20.お菓子は美味しかった
イアンが何か言う前に彼の兄、エヴィンがイアンの首根っこを掴み、部屋へと引きずり込む。
そんな二人をランタンを持っていた末の妹コリーンが笑いながら追いかけて行く。
ここは"薬師の里"と呼ばれる集落。
イアンが盗みに入った家はイアンの実家だった。
椅子に座らせられたイアンはエヴィンが席を離れた隙に何度も逃げようとするがその度コリーンがまとわり付いて逃亡に失敗していた。
そうこうしているうちにエヴィンが部屋に戻って来てイアンの前にコップを置く。これは飲み切るまで開放する気がないと悟ったイアンはさっさと飲み切ろうとコップに手を伸ばす。
「あっつ⁉︎」
あまりの熱さにバッと手を引っ込める。よく見れば、グツグツと中身のお茶が茹っていおり、当分帰す気がないと知って肩を落とす。
そんなイアンにコリーンは皿に盛られたお菓子を差し出す。
「にーに、おかし食べる?」
「いや…別にいらない」
「にーに、おかし」
「だから」
「おかし…」
しょんぼりするコリーンに気まずくなり、皿に乗ったクッキーを一枚手に取るとコリーンは嬉しそうに顔を綻ばせ、隣の椅子に座ると自分も食べ始める。
夜も遅いこんな時間に食べさせていいのかとチラリと目の前に座っている兄を見ると、叱るどころか自分も皿に手を伸ばしてお菓子を手に取ろうとしていた。
ポリポリと食べる音だけが部屋に響き渡る。
「…元気だったか」
「え、あ…まぁ」
「そうか…」
「……」
「……」
急に口を開いたかと思ったら直ぐに会話が終わる。
エヴィンは昔から口数が少なく、表情だけで会話する人間だった。大人につれて表情も変わらなくなってしまって今では何を考えているか分からない。
それに最後に会ったのは四年前、隣にいる妹のコリーンが生まれた時に強制的に帰省させられた時であった。
その際、イアンは父親と喧嘩別れをしてしまった。父はエヴィンよりも更に寡黙で、あの頃悩んでいたイアンに何も言わなかった父に盛大にキレた。
それからイアンは父はもちろん、そんな父に似た兄にも会いたくなくて居ないのを確認してから度々食糧の調達をしていた。
今日はパーティーに間に合わせる為に盗りに来たが、何時もは街に泊まりで出掛けているなど、必ず家を開けている時に行っていた。
そして今日はエヴィンは父と一緒にこの時間は集落の集まりに出て、鉢合わせする可能性があったが時間を間違えなければ出会わない筈だった。
「にーに、みてみて」
「あ?」
コリーンが見せて来たのは帰った時に無理矢理撮った家族の写真だった。
コリーンとイアンが会ったのは生まれた時だけだった。それなのにイアンを兄と呼べたのはこの写真のおかげかと納得した。
この赤ちゃんが自分だとイアンに何度も言うのを適当に聞きながら、コリーンの側からお菓子の入った皿をそっと遠ざける。流石に食べ過ぎだろと思っていたからだ。
その思いを汲んだのかエヴィンが遠ざけた皿を持って一度部屋を出る。
少しして空になった皿を持って戻って来て、コリーンの前に気付かれずに置く。
「でね、あれ⁉︎おかし無くなっちゃった?」
お菓子を取ろうとしたコリーンはまだあった筈だと不思議そうに皿を持ち上げている。
そしてイアンは目の前のエヴィンを見ないように視線を下にしている。何故なら今見ると笑う自信があったからだ。
皿に残っていたお菓子を置いて空になった皿を持って来れば良かっただけなのに、何を思ったのか食べて無くそうとしていたからだ。
だから部屋に戻って来た時、口をパンパンにしてクッキーをボリボリと食べながら戻って来た姿にギョッとし、吹き出しそうになって慌てて口を塞いで下を向いた。
今尚、クッキーを噛み砕く音が聞こえるが幸なことにコリーンは気付く様子も無い。
それがまた笑いを誘い、肩を震わせるイアンにコリーンは首を傾けながら覗き込む。
「んぐ…イアン」
「…なん、だよ…」
口に入ったクッキーを呑み込むとエヴィンがイアンを呼ぶので応えるが、笑わないようにして声が震えてしまう。
「帰って、来ないのか」
その言葉を聞いて、イアンは一瞬固まるが、のろのろと顔を上げてエヴィンを見る。真剣な顔でイアンを見るエヴィンと目が合う。
だが、イアンは直ぐ目を逸らすと飲みやすい温度になっていたコップに入ったお茶を飲み干し、何も言わず立ち上がる。
「イアン」
この場を去ろうとしたイアンを止めるように、エヴィンも立ち上がり、イアンの手を掴む。
「イアン、お前は誤解している」
「…なにが」
「父さんは」
言葉を遮るようにエヴィンの手を振り払い、睨みつける。
「父さんの話は何も聞きたくない。仮に俺が何か誤解してても、どうでも良い」
そして脳裏に浮かぶポチ達が待つあの空間を思い出す。今のイアンが帰る皆んなの待つ場所。
「俺の帰る場所はもうここじゃ…」
ガタガタと玄関の方で音が聞こえた。
その音を聞いてコリーンは玄関に向かって走って行く。父親が帰って来たと分かり、イアンは顔を青くさせた。
「ッ帰る」
「イアン」
「…行かせない気か」
「違う。これを」
そう言ってエヴィンが差し出すのは先程イアンが写し取ろうとした冊子。
イアンは意味が分からないと言うように顔を顰めて受け取る。
「これはお前用に写したやつだ。それに小屋の物も好きに持って行って良い。でも…次は玄関からちゃんと来い」
「…」
それに応える事なくイアンは小屋へと向かい、ライ麦粉を持って家から逃げる様に飛び出した。
「ご主人大丈夫ですにゃ?」
荒い息をしながら戻って来たイアンに心配そうに声をかけるタマ。そんなタマの頭を一撫でしてイアンはライ麦粉をタナカさん(夫)に任せ、ここから急いで離れるように今の帰る家に戻るのだった。
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