何のために秘密にするのか
「ところで、今回の患者数はどれくらいですか?最初に症状を訴えた人っていつから症状が出ていますか?」
「今朝、私が城を出る時点で把握できていた数は300人強でした。最初の患者がいつからかは分かりかねますが、キルブラッドウォーターの発生を把握したのは今朝です」
「今朝で300以上………そんなに大勢、いったいどこで」
「王都の一角です」
「はぁ?なんだってそんなところでキルブラッドウォーターが発生すんだよ?」
「原因は調査中です」
今朝の時点で300人以上ってことはもっと増えるかもしれない。 300人ってだけでもすでに私の手におえるか不安な数なのに。メイリスの街で発生した時も180人分作るのに半日以上かかったのだから。
把握できたのが今朝でも、最初に症状を訴えた人はもっと前にいたかもしれない。メイリスの時も結果的に当初の3倍位の患者数になった。王都のどこで発生したのか何で感染したのか分からないけど、患者数はもっと増えることが予想される。
あの病は短期勝負だから私一人で薬を作っていたら間に合わない可能性がある。 確実に犠牲者が出てしまう。
「おい!?」
「魔女殿は、何をされているのですか?」
突然床に降りて、座面に紙を広げてメモを書き出した私に、キリルが驚き、使者さんは軽く不審者を見るような目をしていた。
「患者さんは増える事が予想できますし、発症から48時間以内に投薬できるかどうかが完治の鍵を握るんですけど、私ひとりだと薬が行き渡る前に間に合わずに亡くなってしまう人がいるかもしれません。お金がない人だと病になるととにかく我慢して、吐血や下血をして初めて慌てて薬屋に行く事もあるようですし」
「48時間?そうなのですか?」
「はい。発症から48時間以内に投薬できれば治る病気なんです。ただ発症とはどの時点からなのか曖昧なので、自覚症状があるなら一刻も早く投薬するのがベストで。だから、手伝ってもらいたくて薬の調薬レシピや経口補水液のレシピを書き写しているんです。経口補水液は誰でも作れますからメイドさんとかに手伝ってもらえます?薬の方も王都の魔女さんにも薬作りを手伝ってもらえませんか?」
「メイドの方は任せて下さい。薬の方も可能だと思いますが…………」
使者さんが口籠るとは。何かまずかっただろうか?それとも、魔女同士普通は協力し合わないとか?
「いえ、調薬レシピを他の魔女に渡して良いのですか?」
「え?駄目なんですか?」
「魔女が師匠から弟子へと伝授される調薬レシピは、他には絶対に漏れないようにしていると聞いた事がありますが。同じ風邪薬でも魔女によって効き目が違うのはそのせいだと。門外不出のそれらは魔女にとっては財産だから他人には絶対に言わないとか」
「へぇ。確かに調薬レシピは私にとっても財産ですね。でも、私は師匠から秘密にしなければいけないなんて聞いたことありませんけど。それよりも、助かる薬があるなら世間に広まった方が良いに決まってますよね?広まった方が苦しんでる人が減るのに、何のために秘密にするのか私には分かりません」
「………そうですか」
何故だか考え込むように返事をした後、使者さんの雰囲気が少しだけ和らいだ気がした。
「ところで、この馬車の周りにいる馬って、先に走らせることはできますか?」
「可能ですが」
「じゃあ、先に行ってこのレシピ通りに経口補水液を作ってもらえます?これは多少なら分量が違ってもそれほど問題はないので誰でも作れるし、とにかく量が必要なので早めに作り始めて貰えると助かるんですけど。あと、薬の材料が絶対足りなくなるので、誰かに採って来てもらえると助かります」
「承知しました」
暫く馬車の中で揺れと格闘しながら一枚目の紙に調薬レシピと二枚目の紙に経口補水液のレシピを書き写した。別の紙に調達して欲しい材料を書き写し、三枚の紙を使者さんに渡す。
材料の仕分けや粉末薬の梱包に使う紙をメモとして使っちゃったけど、使者さんに言えばきっと用意してくれるよね。
使者さんは走っている馬車のドアを開け、近くを走っていた兵士に指示を出してくれた。
私がレシピと材料を書いた紙を受け取った一人の兵士が馬の速度を上げ、あっという間に先へと走り去っていく。
揺れる馬車の中で書いた文字だからかなり酷い字だったけど、ちゃんと読み取ってくれることを祈る。
この世界の良いところは言語が殆どの国で共通ってところだろう。閉鎖的な少数民族以外には言葉の壁がないのだ。何も考えずにキリルについて何ヵ国も先の国まで来たけど、言葉も文字も全く不自由がなかった。言葉の不安があったらついて行くことを迷っていたかもしれない。そうなると、そもそもキリルの話す言葉が分からなかったか……。
◇
使者さんに連れてこられた場所はお城だった。
お城の中に入ると、歩いていた人が次々に壁際に寄って私の前を歩く使者さんに道を空ける。使者さんはそれを当たり前のように気にもせずに歩いていく。
前世のテレビで見た時代劇のような光景だった。 使者さんに気付くと皆がささっと端に避けて礼を取る。
ということは、この人は結構偉い人なんだね。 すれ違う人が軒並み道を空けるような人が自ら動いたって事は、それだけこの国は逼迫した状況ということだろう。
廊下を歩いていると俄かに騒がしい声が聞こえて来て声のした方を見ると、患者らしき顔色の悪い人を支えてお城の役人に何かを訴えている人達だった。
役人が指を差すと皆そちらの方に移動を始めたので、先を見ると野戦病院の様なスペースができていた。
患者は広い庭の芝生の上にシーツを敷いただけで、その上に寝かせられている。 数え切れない程の患者がいた。
「すげぇ事になってるじゃねぇか」
「酷い……早く薬を作らないと」
キリルも唖然としていた。
その後、もどかしくなる程うねうねと色んなところを曲がったり、上ったり下がったりしてたどり着いた場所は、学校の理科室の様な雰囲気で調薬に適した部屋だった。
「こちらで制作をお願いします」
「ここは?」
「数年前まで王宮専属魔女が調薬に使っていた部屋です。今は主のいない部屋ですので、ご自由にお使いください」
王宮専属魔女なんているんだ。 この部屋の主人は今はいないのか。いたら手伝って欲しかったのに。
「こちらへ向かう間に指示いただいた材料は今調達しています。経口補水液というものは、食堂でレシピ通りに作っているそうです。出来上がったものは後で確認してもらいに持って来させます。こちらの部屋にある道具は自由に使って下さい。
後ほどこちらへ人をやりますので、雑用や連絡、その他ご希望等があればご遠慮なさらずにその者らへ申し付けて下さい」
「分かりました。じゃあ早速始めます。あっ、そういえば。一応あなたの名前を伺って良いですか?」
「ダマルツィオ・アレキトリア・バルトロメオと申します。では失礼」
部屋の中を勝手に使ってる時に、事情を知らない人にいちゃもんつけられたら困るからね。名前位聞いておかないとって思ったけど、サラサラと言われた名前が予想外に長くて覚えられなかった。ダルマ的な名前だったかな。
使者さんが部屋を出て行ったので、マジックバッグから持ってきた材料を作業台の上に次々と並べていく。
何からやれば良いかをある程度は馬車の中で組み立てて来たけど、室内にある道具を見ながら頭の中でもう一度確認していく。
いきなり取り掛かるのではなく、手順の確認は効率よく作業する為に重要だ。




