小話:夜毎の祈り
「ヴェーグの近くでは寝れぬ」
深夜、ぐっすりと寝ていた私の部屋にラーテムがやってきた。
幼い子供の様に私の上にダイブしてきたものだから、驚きでぱちりと目を開ければ、不満げというよりは報告程度のトーンでラーテムは言った。
ヴェーグの近くだと寝れない
二人の部屋は隣同士だ。
仲が悪いというには二人の関係は複雑で、仲が良いというにはちょっとぎこちない。
それでも、うまい事互いの事を視界の端にとらえつつ一緒に過ごしている二人。
「今日もかぁー。」
実は何度目かの深夜の来訪。
気持ちよく寝ていたところを起こされた私としては、多少困った声が出るのは許して欲しい。
とはいえ、心底迷惑とまでは思っていない。
私はよっこいせ。と、体を起こしてベッドを出た。
「月も出てるし、散歩に行こうか。」
「もうすぐ薔薇が咲くと庭師の者が言っていた。」
「じゃあ薔薇園に行ってみよう。」
念のため寒くないように上着を着て、ラーテムの体にもストールを巻いてずり落ちないように縛る。
ラーテムは大人しくされるがままになっていて、いつもこのくらい大人しければいいのにと思わなくもない。
ラーテムの手を取ると、子供サイズの手が私の手の平に収まる。
「二人ともここの生活に慣れてきたし、お部屋変えてみる?」
「それはいらぬ。」
深夜に何度もやってくる割に、ヴェーグのそばから部屋を変えようか?という提案には首を縦に振ったことはない。
それでも毎回言うのだ。
『ヴェーグの近くでは寝れぬ』
正直、原因がさっぱわからん。
わかる。わかるよ。いってる言葉の意味は分かる。
でも、何がどうしてそうなのかが、なーんにも言葉に乗ってない。
「なんで近くだと寝れないのか、そろそろ教えて欲しいんだけどぉー」
こうして夜中に付き合わされているんだから、教えてくれてもいいと思う。という気持ちを込めて言うと、ラーテムは唇にきゅっと力を入れた。
それ以外の変化はないけれど、言いたくないってことなんだろうな。
眠れない子供にあまりしつこく聞くのも心苦しい訳で。
私はそれ以上追及することはやめて月夜に照らされる庭を見る。
やってきた薔薇園は、まだ満開とはいかないものの、そこここに薔薇が咲き始めておりとっても綺麗だ。
タイミングよく強い風が吹き、ふわりと花びらが舞った。
明るい月の光で陰影が強く浮き上がり、神秘的な絵画のようだ。
さすがはゲームの世界。
「きれいだね。」
ラーテムに声をかけると、とても小さくか細い声で「あぁ…」と、返ってきた。
その声がどこか震えているようにも聞こえて、泣いているのだろうかと心配になった。
けれど、ラーテムは神様だ。
もし泣いているのだとしたら、そんな姿は見られたくないかもしれない。
握った手を少しだけきゅっと握ると、ラーテムもきゅっとし返してくれた。
「本当は…眠れなくとも隣にいるべきなのだ。」
声は震えたまま、今まで話してくれなかった事をラーテムはぽつりぽつりと声に出し始めた。
私は、相槌などはうたずに、ただその声を聞くことにした。
なんとなく、本当は誰にも告げたくない事なんだろうなと思ったから。
「ヴェーグに押し付けた業は、常にヴェーグへ降り注ぐ。夜闇の時間くらい、安らかに寝れる様、隣にいるべきなのだ。」
言葉の真意は分からないけど、夜の間ずっとラーテムは眠れていないという事なのだろうか。
心配になり、ラーテムを見ると、その頬はぬれてはいなかった。
ただ、ぼんやりと美しい光景を見つめている。
「この庭のような美しく輝かしく優しく心楽しいものばかりを集め続けるのが我の性質。ヴェーグはその逆だ。」
二人が形を持った時に私も知った理を、今のラーテムはどこか自罰的に言葉にしている気がする。
「夜の夢くらいは解放し、快いものをと思うのは我の勝手であるが、結局はこうして時折逃げてしまう。あれが業の凝りであることは必然であるというのに…日に日にその事実を耐えがたいと…」
すがるようにラーテムの手に力がこもる。
「人の子と生活を共にするうち、我が身の内に集まる『幸せ』や、それに繋がる人の心の在り様が鮮明になるのだ。誰かを大切にし、優先し、心配し、心砕く在り様が。それらが我に示すのだ。ヴェーグは我ではない。そして、我が犠牲にした残滓だと。」
段々と重くなっていく『寝れない』の真意に、いよいよ声も出せず私は身を固くしてラーテムの言葉を心に刻む。
身じろぎ一つ、することもいけない事のように感じて。
「どこにいても、我が世界は美しく優しい。夜中の庭ですらそうなのだ。」
心がぎゅっとなる。
たまたま風が吹いただけ。
たまたま月の光が明るかっただけ。
たまたま薔薇が咲き始めてていただけ。
けれども、この庭の美しさが今のラーテムには強く後ろめたさを感じさせるものになったんだ。
ラーテムが少しずつ人の心を理解することで、自分に集まるたくさんの善の気持ちがラーテムの心を揺さぶっている。
これは私のせいなんだろうか。
人間の子供の様に二人を育てようとしている私と、神様として一線引いている神殿の人々。
その違いが、ラーテムにそんな気持ちを抱かせてしまっているんだろうか。
そんなことを考えていたら、ラーテムが私を見上げた。
「人の子、我の持つ全ては我のみのもの。己が一端を担えると思うな。」
たまに見せる老成したような優しい苦笑。
私の方がラーテムの面倒を見ているはずなのに、時折ラーテムに見守られてるように思うのはこの顔のせいだろう。
「こうして逃げてしまう己の不甲斐なさを、世界に突きつけられるとはな。」
からりと笑い、ラーテムは歩を進め、私の手を引く。
「そ、それでもっ。」
固まっていたせいでぎこちない足を何とか転ばないように動かしながら、私はラーテムに向かって言葉を発した。
「それでも、たまには美しい夜を楽しんで欲しいよ。私は」
知らない所で毎夜毎夜辛い夜を過ごしていたのだと思うと、心が痛い。
ヴェーグに押し付けた業だというけれど、私も当初はラーテムに勝手だと怒ったけれど、でも、そもそもラーテムだって自分で自分を生み出したわけじゃないわけで。
ヴェーグも、ラーテムも、この世の理によって生まれてしまうわけで。
苦しいものを全部背負わなくてはいけないなんて、辛すぎる。
「だって、ここは、ヴェーグもラーテムも、どっちの事も癒す場所のはずでしょ?」
「……!」
ラーテムが珍しく無防備な顔で私を振り返った。
「二人の心が安らかであるようにって、私も思ってる。だって、この世界の人の魂は全部二人に戻るんでしょう?二人が幸せであることは、この世界の全ての人の死の先の幸福を示してるって事でしょう?」
「……そうか……」
ラーテムが泣きそうにも見える顔でくしゃりと笑う。
「そうか。」
その後ゆっくりと庭園を周って私たちは部屋に戻った。
今日くらい、残りの時間私の部屋に居たら?と誘ったが、ラーテムは首を振って部屋へと戻っていった。
ヴェーグの眠りを安らかなものにするために。
「二人の夜が安らかなものでありますように」
そう祈ることが、その日から私の寝る前の日課になった。
自分の世界に還りたいけど、やっぱり今はまだ、ここで二人を見守っていたい。
そんな風に思ってしまううちは、家に帰れないのだなぁと、苦笑した。




