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第17話:もう決闘なんですけど!?

 ――そして、アルレオがピスキス伯爵領にやってくる日が訪れた。

 誰もが緊張感を持って息を呑む中、アルレオが引き連れた軍がその進軍を止めた。フィネッサの私兵達は武器こそ持っているものの、フィネッサとピスキス伯爵の後ろに控えているだけだ。

 最前列で向かい合うのはフィネッサとアルレオだ。ピスキス伯爵を後ろに控えさせるようにして更にフィネッサは前に出て、アルレオへと一礼をして見せた。


「ご無沙汰しております、アルレオお兄様。ご健勝のようで何よりでございます」

「余計な話は不要だ。――フィネッサ、投降しろ。今ならまだ間に合う。俺がなんとかしてやるから、こっちに来るんだ」


 アルレオは心の底から心配をしているというようにフィネッサへと声をかけてきた。その内容に私兵軍の皆は響めきを零す。


「どういう事だよ……視察じゃなかったのかよ……!」

「まさか、問答無用で俺達を……?」


 後ろでざわめく私兵軍の皆を押し留めたのはフィネッサだった。軽く片手をあげて制するように流し目の視線を送る。一人が気付けば、改めて背筋を伸ばして口を閉ざす。

 見事な統率だ。僅かな訓練期間とは思えない。そんな感心する練度もアルレオから見れば、彼の内心の不安を大きくしているものなのかもしれない。レオニスタにそっくりなその顔が苦悶に歪んでいる。


「お兄様、そのお言葉の意図をお伺いしたいのですが? 本日、私共は視察団が訪れると聞き、その歓待の為に備えていたのですが。投降とは一体、どのような経緯をもって私に勧告されたのでしょうか?」

「フィネッサ、お前は騙されているんだ! お祖父様に唆されて反乱を企てているというのは既にわかっているんだ!」


 一瞬、フィネッサの眉が釣り上がった。けれども、すぐに平静な表情を取り戻してフィネッサはアルレオと向き合う。


「まず誤解があるようなので申し上げておきますが、私達が反乱を企てたという話は事実無根です。確かに私は支援を申し出るべくお祖父様、いえ、先王陛下にお会いしに行きました。それも水害に苦しむ領民達を救うべく、その一環でございます。全ては私が主導したものであり、先王陛下は民の為になるならばと背を押してくれただけでございます」

「詭弁は良い! ではその後ろの私兵達はなんだ!? 何故水害の対策だと言うのに私兵を集めて軍を作る必要があった!?」

「雇用の為です」

「……雇用、だって?」


 フィネッサからの返答にアルレオは初めて困惑したように顔を歪めた。


「ここはお兄様も知っている通り、罪人達の流刑地です。元々の住民以外にも罪人達が住んでいました。そして、この国の法では罪人達は望んで職を変える事は許されていません。それはお兄様とてご存知の筈です」

「そ、そうだ。それが軍を作る事と何の関係がある?」

「徴兵という形式を取る為です。徴兵という雇用でしか罪人達は職を選べなかった為、私が名目上の私兵という事で軍を募りました。しかし、その実態は水害対策に備える為、領内の治安維持の為の武力であり、侵略ではなく防衛の面を強調した私兵軍です」

「それが詭弁だと言うのだ! 結局軍を作っているのではないか! お前はお祖父様の口車に乗せられているだけだ! その軍が出来れば、次は何をすると思う? 水害対策とは言うが、一度軍を作ってしまえば次に水害の被害を受けた時にその者達が略奪に走らないとどうして言える!? そいつらは元々は罪人なのだろう!?」


 アルレオの叫びにフィネッサの私兵達が一気に殺気立つ。今にもそれこそ戦争が始まってしまいかねない程だ。フィネッサはそこで初めて表情を歪めた。

 その顔に浮かんでいるのは――紛れもない怒りの感情だ。


「――今の言葉を取り消しなさい、アルレオ・グラン・アルマーティア」

「なっ……」

「次期国王、王太子でありグランの名を賜った貴方がそこまで愚かだったとは。ならば兄と妹ではなく、王族として答弁致しましょう」


 フィネッサが纏う覇気に、在りし日の陛下を思い出してしまう。私が憧れたライオネス国王陛下、そしてその隣に立つスノトラ王妃。そんな記憶が過った私は羨望の眼差しでフィネッサを見つめてしまう。


「そもそも彼等が苦境の中にあると知りながら決定的な政策を打ち出せなかった王家に彼等を罪人だと罵り、蔑む権利があると言うのですか? その発端は王家の失策にあると認められぬのは致し方ないにせよ、だからといって自らの非を棚に上げて苦境に押し込んだ者達に対して貴方はどんな言葉を投げかけたのか。それがどれだけ己の品位を下げたか理解出来ないのですか?」

「な……んだと……! 王家の批判を口にするとは! お前こそ何を言っているのかわかっているのかフィネッサ! 父上や母上に口答えをするのか!」

「――非を認めず、民の苦境に手をこまねいているだけの王族に価値などありません! 権威の為にと富を増やし、一部の民だけを優遇して栄えている事こそが権威であるなどと、どうして言えるのですか!? その罪人も、かつて現王家が犯した失態で謂われもない被害を受けた者がいるという現実も知らずに良くもそんな事が言えましたね! 故に品性を落としていると言っているのです、アルレオ・グラン・アルマーティア!!」


 それはずっとフィネッサが抱えていた不満であり、口にする事が出来なかった信念だ。背筋をぴんと伸ばして、空色の瞳に気炎を燃やしながらアルレオを睨み付けている。

 フィネッサの思わぬ気迫にアルレオが息を呑み、一歩だけ下がる。その一歩下がった自分に気づき、信じられないというような顔でアルレオは歯を噛みしめて再びフィネッサと相対する。


「侮辱するのか、フィネッサ! この俺を、父上を、母上を、この国を!」

「この国に住まう民を軽んじているのは現王家、私達です。……お兄様、ならばお答え下さい。罪人と言えどもこの国に住まう民であるならば、それを守ろうとするのは間違いなんですか?」


 怒りの表情を和らげ、堪えるように縋る目付きでフィネッサはアルレオを見つめた。

 フィネッサの視線を受けたアルレオは、眉を寄せて、何を言っているのだと言うように鼻を鳴らした。


「罪人達は罪を犯した。ならばその罰は受けなければならない。守られたいのならば罪など犯すべきではなかったのだ。そんなの当たり前の事だろう?」

「その罪が冤罪だった場合は?」

「……何?」

「それが本来では罪にならない、証拠もないままに罪人とされた者は国から守られる価値がないと、罪人であれば全て罰を受け、野垂れ死ぬのも仕方ないと言うのですか?」

「何を言う! 冤罪など、ならば自らで訴えれば良い! 出来ぬのだから罪人なのだろう!」

「平民が貴族に、王族に逆らえるとお思いですか? お兄様、私達王族の言葉は白を黒にする事も出来ますし、黒を白にする事も出来るのです」

「王の決定は絶対だ! 王に反する者がいれば国が乱れてしまう! その為に臣下がいて判断をする! そこに間違いなどない!」


 苛立ったようにアルレオが叫ぶ。アルレオの叫びにフィネッサは悲しそうに目を伏せた。


「その臣下の信頼を失ったのは、一体どこの王ですか。それにお兄様、では、私がどのような罪を犯したと言うのですか?」

「それは、お前が反乱を企てて……いや、それはお祖父様に騙されているのだ、お前は!」

「先程の私の説明を聞いておりましたか? 私は反乱を企ててなどおりません。私兵軍の設立の目的は水害対策の為の組織の設立の為であり、あくまで治安維持や自衛の為の兵力なのだと」

「だから……それが詭弁だと……」

「――ほら。今、白が黒になりましたよ? お兄様」

「なに……?」

「一体、いつ、どうして、何故私が反乱を企てたのか。その証拠は? 誰もが認める納得のいく罪の在処はどこにあるのですか? お答え下さい」

「後ろの兵達がその証拠だ!」

「話になりません。だから言っているでしょう、これこそが王家の罪です。白を黒と言えば黒となり、黒を白と言えば白となる。貴方自身が体現している王家の傲慢なのです!」


 再びフィネッサの表情が憤怒のものへと切り替わる。強く一歩、前に踏み出した足が地を震わせんばかりに踏み鳴らす。


「身を持って思い知りましたか? これが今の王家の姿なのです。全てを詭弁だと言えば、どんな正論も、主張も、白から黒へと変わるのです。国の事は王が全てを決める。成る程、道理です。ですが、王の正しさは誰が証明するのですか? それが臣下だと言うのならば先王陛下から離れたかつての忠臣達はどう説明するというのですか?」

「……そ、れは」

「――己の無知をどうか知ってください。アルレオ・グラン・アルマーティア。将来国を背負うのに今のままでは、待つのは傀儡の王か、暴君に成り果てるかしかありません。まだ間に合う、そう言われるべきは本当は貴方なのです」

「――黙れッ!!」


 アルレオは激昂したように叫ぶ。腰に下げていた剣に手をかけ、それを抜き放ってフィネッサに向ける。


「救わねばと思っていたよ、フィネッサ。でも、もうお前は深く洗脳されてしまったようだ……!」

「……同じ言葉をお返ししますよ、お兄様。お母様も見事なものです、ここまで国を病ませた魔女はやる事が見事です」

「母上を魔女だと!? 聖女である母を……貴様は人の心すらも失くしたか! フィネッサ!」

「人の心があれば、民の窮地を見過ごす事など出来ません。苦しむ民の為に自らの血と命を削り、国を支える事こそが王族の使命。その使命は、たとえ血を分けた家族を敵に回そうとも務めを果たさなければならない。それこそが王族というものです、お兄様」


 殺気立つ二人に、互いの背後にいた者達も殺気を放ち始める。このままでは争いが起きかねない、といった所でフィネッサは嵌めていた手袋を脱ぎ捨てて、アルレオへと投げつけた。


「――お兄様、私は貴方に決闘を申し込みます」

「なに……?」

「私が集めた私兵達は戦の為の力ではありません。ですから、戦うのは私一人です。もし貴方が勝利すれば私兵達は解散し、元の生活に戻します。私の身柄も処刑するなり、捕縛するなり自由になさってください」

「……何も訓練も受けてないお前が、俺に勝てると思ってるのか?」

「一番、これが血の流れない決着だからです。お受け頂けない場合、我等は決死の思いで抗う事になります。……私達は対話をもって貴方達との交渉の席に着こうとしました。それをこちらの言い分を聞く事もなく討ち滅ぼしたとなれば、それは国内に留まらず他国にまで広がる事でしょう」

「な、何……?」

「既にその手筈を整えた上で、私はここにいるのです」


 それは既に陛下達が各地の貴族達に触れ回って決めた事だ。もし、ここでフィネッサが殺されたり捕らえられたりすれば、それはすでに王権が暴走している事に他ならない。

 その理由を正当性にしてクーデターを起こす。確かに反乱を企てているというのは間違いではない。だけど、それは彼等が話を聞き、対話のテーブルについてくれるならば起きない事だ。

 大義名分を作らせるか、或いは交渉の席につくという姿勢を見せるか。これが陛下と陛下に付き従うと決めた貴族達と話し合って決めた決定だった。

 万が一の時があれば、その時は最早内乱は避けられない。その覚悟で私達は今、この場に臨んでいる。


「私が勝利した場合、私が望むのは偏見ではなく確かな事実を見て私達の行いを見定めて欲しい。ただそれだけなのです、お兄様。私に従えとも言いません。私達を疑うなとも言いません。私達に隠すような事などないのですから。私達はこの水害多き地で人が再び豊かに暮らせるようになりたいだけなのです」

「……うっ……」

「罪人も自らの罪を償い、また普通の人生を送りたいだけなのです。ここでの仕事が贖罪として認められるならば皆、従ってくれると言っています。しかし王家はいつまで、どこまでやれば贖罪になるとは明言しない。だからこそお言葉が欲しい、贖う為の術を正しく示して欲しい。この地を豊かに、ここで生きていく誇りを取り戻したい。これが私達の願いなのです」


 どこまでも真っ直ぐなフィネッサの視線にたじろぐようにアルレオが一歩退いてしまう。……今度は、アルレオの足は前に出る事はなかった。


「これがこの決闘にかける勝敗の報酬です。我が決闘を受けますか? アルレオ・グラン・アルマーティア! それとも力を以て私達をねじ伏せますか! 誇り高き王家の一族として、正しき姿を私達に見せてください!」

「――受ける! この決闘を受けるぞ! 俺を侮った事、後悔するなよフィネッサ! そしてその減らず口、今一度母上の前で詫びさせてみせる!」


 アルレオの叫びに呼応するかのように、炎の火柱が現れる。その火柱が獅子の形を象り、紅獅子が姿を見せた。あれがアルレオの守護聖獣。このアルマーティア王国の王族の象徴にして、火を司る猛るもの。

 姿を見せた紅獅子の姿に合わせて私も実体化して、フィネッサの背後に。そして彼女の身を守るように首を擡げて獅子を威嚇するように牙を剥く。私が実体化した事で、アルレオが敵意に燃えた目で私を睨み付けた。


「――忌まわしき呪いの白蛇めが! お前を殺してフィネッサを正気に戻して見せる!」

『――この子の覚悟も知らないで吼えるお子様が! いい加減私だって頭に来たわよ!』

「――両軍、どうかこの決闘を見届けてください! アルレオお兄様、いざ参ります!」


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[一言] 心理描写が丁寧なところが好きです! これからも応援してます〜
2019/11/21 20:52 退会済み
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