。この辺り、出仕が関わる京武者は貴族と同じ感覚を持っているが、東国出身の家人達は日が登って一日が始まる。割と日付があやふやな時間帯。一応深夜まで警戒のために起きていた。
十二日
子の刻迄待って睡眠を取ったのだが少し寝過ごした。ちょっとあるまじきことだが辰の刻(午前八時)頃まで寝こけて居ると、額をペチペチ叩かれた。誰かと見ると六の君である。朝遅くまで寝ている男は珍しいのだろう。興味深げ。
「おお、六の君、起こしてくれたのか、ありがとう」
起きたついでに一緒に遊んでいると、寝殿の女房が慌てて走ってきて攫って行ってしまった。スパイラル高い高いは大ウケだったのに。残念。
起きて支度をして、市を大きく遠回りしていったん泉殿に戻って再度東市に。面倒くさい。でもまぁ清子と会えるし、厠も使える。緊急時でなければ箱とかでできればしたくない。でも八条第には風呂も厠もない。母上のためである。なんという親孝行な俺。父上は知らん。
糸子に父の妻はなんと呼ぶべきだろうと聞くと、親子関係はないので名前で良いと言われた。ついでになにか気づいた様な顔をしているので口止めしておく。この姉妹の情報共有は侮れないからな。
市では普通に仕事。怪しいものは見かけない。何時何処で襲ってくるかな。釣人の気分である。釣餌も兼ねているが餌の気分はわからない。
退勤。割とゆっくり七条大路から堀川小路を進む。来ない。来ないかぁ。へたれめ。飯と風呂を済ませて鎧兜を変えて五条大路から坊城小路を通って遠回りして八条第に。来ない。こんなことを続けていては清子と仲良くできないではないか。イラッとする。禁欲三日目である。最長あと二日も我慢するのか。ムラッとする。
明方に叩き起こされた。
++
どの部隊も希望したので、四部隊が毎日交代で交換所に詰めることになった。
景経が今日の部隊長だった。
自分が一番の古参であるのに、最近坂東の家人に押されて目立っていない気がする。だから敵が今日来てくれればと祈っていた。そのおかげか、明方うつらうつらしている時に下の階でいきなり激しい音が響く。目を覚まして下の様子を伺うと、掛矢で入口の扉を殴っているようだ。やがて閂の横木が折れる音がする。三本掛けられる横木を、今日は一本にしてあるからだ。下の階には十人。もう目覚めているだろう。ためらわず鐘の横の撞木を手にとって鐘を叩いた。
カンカンカンカンカン…
高い鐘の音が響く。
ほとんど同時に下の階に人が雪崩込む。
と直後に、
「ギャッ!」「グォッ!」
と声が上がった。
三郎様が作らせた、五尺の「投槍」を構えた十人が待ち構えているのである。先日六波羅で試しに大鎧を突かせてみたところ、よく狙えば大鎧の札の隙間を突き抜けた。矢が当たっても滅多に抜けることのない大鎧がである。なんというものを作るのかと慄然としたものだ。あれが十本。それも鎧のない足を狙うように言われている。蔵は二階建て、天井の高さは七尺程。刀を振り上げるには低すぎる。
景経は咄嗟に降りて攻めに加わろうとして、足を止めた。今日の俺は指揮官だ。二階で命じないと。
「やれ」
二階に居た十人のうちの五人が、手に持った小さな松明で、「火炎玉」の「口火」に火を点けて、代るがわる窓から下の道に投げ下ろしていく。火炎玉は五寸程の茶色で薄手の丸い陶器の壺だ。紐を付ける耳が二つと、口火を差し込んである筒口が付いている他は、変哲もない壺。中には酒精を入れた。酒精にしてはとろみがあったが、匂いは酒精だった。言われたとおりに一杯に入れて、二つ折りにした一寸四方程の茶色い紙を三十枚程足して栓をした。この班はできるだけいい鎧を着た者を狙えと言われている。
陶器が割れる音とともに火があっという間に三尺ほど広がる。しかもしばらくは消えずに燃え続ける。見ると鎧に紙がへばりついている。運悪く直撃したであろう男の兜に燃え広がった火が、上半身を松明のように燃え上がらせるのを見て、景経は下半身に力を入れた。思わず漏らしそうになったのである。
「がごァァァぁぁ!」
数人の人間松明が叫びながら道を転げまわる。下の道が照らされる。十数人の男達が、呆然と立ち尽くしている。
次の班の五人が、二階の窓から石を投げ下ろす。六、七寸はある石だ。当たれば鎧兜なぞ関係ない。かすっただけに見えても吹き飛ぶように倒れていく。兜に当たった男が首を曲がらないはずの角度に曲げて倒れる。肩の大盾に当たった者は明らかに腕の位置がズレている。名乗を挙げて戦場で勇ましく…弓矢を掻い潜って馬上で突き進む…昔から思い描いていたそんな甘い考えは吹き飛んだ。あんな死に方は嫌だなと心から思った。
叫んでいた人間松明はもう声を出さずに痙攣している。炎はまだ消えていないというのに。肉の焼ける臭いがここまで漂ってきて気持ち悪い。口火が燃え尽きずに火花を散らし続けている。
敵が窓の下から距離を取ろうとしている。
次の班からは弓に持ち換えさせる。
東側の二町程向こうで松明の灯りが見える。増援が来たようだ。下の階を覗くと入ってきたものはもう立ってはいない。皆床に倒れてもがいている。外の道では我に返った敵がようやく逃げ始めた。
++
俺が馬に飛び乗って二町程走った頃、襲撃は概ね終わっていた。自分で走ったほうがよっぽど早いんだが、指揮官の体裁は大事である。そのため到着は最後の方になった。起きたとき卯の初刻の太鼓が鳴った後だと言っていた。それから四半刻も経っていない。東の空の端が少し藍色に変わってきている。
北と西からは八条第に居た相模の二部隊の者が、東と南は借屋に詰めていた伊東祐泰の部隊が囲んで居る。それでも数人は逃げたらしい。足には当てたが逃がしたとのこと。さらに距離を置いて追跡もしているとか。善き哉。俺の兵は優秀だ。逃げ切れなかったやつは五人ほどで取り囲んで拘束されている。タコ殴り…というか動いているうちは蹴り続けられている。嫌な感じに折れ曲がった腕が痛々しい。兵達はそこを狙って蹴っている。俺は殺さないように止める役。どうせ検非違使の拷問の後で処刑されるんだが、何も言わずに死なれると勿体ないのだ。
交換所に着くと景経が既に道に出ていた。顔色が悪い。倒れている男の一人の上半身が黒焦げになっている、後、首を折られて死んでいるヤツも居る。これを見るのは辛かっただろう。PTSD対策考えんとな。
「ひ、ひとでなし!卑怯者!武士の面汚しめ!」
捕えられて縄を掛けられていた男の一人が、俺を見て狂ったように叫びだした。途端にそばに居た家人から蹴り倒される。
「毒矢とどちらがマシだ?」
思わず笑いがこみ上げる。
あ、しまった、周りの者が俺を見て引いている。恐怖で統制するつもりとかないんですよ?効果はあっても長期的には不安定だから。部下をストレスにさらし続けるとか上司にあるまじきだろう。本能寺とか勘弁である。
でも今回の敵は一人も残すつもりはない。
万一どこかから検非違使に手が回ったとしても追い詰めて必ず殺す。
蔵の中に入ったものは六人で、足を滅多突きにされた出血で二人は既に死んでいた。特に腿の内側、大腿動脈が出血するとすぐ死ぬ様だ。後の四人も助かるかどうか微妙。狭い屋内で鎧の無い草摺から下の足を槍で狙われたらそうなる。
交換所の外で死んでいるのは四人。逃げたうち死んだものが二人、捕らえられたのは五人、逃げおおせたのが四人である。うち一人は酷い火傷を負っていたらしい。こちらの被害はなし。打ち身や擦り傷がせいぜい。完勝である。八十対二十で防御側が罠にかければそんなもんか。
大体後始末も終わって、交換所の点検を終えた頃に検非違使の一隊がやってきた。そろそろ夜が明けそうだ。
十三日
早朝寝殿の桜子様に挨拶して八条第を出る。西の対には人伝にした。向こうも俺には会いたくなかろう。
六の君には会えなかったがその方が良かったかな。
朝早かったし。人殺しの顔してるだろうし。怖い兄と思われないといいなぁ。
六波羅に着いて皆を休ませる。こんな時は昼からの出勤がありがたい。
今日は休んでも良さそうだが、俺が居たほうが市で動揺する者が少ないだろう。多分明日以降は休むが。
上西門院に使いを出して十六日の物忌を伝える。かなり穢れただろうし、まだ仕上げもあるのだ。




