救われた世界と世界愛の具現 第二章 もう一つの世界1
「光ちゃん、約束を覚えている?」
「……」
世界渡りの覇王が去った後、一琉は光に問うが、返事がない。
世界渡りの覇王の言葉を聞いてから、光は様子がおかしい。
「光?」
どさくさまぎれに呼び捨てにしてみる。
「えっ、あっ、なに? 一琉くん?」
「えっ、あっ、えっと、約束を覚えている?」
光はこんな時に限って、返答する。
一琉は、もしかして、呼び捨てにしたのがよかったのかと思う。
「ああ、うん、覚えているよ。一琉くんに詳しい話を教えるんだよね?」
「そうだけど……」
「だけど?」
「なんか動揺してない?」
「えっ、そんなことないよ。ちょっと、考え事をしちゃってね」
どうやら、呼び捨てにしたことには気付いてないらしい。
光なら、気付いていたら、冗談風に呼び捨てにしたことを理由にするだろう。
一琉は、とりあえず今は続きを聞こうと促す。
「じゃあ、教えてくれる?」
「うん、あのね――影治くんは、六堂絆という人に友達――えっと、ラインさんとダニエルくんを、殺し屋の力で意識不明にされたの」
「ああ、ライトさんとダークくんのこと?」
「うん、私達の世界ではラインさんとダニエルくんの方が正式な名前なの」
「ああ、それで……」
それで過去、そう呼んだとき、一琉が思い出したか、そうでなくてもその頃の名残として何かが残っていると思われて、驚きや懐かしさを感じて反応されたのだろう。
一琉は納得する。こんなところでもつながっていたのか……と。
「それで、二人を助けようとして、影治くんの力でなかったことにしようとした。影治くんのそれをフィクションにする力で……」
「フィクション? じゃあ、殺し屋はそのフィクションの世界の住人なの?」
「ううん、フィクションにはできずに、世界は二つに分かれた。
そういえば、現実に存在している殺し屋をフィクションの世界の住人っていうのは、本当は違う世界の住人だから、少し当たっているね」
「うん、というか、ある意味、予想通り。
俺はたとえフィクションの世界でも、それは立派な一つの世界だと思っているから……」
「ハハハ、そっか、さすが影治くんだね。
それでね、世界が二つに分かれたり、絆達を倒したりして、なんとかしたんだ。
だけど、ダニエルくんが絆を許したこともあったらしくて、影治くんは絆がそんな行動を取る理由が殺し屋の意識の存在の友子と安全な世界で暮らしたいからだと知り、絆に協力することを決めたの」
「ハハハ、ありえる。俺もそうしちゃいそう」
「一琉くんには影治くんの気持ちがわかるの?」
「うん、多くの人が間違いだということも、必ずそれをする理由がある。そうでなかったら、やる意味がないからね」
「意味がない?」
「自分に何かしらのメリットがあるはずなんだよ。
メリットがないのに、裁かれる危険をおかしてまで何かをするはずがない。
それだけじゃない。裁かれる危険をおかしてまでするってことは二つの事実があるってこと」
「二つの事実?」
「うん、一つは裁かれる覚悟があるってこと。
もう一つはそれを正しい方法を使わないで――もしくは使えないでする理由があるってこと。
それは楽をしたいからっていう理由の人もいるけど、そういう人は大抵、裁かれる危険が高くなると難しくなるからすぐやめる。
それでもする人はそうするしかないか、他の大切なことを守るためにする。どちらにせよ。弱くて可哀想な理由なんだ」
「弱くて可哀想……」
「そう、だからね。間違いを犯す人は、ある意味、みんな可哀想なんだよ」
「でもさ、本当に心が汚い人もいるかもしれないよ」
「そういう人だって可哀想さ。
そんなに醜い心を自分に許すのも、そんなに醜い心を持ってしまっているのに気付かないのもね」
「……」
光は黙ってしまう。
一琉はしぶしぶその先も言う。
「まあ、俺も本当は醜くない人のために、そう思っているだけなんだ。
本当に醜い人という例外はそう思われるのが嫌だろうから、そう思っていれば治そうとするかもしれないという意図もあるんだけどね」
嘘だった。少なくとも、心からの言葉ではない。
たとえ、醜い人でも、そうなった理由があるのだ。
つらいことがあってひねくれてしまったり、何かが怖くて人に害を与えることしかできなかったり……。
たとえ、そういう悲しい理由がなくても、その自分が醜いということを気付かせてくれる人がいなかったのだ。
ただ単に指摘してくれる人でもいい。
自分の考えを改めさせるほどの包み込むような優しさや眩しいほどの正しさでもいい。
それに出会えなかったのが可哀想なのだ。
少なくとも一琉はそう考えてしまう。
一琉は、醜さの原因がそういう悲しい理由や弱さである人としか会ったことがないから……。
いや、そう考えたいだけなのかもしれない。
だって、それなら……世界は――世界の本質は――とんでもなく綺麗で――少なくともその悲しいことをなくせば、世界は綺麗になれる。
一琉は信じたいのだ。
世界は穢れ無き純白になれると――
いや、それは無理でも、その理由を把握して改善する――限りなく純白に近い白になれると――
世界はとんでもなく綺麗だと――
「あっ、なるほど。
って、続き続き。絆達の願いのために影治くんは、自分を止められる私を、絆の能力で少しの間、意識不明にした。
だけど、それまで制限されていた仲間の能力で私は目を覚まし、誰にも何も言わず勝手に――なおかつ強引に世界の統合を目指す影治くんたちを倒し、世界に願いを叶える力を散らし、世界全体で絆の願いも叶えられるような成就を果たした。
その後、影治くんは世界渡りの覇王となり、その成就で渡れるようになった世界やそれ以外の世界を旅している。そんなところかな」
「仲間の力?」
「月城くんと火村くんの力だよ。殺し屋の基礎的な能力を押さえ込む能力と、超常の力を押さえ込む能力」
「そうか、清二と義之も覇王の民なんだっけ?」
「うん、理想の殺し屋と真実の殺し屋の……。
それで、その成就っていうのが、分かれた世界を誰でも行き来できるようにすることだから、影治くんの世界渡りと似ているでしょ?
だから、世界渡りの覇王の民ってこと」
「それで、俺は……なんで……それを……」
「うん、一琉くん、実はもう見当がついているよね?
元は一つだったけど、分かれてしまった二つの世界で、しかも今は繋がっている世界ならともかく、他の世界も渡れる世界渡りの覇王は、この世界から切り離されている。
その時に影治くんは、体から切り離されて、一琉くんが生まれた」
「じゃあ、俺は本当の俺ではないってこと? みんなと過ごしてきた俺は、本当はアイツってこと?」
「一琉くん……、そんなこと……」
光は、そう口にした。
そんなことはないなんて言葉じゃない。
そんな言葉より、一琉を影(、)治(、)と認めない呼び方。
「ないとは言えもしないでしょ!? 光ちゃんだって、そう思っているはずだ!」
「そんなこと……」
「ほら! ないとは言えない!
だって、光ちゃんはアイツを影治と呼ぶのに、俺を影治とは呼ばない! それだけなら、まだ耐えられた!
でも、それだけじゃない! 俺が何かいいことをする度に、俺を影治くんにする!
好きだと言うのも影治くん!? 俺を影治だと思わないなら、せめて俺がしたことまでアイツの手柄にしないでよ!
確かに俺の中のアイツの部分がしたことかもしれない! いいや! 俺をアイツだと思ってもいい!
実際、こういう特殊な状況ならある意味、真実だ! でもせめて、俺も好きだと言ってよ! 俺だって、影治で、一人の人間なんだよ!」
そう言って、一琉は走り去った。
「そっか、……響いたなぁ。今の言葉」
溜め込んできた気持ちを吐き出した一琉の言葉は、確かに光の心に響いた。




