19.おかえり
「にゃら職業手に入れたお祝いパーティー開きましょうにゃ!」
落ち込んだアイゼの為だったのか余計な事を言ったタマにイアンは怒りをぶつけようとする前にイアン以外が喜色を浮かべた。
アイゼは先程とは一転して嬉しそうにサントとパーティーの話をしているし、タマとポチはどんなパーティーにしようか相談している。
タナカさん(夫婦)もパーティーの料理について話し合い、そんな夫婦の足元で料理のおこぼれを食べられるとコッコ達もはしゃいで羽をばたつかせていた。
この雰囲気に水を差せる事が出来ないと悟ってしまったイアンはまたこの展開かと肩を落とした。
昼食を食べ終えた二人は軽やかな足取りで帰って行くのを恨みを込めながら見送ったイアンは、勿体無いと思いながらも入り口に塩を撒いた。
それから数日パーティーに向けてタナカさん(妻)は試行錯誤をして、いつもより豪華な料理が食卓に並んでいた。
ところが、それのせいで思わぬ事態が発生してしまう。
「…カタ」
「なに?タナカさん(妻)」
「カタカタ」
「…へ?」
申し訳無さそうな顔をしたタナカさん(妻)は作業台で作業をしていたイアンに話しかけた。タナカさん(妻)の話を聞いて思わず唖然としてしまった。
料理の作り過ぎでイアン家の主食のパンの材料ライ麦粉を使い切ってしまったと言う。
何時もは計画的に使用するタナカさん(妻)がこんなミスをするとは思っていなかった為に驚きが隠せなかった。
「マジかぁ…」
しょんぼりしたタナカさん(妻)をそこまで責める事は出来ずにイアンは悩む。次にライ麦粉をとってくる予定より幾日も早く、イアン自身はそれくらいなら食べなくても最悪問題は無い。
ただ、パーティーには間に合わなくなり、せっかく料理を作るのを楽しみにしていたタナカさん(妻)は満足に作る事は出来なくなる。
イアンは作業台の片隅にあった紙を引き抜き、眺める。
「んー…二日後の夜なら行ける、か?」
少しの不安を残しながら、イアンは二日後に決行する事を決めたのだった。
◇◇◇
二日後の夜、イアンは闇に溶け込めそうな程暗い色の服を着てとある集落のある一軒の家の様子を森の方から伺っていた。
「灯りは…付いてないな」
灯りが付いてないことを確認し、遠くに離れたタナカさん(夫)とタマに合図を送る。
今からイアンは一人で家へと近付き、盗みに入るのだ。
荷物持ちで着いて来たタナカさん(夫)とタマは集落を囲うように魔物が近付くと警報音を立てる札が配置されて近づけない為、遠くから見守っている。
イアンは壁伝いに足音を立てないように家に隣接した物置小屋の入り口に手を伸ばし、扉を引くと何の抵抗も無く扉から開く。
「(やっぱり鍵がかかってない。相変わらず不用心だな)」
辺りを確認しつつ、イアンは小屋の中に侵入した。
何度も侵入しているので既にイアンの頭には小屋の間取りは記録されている。この小屋には道具の他に食糧も備蓄されており、イアンの目的のライ麦粉もここに保管されていた。
イアンの畑でもライ麦を植えてはいるが規模は小さく、薬の調合で使えないかと実験用にしか栽培していなかった。
その為、食糧用はこうして盗りに行く事にしていた。少し見渡せば直ぐにライ麦粉が入った袋を発見する。
「(お、あった。それにしても…未だに俺に盗られてる事気付いていないのか?)」
何度もこの家に盗りに入っても鍵をしっかり掛けている事も無く、しかも置き場所を変えるという事さえしていなかった。それどころか来る度に前よりいろんな物が置かれている気がしていた。
自分には都合が良いかと思いながら、ライ麦粉の入った袋を持とうとする。
「あ」
思わず漏れた声に慌てて口を押さえつつ、視界に入った机の側により、机に上がっていた冊子に手を伸ばす。
冊子をめくると日付順に薬の調合の内容が書かれており、最後のページを見るとつい最近の日付で薬の調合内容が新たに書き足されていた。
「(これって…黒皮病の新しい薬の調合の方法か⁉︎)」
イアンは座り込むと懐から紙とペンを取り出しその内容を窓から差し込む月明かりを頼りに写し出す。
イアンは薬師の家に生まれてながら薬師になることはなかった。それでも薬を作る事には興味があり続けていた。
ただ自分では新しい薬の製法を思い付けず、だからこんなチャンスがあるとつい他の事が頭から抜けて写す事に手一杯になってしまう。
「あー…暗い、見えにくい」
時々雲に隠れる月に思うように書けない事にイライラしていると急に明るくなり、手元が見えやすくなった。
「明るい?」
「あぁ、ありが、と…」
書きやすくなった事に感謝を口にするが、不味い事態に気付き、一瞬で気持ちが飢える。今、自分以外の声を聞いた。しかも、視界の片隅にランタンが見える。
つまり、誰かがイアンの手元をランタンで照らしていると言う事だ。
恐る恐る顔を上げると小さな女の子が両手でランタンを持ってイアンを見ていた。
「…ッ!」
イアンは写し途中の紙を思わず握りしめ、慌てて立ち上がると出口に向かって逃げ出す。
ところが、何かにぶつかり尻餅をつく。先程ほどまでなにも無かった所に急に現れた壁になんだと額を押さえながら見ると、その瞬間イアンは石のように固まってしまった。
イアンの脳裏には二日前に見た紙を思い出す。確かに確認をした。今目の前でイアンの逃げ道を防ぐ壁となった人が今日のこの日、この時間はいない事を。だから今日盗みに入った筈なのに。
「…あに、き…」
「おかえり、イアン」
目の前に居たのは少し呆れたような顔をしたイアンの兄だった。




