第二十一話 臆病者
お久しぶりです。
本日より月に2話を目処に投稿を再開します!
お待たせして申し訳ありませんでした。
またよろしくお願いします!
「少しは落ち着いた?」
ルーノがテントの扉から顔を覗かせて問うた。ヴィクターはそれに首を振って答える。テントの中には紅茶の入ったカップを両手で抱えるように持つシアルの姿があった。紅茶のリラックス効果を期待したルーノが淹れたもので、未だに体の震えが治まらないシアルの手の中で赤褐色の液体には波紋が浮かんでいる。紅茶が入るまでの時間、シアルは口を開いたと思えば怯えの感情を吐き出すだけの装置と成り果てていた。
「返事できそうにないならそれでもいいから。とりあえずそれ、飲んで」
ゆっくりと頷き、カップを口に運ぶシアル。透明なカップが傾き、中身が三割ほど減った。震えのせいか少しこぼしてしまったようで、ゴシゴシと口元を拭っている。先ほどまでは荒かった呼吸が少し落ち着いたのを見て、ヴィクターはほっと一息をついた。
「それにしても……。ゴーストが弱点、ねえ」
ルーノはヴィクターとは対照的にため息を吐く。人間である以上何かしらの弱点があるのは仕方のないことだが、まさかゴーストがシアルにとってのそれにあたるとは。人の欠点などヴィクターでもう見尽くしたと思っていたが、また新しい悩みに直面してしまったルーノは頭を抱える。
「しかもこんなふうになるくらい苦手なんて。ちょっとくらいならまだしも、これほどだと先行きが不安だなあ」
怯えている本人の真横でそんな発言をしてしまう相変わらず無神経なヴィクターだが、今回ばかりはルーノも同感だった。旅をする以上ゴーストは避けて通れないほどありふれた魔物。もちろんシアルの精神面も心配だが、実際に遭遇するどころかゴーストの話題が出るだけで錯乱してしまう人間が味方にいるという事実はそう軽いものではない。
「シアル。少しは話せそう?」
「……はい。ごめん、なさい」
紅茶のリラックス効果が功を奏したのか、震えてばかりだったシアルとようやく意思の疎通が取れた。だが彼の様子が先ほどまでと違う。いつも前を向いていた翡翠の瞳は所在なさげに揺れており、震える声にはこれまでのような覇気がない。何より口調が違っていた。
「えっと……。これまでそんな喋り方だった?」
シアルのあまりの豹変ぶりに困惑するヴィクター。言葉にこそしないもののルーノも内心戸惑っていた。言葉を紡ぐのも難しいのか、シアルから返事はすぐに帰ってこない。しばらく沈黙が続いた。
「違い、ます。さっき、まで僕、強がってて」
辛抱強く待っていると、途切れ途切れではあるがシアルの口から言葉がようやく発された。たった一言を発するのにも苦労しているシアルの様子からは悲痛さすら感じられる。昨日から行動を共にしていた強気で誇り高い戦士の姿はそこにはなかった。今二人の目の前にいる男の子は、まるで生まれたての子羊のように弱々しい。
「なら今のが本当の君?」
「そう、です。僕、本当は……とっても怖がりで、弱虫で。でもこんな、こんなのっ……見られたらあ、相手にしてもらえないと、思って……」
震えがちで消え入りそうな声はこれまでのシアルとは別人のようだった。性格だけでなく声すら作っていたのだろうか。
「なるほどね。だから演技をした」
「はい。でも、すぐにバレちゃいました……」
残念そうに、何かを諦めたような様子のシアルは呟く。嘘をついていた自分がこれからどういう扱いを受けるのか、なんとなく想像しているのかもしれない。
「そうか。なら見張りは私がするよ」
「……えっ」
だからこそシアルは、ルーノの言葉に心底意外そうな声を漏らしてしまう。嘘つきな上に戦力にもなれない自分は用済みと判断され、責め立てられ、最悪の場合追放されることまで考えていたというのに。ルーノにそのような様子はまるで見受けられないどころか、自分の代わりを買って出てくれると言う。
「何かおかしい?」
「いや、その、えっと。僕、怒られるかと」
小首を傾げたルーノに対しシアルはおどおどと言葉を返す。これまでに見てきたルーノの性格上、自分はヴィクターがされている、いやそれ以上に怒られるものだと思っていた彼にとって今の状況は不可解そのものだ。
「まあ、複雑ではあるよ。でも君を仲間にするって決めたのは私だ。なら君のできないことは私が補うのが筋でしょ」
いつもと何も変わらない口調でルーノはそう言う。先ほどまで誤解していたとはいえ、今のそれが彼女の優しさだと気づかないほどシアルはルーノの事を知らないわけではなかった。じんわりと目頭が熱くなるのを感じる。
「……ありがとう、ございます」
「どういたしまして。その分他で期待してるよ」
その言葉を最後にルーノはテントの扉を閉じ、夜の見張りへと向かっていった。テント内にはヴィクターとシアルの二人が残され、これまで口を開かなかったヴィクターがようやく口を開いた。
「まさか君がゴーストが苦手なんて、ねえ。おとぎ話が好きなことといい、結構歳相応なところもあるんだね」
「きょうだいにもよく言われました。子供っぽいって」
二人になっても口調は戻らないシアルが拗ねたようにこぼす。かつて何度も言われ、これからは二度と言われないようにしようと誓った言葉をこんなにも早く言われるようになってしまった自分が憎い。
「僕は変に大人びてる子よりも君みたいな子の方が好きだよ。むしろ、これまで少し不自然に感じてたくらいだ」
「えっ。完璧にできてると思ってたのに……」
鈍いはずのヴィクターにそう言われ、シアルは心底驚いた顔をする。何度も練習を重ねた演技には確かな自信があった。だからこそ、まさか違和感を覚えられていたとは。
「さすがに僕でも気づくさ。ルーノちゃんなんて君が少し離れた時に僕に耳打ちしてきたくらいだよ」
「そう、ですか。うう、ちょっと悔しいな」
そんなことを言っている場合ではないと分かっていても、自分が二人の手のひらの上で踊っていたような気分になったシアルは顔を赤くする。これではまるで道化だ。気づいていたならもっと早く言って欲しかったと、相手に非はないのにそう思ってしまう。
「はは。まあ、安心しなよ。君がどれだけゴーストが苦手で、他にまた別の弱点があったとしても僕たちは君を見捨てないよ。少し不安で不満ではあるけどね!」
自らの心境を見透かしたかのようなヴィクターの言葉に、シアルは言葉を失ってしまう。ここまで見抜かれているともういっそ清々しい。最後に付け加えられた言葉に至ってはあまりにも正直で、悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「……。ふふふ。分かりました、ありがとうございます」
「どういたしまして。でもルーノちゃんは怒るかもしれないから気を付けなよ?」
笑いが漏れるシアルにヴィクターは優しく言葉をかけた。僕は怒らないよ、という意志を感じ、ルーノとはまた違う優しさを彼も持っているのだなとシアルは胸が温かくなった。本当に仲間に恵まれたなと痛感する。
「はい!これ以上困らせないように頑張りますね」
「マイナスをプラスにしてくれること、期待してるよ」
その言葉を最後にヴィクターは寝袋にくるまった。三分もしないうちに寝息が聞こえ、シアルは一人取り残される。夜の時間の一人はゴーストを連想するから嫌いだったが、今は頼れる仲間がいる。いつもより少しだけ不安が和らぐのを感じた。まだまだ怖いけれど。
「明日から、もっと頑張ろう。僕は強いから!」
少しだけいつもの調子を戻した声で自分を鼓舞し、シアルも翌日に備えるために寝袋へ入る。そんな彼の声が聞こえていた耳の良いルーノは、焚き火の隣で残った紅茶を飲みながら穏やかな表情を浮かべていた。弱いようで本当に強い子だな、と感心すら覚える。
「私も頑張るよ。だから頑張れ、シアル」
決して本人に伝えるつもりのない思いをそっと呟き、ルーノは長い夜を一人で過ごす。翌朝、きっとシアルは元通りの調子になっているのだろうなと確信して。




