表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宗盛記  作者: 常磐林蔵
第3章 伊豆守、受領

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

113/125

宗盛記 登場人物03

久しぶりの休みにのんびりしすぎて、ギリギリになりました。

最低限なので、必要に応じて修正します。

+、- は宗盛との年齢差を表します。


年齢がわかんない人もいます。 


一部の故人を除き、台詞の無い人は載ってません。



--

ウチ(伊勢平氏)


平宗盛たいらのむねもり

±0

俺。久安三年丁卯(1147)生、

平清盛の三男、三郎。平三郎。

九歳(1155)の時に柿の木から落ちて言動が変になった。

十一歳で元服、従五位下、蔵人に任官する。

十四歳(平治元年、1159)で伊豆守に任官する。

十五歳で従五位上、正五位下に昇位。

十六歳で正五位上、従四位下に昇位。雑袍宣旨、禁色勅許、上西門院殿上。


平清盛たいらのきよもり

+29

父上。

白河法皇様の御落胤という噂がある。ちゃっかり乗っかってそれっぽいことを匂わせてたりする。

でも顔はお祖父様似らしい。

この国に初めての武家の政権を作る人になる…かも。保元の乱の勝ち組で太宰大弐。平治の乱でも勝ち残る。

屋敷は泉殿。

永暦元年、正三位。参議。大宰大弐如元。右衛門督兼任、大宰大弐辞任。

永暦二年、検非違使別当兼職。近江権守兼任。権中納言。検非違使別当・右衛門督如元。

三月には伊豆まで来て楽しんで帰った。



平時子たいらのときこ

+21

母上。

平時信たいらのときのぶの長女。平時忠の姉。

今上守仁陛下の乳母となり、従三位。

妹が六人いる。弟は二人いる。男子が三人、女子が三人。

思い切りがいいが、時々めんどくさい。

妹達の性格に大きな影響を与えた。



平正盛たいらのまさもり

1121年死亡

曾祖父様。白河院北面の武士。

源義親討伐で名をあげたが、みんな信じてくれなくて偽義親が続出した。

嫡男ではなかったが五位になって伊勢平氏を貴族にした。極位は従四位下。

高祖父は正衡まさひらなので、平家がさかるのはこの人から…と思ってたんだけど、さらに四代前に貞盛って人が居た。



平忠盛たいらのただもり

1153年2月10日死亡

お祖父様。

検非違使、待賢門院政所別当、中務大輔、右京太夫、鳥羽院執事別当、内蔵頭、刑部卿を歴任。伯耆守、越前守、備前守、美作守、尾張守、播磨守を歴任。平家初の殿上人。

山陽道、南海道の海賊討伐で功をあげ、日宋貿易で蓄財して正四位上まで出世した。公卿一歩手前で死去。

「儂の墓の前に三位の位記を掛けよ」

って気分だったろう。

笛も和歌も達者だった。

先々代池殿。



平忠正たいらのただまさ

大叔父上。摂関家の家人。

藤原忠実に仕えていて保元の乱で院側に。無事讃岐に落ち延びた。今では鴨川忠正と名乗っている。



藤原宗子ふじわらのむねこ

+43

お祖母様(義理)

通称池禅尼いけのぜんに

お祖父様の後妻。家盛、頼盛の母。出家済。

俺とは直接の血縁はない。

待賢門院系、美福門院系、どちらにも強いコネがある。さらに熱田神宮とも繋がりがあって、残念なことに。

讃岐院長男の重仁様の乳母。



平家盛たいらのいえもり

1149年死亡

お祖父様の次男。父上の弟。

熊野詣の帰りに死んだ。

お祖母様の息子。頼盛叔父上の兄。

先代池殿。



平経盛たいらのつねもり

+23

お祖父様の三男。

文化人。和歌も楽器もうまい。

先代平三郎。

自分だけ通称がないのをひそかに気にしている。



平教盛たいらののりもり

+19

お祖父様の四男。

体育会系。

門脇殿。

院七宮誕生時にやらかして、地方に逃げた。常陸介。



平頼盛たいらのよりもり

+14

お祖父様の五男。

お祖母様の息子。

池殿。



平忠度たいらのただのり

+3

父方で唯一盛らない叔父。お祖父様の六男。

有名な割にはこの先当分出てこない。

熊野で気楽なスローライフを満喫中。



高階基子たかしなもとこ

1141年死亡

父上の前妻。(故人)

高階基章の娘。

重盛、基盛、正子、章子、四人の兄姉上の母。



平重盛たいらのしげもり

+9

従四位上。左衛門佐・伊予守から内蔵頭。

長男。常識人で苦労性。

頼まれたら断れない、いい人。

でも思い込みがちょっと強い。

引きが弱い。灯籠が好き。

小松殿。平維子を娶るが、後に藤原経子を正妻とし、維子に出家される。



平基盛たいらのもともり

+8

従四位上。左衛門佐。遠江守から越前守。院判官代。

自己主張の少ない控えめな次男。

派手な幼名のせいかも。

でもやる時はやる。

香王様。と幼名で呼ばれると怒る。



平正子たいらのまさこ

+7

清盛長女。美福門院肥後局。藤原信隆の妻となる。



平章子たいらのあきこ

+6

清盛次女。梨壺安芸局。

信西の息子知憲とものりと婚約するが、平治の乱で破談になる。



平知盛たいらのとももり

-5

四郎。才能の豊かな俺の弟。知盛。従五位下武蔵守。

見るべきものを見ている最中。


清盛家の三の君

-8

1月生まれ。

すごく可愛い。



清盛家の四の君

-9

3月生まれ。

とても可愛い。



五郎、平五郎

-10

人に好かれる俺の弟。多分将来は重衡。



清盛家の六の君

-11

3月生まれ。

不思議と可愛い。



平太郎、重太郎、重太

-12

重盛と平維子の長男。しばらく平太郎。母親が出家しちゃって経子に育てられることになる。乳父(乳母父)は伊藤忠清。



重二郎

−14

重盛と少輔掌侍 (藤原親盛娘)との間に生まれた次男。



平時信家(堂上平氏)


平時信たいらのときのぶ

1149年死亡

母方のお祖父様。

正五位下。兵部権大輔。

人と争うことをしない人だったとか。顔が良くてモテた。二男子、七女子の父。

文章生、大学助、六位蔵人、権甲斐守、兵部権大輔、検非違使と文官から武官まで幅広くこなした。



平忠子たいらのただこ

+19

母上の同母妹。藤原親隆の後妻。

二児の母。やはり母上の妹。



平時忠たいらのときただ

+17

母上の同母弟。

官吏としては有能だが慌てると失敗しがち。

しばしば空気を読み違える。さらに流されやすい。

失言癖あり。ついつい言っちゃう系。お年寄りか。

意外と人はいい。

院七宮誕生時にやらかして、地方に逃げた。伊賀守。



平信子たいらののぶこ

+6

母藤原祐子。

おっとりお母さんタイプ。

ちょっと垂れ目の美人。やや天然気味。

胸が豊か。母性の人。

たゆんたゆん。



平滋子たいらのしげこ

+5

母藤原祐子。

一番綺麗なおば…義姉(予定)。

奥ゆかしいけど沸点は低い。

気配り上手。美的センス抜群。

真面目。きっちりタイプ

統子内親王様にお使えするが、院に見初められ召し上げられて東の御方と呼ばれている。

元近江局。元小弁。院との間に七宮を産む。



平糸子たいらのいとこ、改名前、維子つなこ

+3

美人で頭も良いがちょっと打たれ弱い。

背が高いのを気にしている。

元掌侍ないしのじょう、坊門局。

重盛の妻となり、長男の重太を産むが、後に出家。還俗して糸子と改名、宗盛の女房となる。侍名さぶらいなは明の局。



平清子たいらのきよこ

+1

母藤原祐子。元六の君。

俺の幼馴染。添臥そいぶし。無事婚約した。

結婚間近。



平季子たいらのすえこ

−2

母藤原季兼の娘。

箸が転んでもおかしい。現実主義。欲望に忠実で粘り強い。

なのに一人になるとシオシオ…。

寂しがり屋の末っ子気質。



藤原親隆ふしわらのちかたか

+48

忠子叔母上の夫。

俺の義理の叔父上で冠親。

三位。偉い。優しい。

さらに真守さねもりの短刀をくれた恩人。



藤原信隆ふじわらのぶたか

+21

正子の夫。正四位下。元右馬頭。院七宮誕生時にやらかして、解官。



俺の郎党(候補)とか


伊藤景経

±0

俺の乳母子。

伊藤景綱の孫。

伊藤景家の次男。

伊藤景高の弟。

従六位上。右兵衛少尉。

変になった乳母子めのとごに振り回される。



巨勢秀次こせのひでつぐ

+9

俺の付人兼家人。

従六位上。右兵庫大允。

父親は父上の資人とねりだったが早逝して、父上の家人となる。

武芸全般得意。



山田小三郎是行やまだこさぶろうこれゆき

+18

俺の付き人兼家人。正六位下。右衛門大尉。

保元の乱で為朝と戦い、左肩を負傷をして、弓が引けなくなった。 

鈴鹿の山田に領地を持つ。

平治の乱で紀州の清盛一行に乱を伝える働きをする。



伏矢、亀二、亀三

俺専属の牛飼い童と車副。

元下人、現在は雑仕となった。

最近は御者の訓練中。



伊東祐親いとうすけちか

+22

本姓藤原祐親。藤原南家。名字は工藤祐親とも。

従六位下。右兵衛少尉。

在庁官人首席の掾官。久須美荘の荘官。イケオジ。

叔父の工藤祐継との間で相続争いがあったが、工藤祐継の叛乱加担で解決。さかんの狩野茂光の甥でもある。



河津祐泰かわづすけやす

+1

伊東祐親の長男。相撲が得意。



伊東八重いとうやえ

−10

伊東祐親の三女。上に兄二人、姉二人がいる。



狩野茂光かのうもちみつ

+35

別姓工藤。本姓藤原(南家)。

正六位上。伊豆目さかん

モチっとしたえびす顔のおヒゲのおじさんである。

茂光は在地任官だが伊豆で唯一の官制に則った国司官。東海工藤家の本家に当たる。本領と屋敷は狩野川の上流域の狩野荘牧之郷庄司。

伊豆七島の三島郷の郷司。大島の為朝の監視を申しつかっており、その乱暴に手を焼いたが鎮圧済。



狩野茂子かのうもちこ

+2

狩野茂光長女。伊豆赴任時、宗盛の世話のため付けられるが、宗盛が固辞。豊満な姫。



北条時政ほうじょうときまさ

+9

幼馴染の甥の父。国香流の平氏。在庁官人次席中座。狩野川中流域の北条郷郷司。やや小太りの人の良い外見だが、いろいろ企む性格。



北条宗時

-7

時政長男。



北条政子ほうじょうまさこ

−10

時政の長女。とても気が強い。



天野遠景あまのとおかげ

+6

在庁官人三席の書生、天野景光の長男。

北条の南隣の天野郷の郷司。沼津にも領地があるらしい。これも工藤氏の血を引き、祐親とも血縁がある。



大庭景親おおばかげちか

+17

相模中央部の有力氏族、鎌倉党の棟梁。

従六位下。左兵衛少尉。

大庭御厨の荘官。かつて源義平、三浦党、中村党に大庭御厨を侵略された。



土肥実平とひさねひら

+18

相模西部の有力氏族、中村党中村宗平の次男。

従六位下。左兵衛少尉。

伊豆での源為朝の反乱の際宗盛に協力。後に宗盛の家人となる。



那須資隆なすすけたか

+9

永暦二年三月の三嶋神社騎射大会で優勝。天覧の栄誉に預かる。正六位上。左衛門少尉。宗盛の家人となる。



畠山重能はたけやましげよし

+8

秩父氏。畠山庄司。祖父、秩父重綱、父、秩父重弘

久寿二年(1155年)、源義朝、義平とともに大蔵合戦を起こし、叔父秩父重隆とその婿源義賢を討つ。

永暦二年三月の三嶋神社騎射大会で準優勝。天覧の栄誉に預かる。正六位上。右衛門少尉。宗盛の家人となる。



父上の家人達


平家貞たいらのいえさだ

父上の家人筆頭。一の郎党。忠盛お祖父様の代からウチに仕え、ウチの家令でもある。

父上の二十五位は歳上らしい。



伊藤(藤原)景家かげいえ

本貫地は伊勢で藤原だから伊藤。伊勢神宮の近くらしい。景綱の子。景経の父、吉野の夫。つまり俺の乳母父めのとぶである。傅役もりやくてもある。当然顔見知り。一番気安い。

でも俺が木から落ちたときに白装束で現れて死のうとした人でもあるので、頭が上がらない。ちょっと頑固。景経はもっと頭が上がらない。



吉野、(本名)さくら

伊藤景家の妻、景高、景継の母で母上の女房。俺の乳母。



藤原(伊藤)景高かげたか

+3

景経の兄。俺とも割と気安い。景経とともにうつけの俺を景家のお小言からかばってくれるいい人。



藤原(伊藤)忠清ただきよ

伊藤五が通り名。先の乱で源為朝と当たって、その場に居た弟、伊藤六忠直は射殺された。

この度兄上の所の重太君の乳父となった。でも実家で育てるウチのやり方だと、乳母父はあんまり出番がない。景家の弟で景家に比べてももっと頑固。さらに占いとかにこだわる。



平盛国たいらのもりくに

伊勢平氏、ウチの侍でナンバー2。正六位上左衛門尉。家司。父上より四つ五つ歳上の、譜代の重臣で本貫地は伊勢の安濃津の辺り。熊野行きの家人のまとめ役。



平盛俊たいらのもりとし

盛国の長男。筋肉の人。ガチムチな割に話し方が穏やかで頭良さそう。筋肉インテリ?歳は重盛兄上より少し上かな。



平家継たいらのいえつぐ

家貞長男。ウチの直轄地、伊賀の山田を納める。伊賀家継とも。伊勢の山田とも是行とも別の山田なんでややこしい。山田の平田が拠点なんで平田家継とか名乗ることもある。父上より十歳位歳上。

知盛の乳母父。家長の父親。



平貞能たいらのさだよし

家貞次男。事務系も任せられるので家貞の補佐もしている。盛国と同じ位の歳かな。事務、会計もこなす。

基盛兄上の乳母父。



平家長たいらのいえなが

-5

家継長男。伊賀家長とも、平田家長とも。

知盛の乳母子。



難波二郎経遠なんばじろうつねとお三郎経房つねふさ

備前の武士で、吉備津彦神社の神人の家柄。経房は源義平の襲撃の際義平を制圧した。



佐竹隆義さたけたかよし

+29

源義光の曾孫。佐竹昌義の四男。常陸奥七郡の郡司。

相馬御厨の証券を買ったことにより、上総広常、千葉常胤と争論となるが、永暦二年三月の三嶋神社騎射大会の際宗盛の調停を受けて和解する。



全国の名主



湛快たんかい

+48

十八代熊野別当。平治の乱で湯浅宗重ゆあさむねしげと共に平家側で兵を出してくれた。長男は湛増たんぞう



上総広常かずさひろつね

+28

上総の国のほぼ全域に領地を持つ大領主上総家の跡取り。常澄の子。

源義朝に仕え、義平十七騎に数えられた。

先々代の当主で長兄の伊西常景を殺して当主の座を奪った印東常茂と係争中。

相馬御厨の領有を義朝が企んだため、上総広常、千葉常胤と争論となるが、永暦二年三月の三嶋神社騎射大会の際宗盛の調停を受けて和解する。



千葉常胤ちばつねたね

+29

下総千葉氏の当主。父は、千葉権介常重。上総広常の又従兄弟。

相馬御厨の開拓領主であったが、上総広常、千葉常胤と争論となる。永暦二年三月の三嶋神社騎射大会の際宗盛の調停を受けて和解する。



朝廷や院の人々


雅仁まさひと

+20

諡号後白河天皇、後上皇。

大天狗。

鳥羽天皇と待賢門院の子。讃岐院(崇徳上皇)と統子内親王様の同母弟、覚性入道親王の同母兄。

息子の評判が良かったために、引き継ぎのために帝になれた人。

信西に育てられたせいか、共感力が極めて乏しい。

人が困ることに無頓着だが、情はそれなりにある。

どれだけ親しくなっても、利害関係によってバッサリ切り捨てられるタイプ。

遊びをせんとや生まれこん。

人生なんて遊びだと割り切れる。

政治は拙いが陰謀は得意。



今上。守仁もりひと

+4

諡号二条天皇。

雅仁帝の子。

幼少から英明で、父親がうつけにも関わらず帝に推された程。美福門院の猶子として育てられたことや、即位後色々虐められたので、父親と対立している…

真面目すぎて空気の読めないところもある。

女性は歳上好き。チャレンジャー。



七宮

-14

後の憲仁のりひと

院雅仁と平滋子の子。



重仁しげひと

讃岐院の長男。

保元の乱後出家して戒名空性となる。

脚気治癒後、讃岐に移り父讃岐院の元で慰める。



統子むねこ内親王

+21

保元三年一月、准母として立后されて皇后となる。

父鳥羽上皇、母待賢門院璋子、同母兄に崇徳上皇、同母弟に後白河天皇(上皇)、覚性入道親王。

滋子、宗盛の仕え先。



覚性入道親王

後白河院、統子内親王の同母弟。

仁和寺法務。



信西しんぜい

+41

俗名藤原通憲ふじわらのみちのり

出家済。

雅仁帝の乳母父。政治力はあるし、知識も豊かだで、仕事に熱心だが冷酷。他人が嫌い。他人の反応がわからないから視野も狭い。

人気は地の底を這う。嫌われ者。



藤原俊憲ふじわらのとしのり

+25

はじめ五位蔵人で宗盛の同僚。後に蔵人頭で宗盛の上役。

従四位上、右中弁。信西の二十四人の子供の長男。

平治の乱で出雲に流罪となったが、召喚された。



藤原貞憲ふじわらのさだのり

+24

五位蔵人で宗盛の同僚。信西の次男。右衛門権佐、右少弁の三事兼帯。摂津守。

平治の乱で土佐に流罪となったが、召喚された。



藤原成憲ふじわらのしげのり

+12

章子姉上の婚約者。信西と藤原朝子(紀二位きのにい)の子で雅仁親王(後白河院)の乳母子。正四位下、左近衛中将、播磨守。平治の乱で下野に流罪となったが召喚された。



美福門院びふくもんいん

藤原得子ふじわらとくこ

永暦元年11月23日に死亡。

鳥羽上皇の継妻。近衛帝、八条院の母。皇室の元長老。雅仁親王を帝位につけた。

重仁親王様と当今(二条帝)を猶子とする。玉藻の前のモデル。



平範家たいらののりいえ

+33

初任時の頭弁。従四位下、右中弁。

六位蔵人からの叩き上げで、検非違使も兼ねる三事兼帯からの昇任。

鳥羽朝からの「できる人」。



源定房みなもとのさだふさ

+17

初任時の頭中将。正四位下、左中将。

父親が白河鳥羽二代の重臣。生まれついてのエリートで、能書家で有名な歌人。



平親範たいらのちかのり

範家の子。

初任時、五位蔵人で俺の同僚。



藤原公光ふじわらのきんみつ

頭中将。宗盛の上役。能書家で歌も上手い。でも仕事はとっても無能。



藤原信頼ふじわらののぶより

+14

頭中将。後に統子皇后院庁別当。宗盛の上役。雅人帝、後の院の夜のお友達。公光殿よりはマシな人。

平治の乱を起こし斬首された。



藤原信親ふじわらのぶちか

信頼の長男。五の君の婚約者。

助命された。



藤原成親ふじわらのなりちか

これ又新院の夜のお友達。信頼殿の副将的な立場で平治の乱を起こしたが、小物感が凄くて解官で許された。重盛兄上と親しく、兄上が妹の所に通っていたという噂あり。



藤原惟方ふじわらのこれかた葉室はむろ惟方

勧修寺かじゅうじ流葉室家。元三事兼帯。頭弁。宗盛の上役。信子滋子清子の母の同母兄。時信お祖父様の妻の兄なんで、俺の義理の大伯父上。



藤原顕長ふじわらのあきなが

+30

勧修寺かじゅうじ流葉室家。

蔵人頭で宗盛の上役。

正四位下、中宮亮、四十二歳着任



藤原顕時ふじわらのあきとき

+37

勧修寺かじゅうじ流。

蔵人頭で宗盛の上役。

元三事兼帯。

正四位下、左大弁。

父上の腹違いの妹を妻にしていて、俺には義理の叔父に当たる。父上も色々と相談に乗ってもらっているようで、ウチと親しい。



藤原信能ふじわらののぶよし

+8

蔵人頭で宗盛の上役。

正四位下、左中将、神楽と和琴の名手。中御門家。

後に宗家と改名。



藤原実国ふじわらのさねくに

+7

蔵人頭で宗盛の上役。

正四位下、右中将。

内大臣三条公教の次男。滋野井家の祖。

笛の名手。和歌も巧み。



源義朝みなもとのよしとも

+24

源為義の長男で、保元の乱で父親を討って河内源氏の棟梁となる。

従四位下、左馬頭、下野守から播磨守。

藤原信頼と関係が深く、家人に近い。平治の乱で逆賊となり、清盛に敗れ長田忠致に謀殺される。



源頼朝みなもとのよりとも

±0

河内源氏嫡男。

正六位、上西門院蔵人。

幼名鬼武丸。

母親の服喪のため退官し、後に六位蔵人。平治の乱で衛門権佐に就職。

女好き。エラがはった目つきの悪い垂れ目。



職人たち


泉作せんさく

+30

焼物の匠。陶工。泉涌寺の近くに住んでいたが、後清水南に移転する。職人たちの最年長でまとめ役。

伊豆行きに同行した。



仁助にすけ

木地師。仁和寺の近くに住む、後に清水南に移転。



幹也みきや

車大工。後に清水南に移転。



鉄雄てつお

野鍛冶。後に清水南に移転。

伊豆行きに同行した。



圭介けいすけ

鋳物師。河内出身。後に清水南に移転。



梁夫はりお

大工。父親は宮大工だったらしい。兄弟が多くて養子に出されたとか。

後に清水南に移転。



梁真はりま

大工。梁夫の弟。伊豆行きに同行した。



蒔輔まきほ

漆職人。塗師、蒔絵師、螺鈿細工まで何でもこなすが、胎は作らない。



敵になった人々


源義平みなもとのよしひら

1160年死亡。

源義朝みなもとのよしともの長男。悪源太。無冠。平治の乱の前年、大蔵合戦を起こし叔父源義賢みなもとのよしかた秩父重隆ちちぶしげたかを討った。

平治の乱で敗走、宗盛の伊豆赴任時に襲撃したが、衆寡敵せず敗北、自決した。



源為朝みなもとためとも

1160年死亡。

源為義みなもとのためよしの八男。鎮西八郎。無冠。保元の乱で父為義と讃岐院側について敗北。伊豆大島に流罪となる。永暦元年七月蜂起、伊豆国衙に於いて伊豆守宗盛を襲撃し、巨勢秀次、山田是行によって射殺された。





バカラさんから、二次創作のSS頂きました。

https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/2978040/

嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
宗盛さん、また昭和の漢になってますよ! はっ、まさかツッコミ待ち!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ