救われた世界と世界愛の具現 第ニ章もう一つの世界2
一琉が――いや、影治が、光に気持ちをぶつけてから、光は学校に来ないで、一人で考え続けた。
影治を義之や清二が睨んできたり、影治に女子が家を訪ねてあげたらと言ってきたりしたが、光がかなり真剣に考えてくれているのがわかったので、家を訪ねることはしなかった。
光が考えるのを邪魔したくなかったのだ。
そもそも、影治は、光の家を知らない。
ただ、出身の中学は知っているので、その辺だろうというくらいなのだ。
まあ、世界渡りの覇王の方の影治は知っているのかもしれないが……。
そう考えると、また不安が押し寄せてくる。
一琉が言ったことは、本質的に言ってしまうと、自分を一琉影治として見てくれという意味だったはずだ。
少なくとも、影治はそのつもりだ。
自分を、世界渡りの覇王とは別の人間だとしても、一人の一琉影治だから、自分のやったことは少なくとも自分がやったこととしてみて欲しい。
たとえ、世界渡りの覇王と同じ人間だとしても、それならそれとして自分を好きになってほしい。
かなり矛盾した考えだった。
実際、影治自身が考えていてわけがわからなくなっていた。
それでも、無理やり考えるなら、多くの人が、影治は世界渡りの覇王とは別人だと考えるのだろう。
でも、影治はどちらかというと、自分が世界渡りの覇王と同じ人間だと思っていた。
どこかで繋がっているのだ。
だから、世界渡りの覇王がいない間、自分は空虚で、記憶がどこかに行ってしまっていると感じたし、世界渡りの覇王の孤独も感じた。
影治はわかっている。
世界渡りの覇王は、ただ寂しかったのだ。
世界を渡って旅をするのだから――つまり、自分が違う世界に行くのだから、元の世界の人も、自分が旅した世界の人も、また同じ世界を救いに来ないと、会えることなどほとんどない。
そして、一度救われた世界が再び救いを必要とすることなどあるのだろうか?
もし、それがあったとしたら、その世界はまだ完全には救われていなかった――救われている途中だったのだろう?
だが、一度の解決だけで、問題がそれから出てこない世界なんてありうるのだろうか?
そう考えるとしたら、世界は永遠に救われないのかもしれない。
世界渡りの覇王がどれだけの世界を旅したのかは知らないが、世界を旅して回っているのに、こんなに早く戻ってくるということは、よっぽど寂しかったか、その孤独すぎる真理に辿りついたか、あるいはその両方か。
そうか、世界渡りの覇王が救いを与えて完全には救われていない世界から戻ってきた理由を考えてわかった。
世界を特定の誰かの手で救い続けるなんてキリがない上に、世界が自分で救われる力を失ってしまう。
だから、発展すれば、救われる救い――ヒントと材料だけ与えて、あとは世界が自分でそれを発展させて救われる。
そうしようとしたんだ。
だけど、殺し屋の意識の世界はこの世界と少なからず関わりがある。
だから、救われる材料としても繋げる。
一琉のことは――いや、自分に近しい人のことは考えずに世界を救う。
いや、きっと考えてはいるのだろう。
なぜなら、その人も世界の一部なのだから……。
でも、周りはそれに気付かない。
世界を救うのは、何よりもその人を救いたいという意志の現れだというのに……。
だが、他の世界もそうなのか。
そう考えた時、一琉は思った。
もしかして、世界渡りの覇王は、この世界と関係がある世界だけ救って、自分に近しい人の安全を確保することだけ考えて戻ってきたのではないだろうか。
なら、世界渡りの覇王は光ちゃんを――
そこまで考えて、不思議に思ったことが二つ。
いや、一つはすぐに答えがわかり、確信を得た。
そこまで光ちゃんを想う世界渡りの覇王を知って、一琉が世界渡りの覇王に負けたと思わないのはなぜか。
やはり一琉は世界渡りの覇王と繋がっているのだろう。
自分自身なのだから自分に負けたなんて、矛盾は思いつかない。
そうか、一琉は世界渡りの覇王も一琉なのに、一琉達を別の人間として考え、好きなのは世界渡りの覇王だけだと思っているであろう光ちゃんに腹を立てたのだ。
だとしたら、光ちゃんは何を悩んでいるのだろう?
一琉の言葉を考えれば――
いや、わかりづらすぎるか。
俺だって影治(世界渡りの覇王)で、一人の人間(という寂しさを当たり前のように感じる存在)なんだよ。
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光は学校に行かずに部屋に引きこもっていた。
ただ必死に世界渡りの覇王を理解しようとしていた。
いや――影治を理解しようとしていた。
世界渡りの覇王だけではない。
この世界に残されている影治のことも――だ。
最初は世界渡りの覇王のことばかり考えて、この世界の影治のことを見ていなかった。
だからこそ、この世界の影治の言葉は響いた。
そして、少し間違っている考え方かもしれないが、この世界の影治も世界渡りの覇王の一部なのではないかと思い始めたのだ。
つまり、悪く言えば、この世界の影治を利用して、世界渡りの覇王を理解しようとした。
それは少し酷いことだろう?
光はこの世界の影治を見ていないということなのだから……。
そう思った時、光は自己嫌悪に陥った。
実のところ、その自己嫌悪の時間が光が引きこもる時間の大半を占めた。
この世界の影治にあわせる顔がない。
だが、光は、周りの人のメールなどに励まされて少しずつ自分を許していった。
メールを見ないという選択肢はなかった。
この世界の影治からもメールがきていて、無視してしまったら、ますますあわせる顔がない。
そこまで考えて、光は世界渡りの覇王ほどではないが、この世界の影治のことも好きだということに思い至った。
それは、世界渡りの覇王が旅立ってからの影治がしてきたことの積み重ねだ。
この世界の影治が望んだ通り、光はこの世界の影治がしてきたことを、きちんとこの世界の影治がしてきたことと認識した。
それでも、光は、この世界の影治を世界渡りの覇王の一部であるとは思っていた。
だが、今までとは少しだけ違った。
この世界の影治も影治だと思った。
一部という表現が少しおかしいのかもしれない。
つまり、少し違うが、リンクした本来の世界のように、一琉影治――つまり考え方も経験も影治だが、自我は別だというような解釈だ。
別人だとは考えなかった。
そして、光は知らないが、影治もそう思ってもらうことを望んでいた。
そして、光がそこまで考えた時には、もうわかっていた。
光は答えに辿りついたらしく、世界渡りの覇王への行動を起こすことも考えて、影治は部室に来て欲しいと言われた。
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「影治くん、影治くんに言われたことをなかったことにするわけじゃない。
きちんと、考えた上で、まずは世界渡りの覇王を止めたいの。
だから、一緒にリンクした本来の世界に渡って欲しいの」
「うん、いいよ」
一琉は、その言葉に何の問いも返さず頷いた。
「えっ? 影治くんの言葉に対しての答えは聞かないの?」
そう、それは聞かない。
だって――
「影治くんと呼んでくれた。今はそれだけでいいよ。あとは世界渡りの覇王をなんとかしてからにしよう」
「っ……、うん、ありがとう。そうしてくれる?
答えは全てが終わった後に――ううん、多分、もう影治くんにもわかっているんだと思う。
私はあなたも影治くんと呼ぶ。それが、全てが終わった後に、私の答えを照らしてくれる。
行こう。あなたを救いに」
その言葉を聞いた瞬間、一琉は涙が止まらなくなった。
ああ、光ちゃんは全てを理解してくれている。
そして、世界渡りの覇王は、ある意味、もう救われた。
誰よりも世界を救おうとして、誰よりも何かや誰かを理解しようとする俺達は、誰よりも、救われることと理解されることが必要だったのだ。




