第十五話 帰る 三
三 帰る
翌朝。
リュウは荷物をまとめていた。
着替え。
銭。
酒。
干し肉。
「何をしているのです」
ハクヨウが入ってきた。
「帰る」
「今日ですか」
「昨日帰れるってなっただろ」
「なりましたが」
「じゃあ今日でいいだろ」
ハクヨウが荷物を見る。
「引き継ぎがあります」
「昨日した」
「皇帝の引き継ぎはしました」
「あとは?」
「あなたにしか分からないことが」
「ないだろ」
ハクヨウが黙った。
少し考えた。
「……あまりありませんね」
「ほら」
「嬉しそうに言わないでください」
リュウは干し肉を入れた。
もう一つ入れた。
*
昼前には、門の前にいた。
大きな行列はなかった。
いらないと言ったからである。
レイカが荷車の荷を確認している。
ハクヨウ。
シエン。
ガク。
バンもいた。
「みんな来たら国どうするの」
「見送りです」
ハクヨウが言った。
「ああ」
「帰ってくるんだ」
「仕事がありますので」
「そうだよな」
リュウは少し安心した。
バンを見る。
「お前も帰るの?」
「ああ」
「治安は?」
「後のやつに渡した」
「大丈夫なの?」
「俺がいなくても動くようにしたんだろ」
リュウは少し考えた。
「そうだった」
「お前が忘れるな」
「大臣やめたの?」
「大臣はな」
「じゃあ何するの」
「町の見回り」
「どこの?」
「俺たちの町だよ」
「ああ、そうだった」
「それも忘れるな」
リュウは門の外へ向いた。
振り返る。
遠くに宮殿が見えた。
その奥に、皇帝の印がある。
天下から集まる紐が見えた。
人から人へ。
人から役目へ。
役目から、また人へ。
新しく集まる力の多くは、もうリュウを通っていなかった。
「ちゃんと動いてるな」
「何がです」
ハクヨウが聞いた。
「国」
「動いています」
「よかった」
リュウは歩き出した。
数歩進んで。
止まった。
「何?」
レイカが聞いた。
「いや」
細い紐が、まだ何本も残っていた。
シエンとガクも見ていた。
「皇帝じゃないのに」
「当たり前だろ」
バンが言った。
リュウは一本へ手を伸ばしかけた。
「何してるの」
レイカが聞く。
「いや」
手を下ろした。
「いいや」
紐は、そのまま残った。
「帰ろう」
今度は、誰も止めなかった。
*
故郷へ戻った。
家はまだあった。
道も。
酒屋も。
昔より家は増えていた。
知らない顔も増えていた。
知っている顔は、少し老けていた。
道端にいた老人が、リュウを見た。
「おかえり」
「ただいま」
それだけだった。
家へ入った。
荷物を置いた。
座った。
「何するの」
レイカが聞いた。
「今日は何もしない」
「明日は?」
「明日考える」
天下を取った翌日より、ずいぶん暇だった。
*
数日後。
ハクヨウが来た。
「この地方の税について確認が」
「俺に聞かないで」
「確認だけです」
「新しい皇帝に聞いて」
「もう確認しました」
「じゃあ何しに来たの」
「ついでです」
「何の?」
ハクヨウは答えなかった。
シエンも来た。
ガクも来た。
仕事を持ってくることもあった。
何も持たずに来ることもあった。
バンは見回りの途中で勝手に寄った。
昔とあまり変わらなかった。
*
ある朝。
「今日は畑を手伝って」
レイカが言った。
「分かった」
リュウはすぐに家を出た。
レイカは少し驚いた。
最近では珍しいことであった。
昼になった。
畑にリュウはいなかった。
「来てないけど」
畑の男が言った。
「朝、出たわよ」
「見てないな」
レイカはしばらく黙った。
ちょうど見回りをしていたバンを見つけた。
「リュウ見なかった?」
「見てない」
「探すの手伝って」
「俺は町の治安を守ってるんだぞ」
「行方不明者」
「あいつは行方不明じゃねえだろ」
「じゃあ、さぼってる人」
「もっと俺の仕事じゃねえ」
「裏山だと思う」
「場所分かってるじゃねえか」
結局、一緒に行った。
すぐ見つかった。
木陰。
子供が三人寝ていた。
その真ん中に、リュウも寝ている。
腹の上には、食べかけの干し肉があった。
「いた」
レイカが言った。
「いたな」
バンが答えた。
リュウが目を開ける。
「あ」
「あ、じゃない」
「畑は?」
リュウは少し考えた。
「行く途中だった」
「ここ、反対側だぞ」
バンが言った。
「そうだっけ」
一人の子供が寝返りを打った。
リュウの袖をつかむ。
もう一人は、足を枕にしていた。
細い紐が何本か見えた。
子供たちから。
木の向こうから。
村のほうから。
天下を動かすほどのものではない。
皇帝の印へ集まる無数の紐とは、比べものにならなかった。
リュウはそれを見た。
何もしなかった。
「あと少し寝ていい?」
「畑」
「午後から行く」
「昨日もそう言った」
「昨日は畑頼まれてない」
「そういう話じゃない」
リュウはまた目を閉じた。
「おい」
バンが足を蹴った。
「子供起きるだろ」
「お前が起きろ」
天下を取った男は、もう一度寝た。
皇帝には向いていない男であった。
それは最初から分かっていたことである。




