表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王冠の亡命――八百日の建国戦争  作者: シルヴァン・レーデル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/155

第六十話 選んだ標的



 セーレ岬の戦闘から十二時間後、統合参謀委員会へ三つの報復案が提出された。


 第一案。


 カレングラード軍港、航空基地、鉄道操車場、発電所を含む大規模巡航ミサイル攻撃。


 第二案。


 帝国本土西部の長距離航空基地へ戦略爆撃。


 第三案。


 攻撃を延期し、セーレ岬の防御だけを強化。


 どれも分かりやすかった。


 分かりやすい案は、怒っている会議で支持を集める。


「五人死んだ」


 北方三国の将校が言った。


「弾道ミサイルも撃たれた。まだ限定だ、手順だと言うのですか」


「だから言う」


 ペトレンコは答えた。


「五人の死を、発電所を壊す理由へ使わないでください」


「敵の軍港へ電力を送っている」


「病院と給水ポンプにも送っています」


「戦争です」


「その一語で目標分析を終えるなら、参謀は要りません」


 彼女の左腕はまだ吊られている。


 声は低い。


 怒鳴らない分だけ、机の上の三案が粗く見えた。


「第三案なら、また撃たれます」


 別の将校が言う。


「その通りです」


「では第一案しかない」


「四案目を作ります」


 ペトレンコは白紙を引いた。


     *


 公国が持つ情報は、四日前より増えていた。


 《ストリボグ》の積荷記録。


 RQ-4Dの合成開口レーダー画像。


 Su-24MPが採った電波情報。


 無人潜航体の記憶装置。


 ニェドフの鉄道帳簿。


 セーレ岬で鹵獲したパンツィリ-S1の航法データ。


 一つでは足りない情報が、重ねると道になった。


 帝国第十二独立ミサイル旅団は、カレングラード市街へ常駐していない。


 発射後、東部の林へ散開。


 再装填車は旧石灰採掘場へ入る。


 燃料と弾頭の中継は、廃止された軍用飛行場の航空機バンカー三棟。


 防空指揮は、市街地北の学校跡ではなく、南部軍管区前進司令部の地下通信壕。


 午前三時二十分から四十分の間だけ、再装填車がバンカー外へ出る。


 周辺道路は軍が封鎖し、民間車両は通らない。


「標的を五つに限定します」


 ソフィアが地図へ印を置いた。


「一、旧軍用飛行場の航空機バンカー三棟」


「二、ミサイル燃料・温度管理コンプレックス」


「三、弾薬庫二棟」


「四、残存防空組織の射撃管制所」


「五、南部軍管区前進司令部本部」


「滑走路は?」


「廃止済み。爆撃不要」


「発電所」


「除外」


「鉄道操車場」


「民間貨物と混在。除外」


「軍港」


「今回の弾道攻撃との指揮関係を確認できません」


 標的を減らすたび、派手さは失われる。


 代わりに、何を止めたいのかがはっきりする。


 帝国の都市を罰するのではない。


 次の弾道ミサイルを、発射できなくする。


 損害予測班は、各標的へ数字を付けた。


 航空機バンカー。夜勤要員推定十二から二十。


 燃料コンプレックス。軍人十四、民間技術者九。


 弾薬庫。夜間無人の可能性が高い。ただし警備員四。


 前進司令部。軍人七十から百二十。


「司令部の死傷を減らせるか」


 ヴォロディミルが聞く。


「通信能力だけを狙うなら、主棟ではなく通信棟とアンテナ中継室です」


「司令官は」


「残ります」


「また命令を出す」


「回線を再構成すれば」


 殺せる指揮官を殺さないのは、将来の脅威を残す。


 だが、地下主棟へ大型貫通弾を使えば、清掃員と通信技術者を含む百人単位が死ぬ。


「通信棟だけにする」


 ヴォロディミルは決めた。


「人間より、命令が届く速さを殺せ」


 ペトレンコはその言い方を記録へは使わず、《指揮通信能力の一時無力化》と書いた。


 激情は台詞に残る。


 命令書には目的だけを残す。


     *


 攻撃案《石灰窯》は、四波で組まれた。


 第一波。


 EA-18GグラウラーとSu-24MPによる電子戦。グラウラーのAGM-88Eと、F-16CJのAGM-88Cが残存射撃管制を抑える。


 第二波。


 地上発進のラファールB四機がSCALP-EGを八発。航空機バンカーと地下通信壕。


 第三波。


 B-1B二機が公海上空からAGM-158B《JASSM-ER》を十二発。燃料コンプレックス、弾薬庫、再装填車集積地。


 第四波。


 RQ-4Dと有人偵察機による戦果確認。再攻撃は共同指揮官の許可制。


 Tu-160とKh-101を使う案もあった。


 射程は十分。弾数も積める。


 シェレメートは外した。


「多すぎるんだよね〜」


 彼女は目標表を見ながら言った。


「白鳥を飛ばすと、使いたくなる。積んだ分だけ撃ちたくなるのが人間だから〜」


「元帥らしくない慎重さですね」


 参謀が言う。


「撃つのが好きな人ほど、撃たない仕組みが要るんだよ〜」


 軽い口調の奥に、五つの空席があった。


     *


 ヴォロディミルは最終承認欄を見た。


 攻撃時刻、午前三時二十六分。


 時刻を決めたのは敵警戒の薄さより、民間清掃員の退域だった。ニェドフの帳簿と抵抗組織の観測で、夜勤交代後のバスが区域を出る時刻は三時十二分と確認されている。


 十四分待つ。


 待つ間に敵が再装填を終える可能性は上がる。


「三時二十六分で」


 ヴォロディミルは言った。


「軍事的には三時十八分が最適です」


「民間人が残る」


「八分で、発射機が二両移動する可能性があります」


「逃がせ」


 彼は署名した。


「発射機二両より、次も時刻を教えてくれる人間を守る」


 愛情ではない。


 慈善でもない。


 人を守ることが、長い戦争では情報網を守ることになる。倫理と実利は、時々同じ方向を向く。


 向かない日にも、どちらを選んだかは残る。


     *


 午前三時十二分。


 白い清掃員バスが旧飛行場の門を出た。


 抵抗組織の観測員が一度だけ携帯端末を点灯し、暗号化された一文字を送る。


 《出》


 午前三時二十六分。


 グラウラーが妨害を開始した。


 先のSEADで損傷したSu-24MP一機は、まだ修理中だった。残る二機が低空を飛び、右席の電子戦士官が残存レーダーの周波数を拾う。海岸の地形へ妨害電波を滑らせた。


 帝国の射撃管制所が起動した。


『ワイルド一、マグナム』


 AGM-88Eが上がる。


 射撃管制所は十八秒で停波。車両が移動を始める。AARGMは最後の位置へ入り、ミリ波レーダーで車体を捉えた。


 爆発。


 アンテナが横倒しになり、防空画面から南西区画が消える。


 その穴へ、八発のSCALP-EGが入った。


 巡航ミサイルは地形照合で高度を下げ、石灰採掘場の縁を回る。


 一発目が航空機バンカーの扉へ命中した。


 貫通弾頭が厚い鉄筋コンクリートを抜き、内部で遅延起爆する。扉が外へ膨らみ、数十トンのコンクリート片が滑走路跡へ落ちた。


 二発目は隣のバンカー。


 三発目は地下通信壕の換気塔へ入り、換気シャフトを潰してアンテナ中継室を破壊した。地表の建物は爆風で窓を失ったが、構造体は残った。


 四発目は第三バンカーの正面扉。


 五発目と六発目は、第一・第二バンカーの後部搬入口を塞いだ。


 七発目は地下通信壕の外部電源棟、八発目は幹線ケーブルの引込口へ入った。


 同じ施設へ二方向から打ち込んだのは、建物を崩すためではない。正面扉だけを塞いで、内部の再装填車を後部から逃がさないためだった。


 帝国指揮所の照明が消えた。


 非常電源へ切り替わる。


 電話交換機は生きている。


 外部回線がない。


 司令官が命令を叫んでも、旅団へ届かない。


 次にJASSM-ERが来た。


 燃料コンプレックスの外周タンクではなく、ポンプ棟と温度管理棟へ二発。配管が裂け、燃料が防油堤内へ流れる。火災は起きたが、堤外へ広がらない。


 弾薬庫二棟へ四発。


 最初の爆発で屋根が持ち上がり、二次爆発が内部を走る。防爆土塁が横への衝撃を止め、火柱だけが夜空へ上がる。


 再装填車集積地には二発。


 発射機二両はすでに林へ出ていた。


 残った輸送装填車三両と、誘導装置コンテナが破壊された。


 残る二発は、第三バンカーの後部搬入口と脇の機材搬出路へ入った。SCALP-EGが正面を塞ぎ、JASSM-ERが裏口を潰した。


 南部軍管区前進司令部本部へ最後の二発。


 一発は迎撃され、破片が無人の駐車場へ落ちた。


 もう一発が通信棟を貫通する。窓が外へ吹き飛び、屋上アンテナが折れた。


 建物全体は崩れない。


 司令部は生きている。


 指揮能力だけが、少なくとも数時間失われた。


     *


 午前三時四十八分。


 第一波終了。


 RQ-4Dが赤外線画像を送る。


 航空機バンカー三棟中、二棟大破、一棟入口閉塞。


 燃料・温度管理コンプレックス停止。


 弾薬庫二棟炎上。


 射撃管制所一基停止。


 南部軍管区前進司令部、外部通信断。


 再装填車三両破壊。発射機二両は逃走。


 攻撃側の機体損失なし。グラウラー一機が妨害装置の過熱で任務後半を中止した。


 民間被害は未確認。清掃員バスの区域外退避を抵抗組織が確認。


「再攻撃を」


 航空作戦班が言った。


「逃げた発射機二両を追えます」


 シェレメートは画像を見た。


 発射機は林道を北へ向かい、小さな町の方向へ入っている。


「追わないよ〜」


「次を撃たれます」


「再装填車は壊した。今すぐは撃てない~。町へ入った車両を夜間に追えば、誰を一緒に焼くか分からない〜」


「作戦目標は達成と?」


「限定的にね〜。その言葉を消したら怒るよ〜」


 戦果報告へ《限定的達成》と入った。


 勝利宣言は出さない。


 帝国の都市は停電していない。


 港も動いている。


 ただ、昨夜アーレン島を撃った旅団は、次の一斉射撃に必要な目と手と弾薬を失った。


     *


 カレングラード地下司令部で、ヴェリチコ大佐は途切れた回線を見ていた。


 防空連隊の残存車両はある。


 ミサイルも残る。


 だが、敵は軍港も発電所も撃たなかった。


 自分たちが昨日使った発射系統だけを切り取った。


「西方連合の作戦ですか」


 副官が聞く。


 ヴェリチコは首を振った。


「違う」


「なぜ分かるのです」


「西方なら、もっと多く撃つ。帝国なら、都市ごと罰する」


 彼は割れていない新しいカップへ、角砂糖を一つだけ入れた。


「これは公国だ。あいつらめ、ようやく撃つ場所を選び始めた」


     *


 午前四時。


 ヴォロディミルは作戦終了報告へ署名した。


 二度目の補給を届かせた日、公国は維持できる戦線を得た。


 今夜、初めて戦場と時刻と標的を自分たちで選んだ。


 力とは、壊せる範囲の広さではない。


 壊せるものの中から、必要なものだけを選び、そこで止まれることだった。


 帝国は、その夜初めて公国を小国とは呼ばなかった。


 内部作戦報告には、別の語が記された。


 ――敵作戦主体。


 作戦室の人間が席を立ち始めたころ、マゼパが薄い契約書を一冊置いた。


 戦果報告ではなかった。


 M60A3、一両全損。


 Bergepanzer 2、車体下部と牽引装置を損傷。


 一二五ミリ榴弾、十四発。


 一〇五ミリ発煙弾、十一発。


 軽油、作動油、履帯ピン、牽引索二本。


 負傷者三名。


 死亡者一名。


 オレク・ダニルチュクの遺族補償と、二人の子供の教育費積立が、失った戦車の査定額より先に記載されていた。


「会社の戦果は」


 ボンダレンコが聞いた。


「道路一本、回収車両二両、予定どおり届いた燃料です」


「控えめですね」


「勝ったのは軍です」


 マゼパは死亡者欄へ指を置いた。


「会社に残ったのは請求書と、戻らない社員の名簿ですよ」


 ボンダレンコは補償額を見た。


「この教育費は契約にありません」


「だから会社負担です」


「削れば利益が増えます」


「名簿を数字に変えれば、次に乗る人間がいなくなる」


 ボンダレンコは請求書へ承認印を押した。教育費の欄には押さない。


 そこは軍が買う損失ではなく、会社が引き受ける責任だった。


 ヘーチマン社は戦争を商売として扱った。


 雇った人間まで消耗品として扱うほど、計算が下手ではなかった。


     *


 作戦終了後、ヴォロディミルは執務室へ戻らなかった。


 病院の屋上へ上がった。


 ペトレンコが後から来る。左腕の吊り帯はまだ外せない。


「逃げた発射機が二両あります」


「知っている」


「明日、撃たれるかもしれません」


「知っている」


「それでも止めた」


「止められた」


 止まれることへ安堵している自分がいた。


 それを誇っていいのか、ヴォロディミルには分からない。


 ペトレンコが右手を差し出す。


「帰りましょう」


「どこへ」


「同じ部屋です。新婚旅行より近い」


「砲兵観測所ではない?」


「今夜は」


 二人は手を繋いだ。


 空の東側が、わずかに白み始めている。


 夜明けは勝利を保証しない。


 ただ、撃つ時刻を自分で選んだ国へ、次に止まる時刻も選ばせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ