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第16話:まだ上手く言葉に出来ないけどね

 ――夢を見ている。

 彼女はお姫様だった。どんな我が儘も許されて、蝶よ花よと育てられた。

 世界は自分が中心に回っていると信じて、信じさせられて。そして致命的な失敗をした。

 失った命は戻らない。時を巻き戻す事は出来ない。世界の中心だと思っていたお姫様は自分がただの子供なのだと思い知った。

 疑問だけが募る人生だった。おかしいのは自分なのか、世界なのか。ずっと疑うように生きて来た。

 笑顔を取り繕うのが上手くなってしまった。それは奇しくも、彼女が誰よりも疎む母親と同じように。その度に自分が彼女の娘だという事を実感してしまう。

 こんなものが美しい筈がない。美しいのだとしたら、それはきっと己の運命を悟りながらも覚悟し、正しい道に進もうとする意志なのだと。

 正しくありたかった。正しさは何なのかと何度も問うた。正しさを問う度に自分の国が歪んでいるように見えてしまった。

 誰も味方なんていない。作る事も許されていなかった。だから、彼女は求めた。今の国が欲するものになりたいと。失われてしまったものを取り戻したいと。


『――私は、この国の王女だから』



 * * *



 ――夢を見ていました。

 彼女は立派な人でした。誰よりも自分を律し、国を担う者として育てられていました。

 自分は国の為にあるのだと自負し、その願いと祈りに応えるべく努力を重ねていました。

 でも、彼女が国を担う事は出来ませんでした。それは彼女の努力が足りなかったからなのでしょうか?

 いいえ、彼女は裏切られたのです。何よりも共に肩を並べるべき筈の人に。そして裏切らせたのは、私のよく知るあの人でした。

 それでも彼女は変わりません。だけど感じるのです、彼女の無念を、悔しさを、怒りを、憎しみを。それでも、彼女はその感情のままに振る舞う事を良しとしませんでした。

 国の為に生きろ、と。そう育てられた彼女は自分の感情を表に出す事が出来ない。それはなんて悲しい事なんだろう。

 裏切られたんだから、もういいのに。そう思っても口に出来ません。だってそれは彼女への侮辱だ。

 だから、私は応えたい。彼女の覚悟に、彼女の人生に、彼女の思いに。


『――私は、この国を守りたい』



 * * *



 眠りは浅く、互いの夢を映し合う。



 * * *



 ――不意に、目が覚めた。

 守護聖獣の眠りは本当の眠りではなくて、ただ意識が拡散していただけなのだけど。

 私が目覚めたのはフィネッサも目を覚ましたからだった。夢でも見ていたのか、彼女の目には薄らと涙が浮かんでいた。


「……イードゥラ」

『ここにいるわよ』


 フィネッサは縋る子供のような手付きで私に手を伸ばした。私は実体化をして、彼女の手に自分の体を預ける。私を掴んだフィネッサは、そのまま胸元へと抱き寄せる。


『……怖い夢でも見たの?』

「……そういう訳じゃないんです。ただの夢でしたから」

『そう』


 彼女の腕に自分の体を巻き付けて、自分がここにいるのだと伝えようとする。どこか不安定に見えるフィネッサを落ち着かせようとする為に。

 最近のフィネッサの寝起きは良く無い。まるで夢を見て、その夢に心を惑わされているようだった。正直、心当たりがなくはない。

 私が意識が拡散させていると、よくフィネッサの記憶を元にしたと思う夢を見るから。押し込められるように孤独に過ごしたこの子の記憶は、触れてしまえばさっと溶けてしまいそうな程に冷たいものしかない。


(私がフィネッサの夢を見ているように、フィネッサが私の夢を見ている可能性があるのよね……)


 正直、その予想はつけててもフィネッサに尋ねる事が出来なかった。多分、私の過去の記憶なんてフィネッサには辛いだけだから。

 幼い頃の暖かな記憶も、裏切られた時の衝撃の記憶も、死にかけた時の無念の記憶も。全てを知って憎しみを抱いた記憶も。どれを切り取ってもフィネッサには辛い事ばかりの筈だ。

 私だって見せたくて見せてる訳じゃないのに。そもそもフィネッサが私の夢を見ているという確証がある訳じゃない。結局何も聞けなくて、こうして落ち着かせるように慰める事しか出来てないのだけど。


「……イードゥラ」

『はい?』

「……お兄様から手紙が来ましたね」

『えぇ、そうね。この忙しい時に本当、予想を外さなくて嫌になるわ』


 フィネッサの兄、アルレオからの先触れが届いたのは数日前だ。フィネッサには反乱の疑いがある為、視察に入ると。端的に言えばそういう事だった。よくもまぁ、隠しもせずに直球で書いてくるわね。やっぱりレオニスタの息子だわ、そういう所。

 フィネッサの私兵は名目上の軍でしかない。その実態は水害対策の為の人員だ。ただ、今ではその規模も驚く程に膨れあがっている。フィネッサの演説によって加入してくれた人がかなりの人数になったからだ。

 およそだいたい半数以上の領民が所属をしている。その人数の多さにただ驚くしかない。彼等には治安維持の為に武力を持たせているけれど、それは戦争の為じゃない。集団で動く為の規則を守ったり、逆に守らせたり。そうしたルールを作る為の一環だ。

 その最終目標は水害を察知した時の避難活動や領民の誘導や護衛だ。あくまで自衛の為の武力であってこちらから攻め入る為のような武力じゃないのだけど、そう説明して納得して貰えるかどうか。

 フレイアだったら無理ね。アルレオ……あの王子ならどうかしら? やっぱり難しいかしら。どうもフレイアにしっかりと教育を刷り込まれてるみたいだし。


「……わかっていましたが、実際に来るとなると」

『ショックを受けるのは当然よ。あっちの出方次第だけど……ほぼ間違いなく戦にはなるでしょうね』


 アルレオからの先触れがあった段階で私達は領民達に説明を終えていた。私達に付き従った事で反乱の可能性がありとされて粛正される可能性がある、と。

 今だったら陛下に口利きをして貰って、他の領地に逃げたり亡命先を手配してくれるとも。しかし、その人数は予想していたよりも少なかった。

 疎開をした者達は子供や老人などの家族を抱える女性ばかりだ。若者は男女問わず残ると宣言してくれた。


『今の王家にはもう付き従えない。俺達の事を考えて下さるフィネッサ様の為に戦うなら剣だって取ります!』

『そうだ! 幾ら働いたって王家が罪を許してくれるもんか! 俺達はここで水害で死ねって言ってるんだ、あの王様は!』

『何が聖女よ、そんなのもう信じられないわ! 本当に聖女だって言うなら、それはフィネッサ様の事だわ! 私達にとってはフィネッサ様が聖女なのよ!』


 ……領民達の反応は至ってそんな反応ばかりだ。ピスキス伯爵領は元々ヒュードラ公爵領だ。領主が急に変わったり、その後の王家の対応には誰もが不満を抱えていたし、新しく罪人として流刑されて来た者達にとっても王家の信頼は地に落ちている。

 だからこそ彼等はフィネッサを崇拝する。例え命を落としたのだとしても、自分達の生活の事を考えてくれた彼女に付いて行くと。そしてピスキス伯爵もまた共に戦うと言ってくれている。


『私はヒュードラ公爵に恩があります。あの人が本当は守りたかったものを私が守れるのであれば、それは本望でございます』


 国を去ってしまったお父様。私の死に一体どれだけ嘆かれたのか、考えるだけで胸が痛む。私が死にさえしなければ、この領地の災禍はなかった筈なのに。

 だから私には覚悟が出来ている。でも、私の覚悟の為にフィネッサを巻き込むのは違う。もし、彼女が逃げたいと思うのなら……逃がしてやるべきなんだとは思う。

 でも、フィネッサは逃げないだろう。そう思うからこそ私もフィネッサを仕える主として認め、頭を垂れたのだから。


「……アルレオお兄様は、特にお母様に可愛がられていたんです」


 ぽつりとフィネッサが心情を吐露するように呟きを零した。


「無知だった頃の私にはそれが羨ましかったけれど、今では兄が怖いんです。私には理解が出来ない人です。きっと……お母様を裏切ろうとしている私を許す事なんてしないでしょう」

『……そう』

「……でも、いい人なんです。ただ知らないだけで、私と同じなんです。だって、私の事を仕様が無い妹だと思っても、決して見捨てなかったから」


 フィネッサが自分の手を見つめて、強く握り締める。私は自分の手を生やしてフィネッサの手に置く。


「……ごめんなさい、イードゥラ」

『何で謝るの?』

「……私、お兄様もお救いしたいの」


 泣きそうな声でフィネッサは呟いた。その声も、体も震えていた。


「覚悟はしてるの。でも……でも、だからって割り切れない……!」

『……わかってるわ』


 割り切れないといけないのが王族であり、貴族だ。フィネッサの思いはわかる。それでもかつての私だったら割り切りなさいと、そう言ったと思う。実際、今でもフィネッサはそうするべきだと思う。

 ……でも、言えない。それは王族として、貴族として育てられたものだからこそ背負わなければいけない責務だ。フィネッサは王族としてちゃんと教育されてきた訳じゃない。なのに王族の責務を背負えというのは酷いどころの話じゃない。

 フィネッサはまだ狭い世界に閉じこめられて、その中でも外の世界に出る事を諦めなかっただけだ。なかなか得難い強さだけど、それは割り切る為の強さなんかじゃない。それでもフィネッサは身を切るような思いで選ぼうとしている。


『……貴方に手は汚させないわ。やるなら、私が殺すわ』


 伝えた言葉にフィネッサがゆっくりと顔を上げて私を見つめる。


『だって、これは私の復讐だもの』


 その気持ちも嘘じゃない。私を裏切った彼奴等を殺せるなら殺してやりたい。私の憎悪は無くなった訳じゃない。ねぇ、だからフィネッサ。


『貴方は綺麗なままでいいの。汚れるのは私でいい。もし、家族を殺す事になってもそれは貴方の罪じゃない。私が望んだ復讐よ。だから、フィネッサ』


 頭を伸ばして、額と額を合わせるように。目を閉じて、私は祈りを胸に抱きながらフィネッサへと伝える。


『――どうか、その時が来てしまったら私を許して。もしくは恨んで頂戴。私は貴方の願いを叶える為に頑張るわ。だから、その頑張った分だけ……私が復讐を果たさなければならなくなった時には、貴方が私を裁いてね?』


 この願いだって決して気が楽になるものじゃない。だけど、彼女が背負わなければならない痛みを私が一緒に背負う事が出来る。

 私は彼女の半身で、付き従うと決めた。だからフィネッサが選択する事が辛いというのなら私が背負おう。その果てにフィネッサが私をどうするのかは、フィネッサが決めれば良い。

 ……これぐらいの事しか私にはしてやれないけれど。

 そう思っていると、フィネッサが私をジッと真っ直ぐに見つめているのに気付いた。そしてフィネッサが顔を近づけるようにして距離を詰める。

 フィネッサが目を閉じて迫り、そのまま距離が零になった。それは親愛を示すようなキスだった。私は内心、目を丸くしてフィネッサを見つめる。

 涙で目が潤んでいるフィネッサは微笑んでいた。正の感情も、負の感情も纏めて受け入れるような表情で。


「私は、本当に貴方に出会えたことに幸運を感じています。今までの生涯で、そしてこれからの人生でも貴方以上の宝を見つけられないんじゃないかって思う程に」

『……大袈裟よ』

「誇れなかったら、だってそれは永遠の傷になりますから。――どうして、なんでしょうね」


 額を合わせるように目を閉じてフィネッサは私に擦り寄る。その声は少しだけ震えていて、思わず体が普通の人であればその肩を抱きたくて仕方が無かった。


「――どうして、私は時を超えられないんでしょう。貴方が人として生きていた時代に飛んで貴方をお救いしたい。ひっそりと誰にも守られなかった貴方に手を差し伸べたいのに」

『……それは』

「私は救ってもらってばかりです。私は貴方に何を返せるでしょうか? 許すも何も、償うべきなのは私も一緒です。だから私を楽にしようとしないで、イードゥラ。一緒に選ばせてください。もう、貴方に何一つ背負わせたくない。でも、貴方がいないと何も出来ない事もわかってます」


 請うようにフィネッサは祈りの言葉を口にした。


「私が貴方を裁きます。約束します。だから――もうどこにもいかないで。全部が終わったら、貴方に受けた恩を返させて欲しいの」

『……フィネッサ』

「もう何も知らない振りをして失うのは嫌だから。全部、ちゃんと背負うから。だから……いなくならないで」


 切実な声で訴えられた言葉に私も目を閉じた。その祈りを自分の胸の中に刻むように。

 孤独の王女様。お人形であるように望まれた女の子。今、その子が立ち上がろうとしている。

 不安だろう。怖いとも思うだろう。逃げたいって思っても不思議じゃない。それでも立ち上がって、見果てぬ道を進もうとする彼女の覚悟に私は何度でも胸を打たれる。


 ――居場所は、もうあの日から失ってしまったと思ってた。


 フレイアに殺されて、目が覚めたら時が流れていて。愛すべき家族はいなくなり、守るべき国は無残な姿になった。ここに私の居場所がないという絶望感は、自分が思っていたよりも根深かったのかもしれない。

 でも、居場所があるのだとしたらここだ、彼女の隣だ。ずっと、ずっとこの子を守ろう。今までの自分を捨てる事はなかなか出来ないけれど、その全てを彼女の為に使いたい。

 私の夢を繋いでくれた彼女だからこそ、その価値があるのだと今は胸を張って言える。……あぁ、この気持ちを言葉に現すのなら、どういう言葉を選べばいいだろう。



『――愛してるわ、フィネッサ。私はここにいるから』



 その愛がどんな愛なのか。まだ感情の糸が複雑に絡み合って、答えは出せないけれど。それだけは確かな事だから。

  

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