オマケ:とろける和三盆
その声を聞いたのは、本当にたまたまだった。
何度か見たことのあるTRPGの実況者がアップロードした新作は、タイトルが【トロい姉:初めてのTVゲーム】とつけられ、見慣れたサバイバルワールドの世界が切り取られていた。めずらしいなと再生したのが出会いである。
戸惑いを全面に押し出しながらサバワーの世界に足を踏み入れている様子は、初々しくて思わず笑ってしまうものだった。おそらく、この動画を見たほとんどの人が同じ感想を持ったことだろう。ゆっくりとした口調で、甘やかな声が、伯方にとっては見慣れてしまったものたちすべてへ、新鮮な感想を紡いでいく。
更新頻度はそれほど高くなかったが、彼女が振り回されながらも楽しんでいる様子を見るのは限りなく癒しの時間だった。
だから本当に、思わずだった。最近気になっている動画の話題でぽろっと、ヨリさんの実況が癒しだなあなんてこぼれてしまったのは。自分の発言が迷惑になっていないといいのだが、としばらく様子を窺ったが、動画配信者であるKOはマイペースに更新することをやめず、言及もせず、いたって普通で。
再生回数が伸びてコメントの書き込みも増えていたが、それでも彼はまったく動じず自分のペースを崩さずに、週2、3回くらいの配信を保っているし掲載文も平熱。それにほっとした。
そのあとすぐにあったゲームイベントで、まさか今の関係が作れるようになるとはまだこのときは思っていなかったが。
SNSでKOがフォローしてくれているのを知ったのは、自分の迂闊な発言のときだ。彼の配信ページからSNSアカウントにたどり着き、自分とつながっていることがくすぐったい気持ちにさせた。それ以来フォローはしていないがリストに登録してたまに覗いている。
イベントに参加すると彼は言わなかったから、来るかもなんて思いもしなかった。
「コウちゃんどうしよう、手汗とかどうしよう」
握手会に切り替わるときの休憩で、こっそり着替えて、会場へ混ざってきてもいいよ。なんて企画側が粋な計らいをしてくれたので、ざわめく人込みに混ざったとき。
耳が拾ったのは、あの甘い甘い声色だった。
「ハンカチで拭いたらどう」
冷静に返す声も、知っていた。
彼らだ。来てくれていたのだ。思わず伯方は二人の背中を見つめて立ち止まる。すっきりした横顔の青年と、ふんわりした雰囲気の女性の二人組は、動画の中と同じように仲良くポンポンと会話をしている。
くすりと笑みが落ちた。
それが聞こえたのかもしれない彼女が顔を真っ赤にさせて、こちらを見たので会釈してその場を立ち去る。もとの格好に戻ってから、たくさんの人たちの手と気持ちを交わし、今か今かと彼らの番を待つのは、思った以上に楽しかった。
だから少し、気が大きくなっていたのかもしれない。
握手をするときまで彼らは彼らのままで、それがまたうれしくて。甘い声を見送ったあとに、思い切って一歩、踏み込んだのである。
KOが伯方のことを不審がらずに受け入れてくれたことに、ほっとしたのは記憶に新しい。歳の割に落ち着いている彼は、SNSを通じて接触を図った伯方に丁寧な返事をくれた。
姉と楽しくゲームをしてくれるのなら是非。
そう書いてある文字は、声と同じく冷静なのにひどくあたたかいもののように思えて、伯方は思わず目を細める。兄弟と仲良くゲームをする経験は伯方にはなかったし、まして彼らのようにゲーム以外でも仲の良さがにじみ出ている関係はうらやましいものでもあった。
何度かメッセージをやり取りし、ゲームでフレンド申請も送り、そのあとで通信する日程を決める。そこまで驚くほど順調に進んだ。
事前に言うと緊張して私生活に支障が出そうだから、なんて言い出したKOの言葉に従って伯方から彼女にアクションは起こさず、当日の待ち合わせ時間までのんびりと過ごした。というのはちょっと嘘で、すでにストーリーはクリアしているサバワーを引っ張り出して、装備を整え、アイテムを補充し、万全で臨めるよう準備をするくらいはしていた。
あの甘やかな声で、楽しげに笑って驚いて、世界を駆けていく姿。
ゲームを買ってもらったときのうれしさ、機械にセットするときのもどかしい気持ち、流れるオープニングにたちまち引き込まれるあの感覚。
ずっと昔に経験していた心躍るあの感覚が目の前に、鮮やかに思い出されて、伯方はまぶしくてまぶしくてたまらなかった。
つたなかった動きが、一緒にプレイを重ねるごとに、だんだんと様になっていっている。
どこかたどたどしいのはもうきっと彼女の本来の部分なのだろう。
そこもまた微笑ましくてたまらない。
悲鳴を上げながら駆けずり回り、何度かリトライを挟みながら、彼女の弓が焔の龍獣を捕らえた。ドォンと大きな音を立てて巨体が地へ倒れていくと、スピーカーの向こうから息をのむ小さな音が届いた。
そして、響く、うれしそうな弾んだ声。
どうか、これからも。楽しい世界が彼女の前に広がっていますように。
そしてもし叶うことなら、少しでも彩る手伝いができますように。
「はあ、楽しかったあ……」
そう言ってため息をこぼしている声を聞きながら、伯方は口元を緩めて画面の向こうに思いをはせた。