勇者 VS サルーキ 二回戦(前編)
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「よう。散歩は楽しかったか?」
「…………貴様ぁぁぁ!」
サルーキは満身創痍だった。
腕から血を流し、片足を引きずっている。
だが、その分、殺意が凄まじい。痛みも、恐らくは殆ど感じていないのだろう。
極度の興奮状態により、脳内物質が大量に分泌されているはずだ。
「あの……、サルーキ様……これはいったい……」
不意に、扉の影から声が聞こえた。
見れば、階段の前に立っていたはずの兵士が、室内を怪訝な様子で伺っている。
サルーキが随行させたのか、それとも心配して後を追いかけてきたのか。
いずれにしても、今、応援を呼びに行かれるのは、かなりマズい。
たとえ数人でも、敵が増えるだけで、全員無事に脱出できる確率が大幅に下がってしまう。
(……部屋の外にいるのは、一人だけか? なら、多分、勝手に後を付いてきたんだな)
それならば、まだ対処可能だ。
俺は外の兵士に、退場してもらうことにした。
「なんだ、此処で何があったのか、まだ部下に説明してなかったのか?」
にやりと口元を歪めて、嘲弄するようにサルーキに話しかける。
『ムカつく演技、めっちゃ上手いですね……』
山田の高評価が癇に障るが、たしかに効果は抜群のようだ。
サルーキから放たれる殺意が、いっそう濃密さを増したように感じられる。
「俺が代わりに説明してやろうか? 股間をつぶ――――
「黙れぇっ!」
腹の底から絞り出したような怒号が、俺の声を遮った。
サルーキはぐるりと後ろを振り返り、兵士を睨み付ける。
「貴様っ! 此処で何をしている! さっさと持ち場に戻れ!」
「し、しかし……」
「俺に殺されたいのか!」
「ひぃっ……!」
サルーキが一喝すると、兵士は逃げるように立ち去ってしまった。
どうやら、うまくいったようだ。
好戦的で、計算高く、慎重な側面もあるが、それ以上に、自己評価と自尊心が高い。
お前のそういうところだよ。
(付け込みやすくて助かるぜ)
俺は内心でほくそ笑みつつ、更に挑発した。
「そうだよなぁ? ただの人間に窓から投げ捨てられて危うく死にかけたなんて、部下に知られたら面子が丸潰れだもんなぁ?」
サルーキにとって、配下の兵士を招集して、数の暴力で俺たちをねじ伏せることは、容易なはずだ。
実際、それをされるのが、俺としては一番困る。
だが、腕っぷしの強さだけで今の地位まで上り詰めたサルーキには、そんな恥も外聞もない真似はできない――――できるはずがない。
己の沽券にかけて、必ず、サルーキ自らの手で、俺を殺そうとするはずだ。
「いいぜ。かかってこいよ。今度こそ完膚なきまでに叩きのめしてやるよ」
そこまで言ったところで、とうとう殺意の衝動が限界を超えたらしい。
サルーキはゆらりと腰から剣を引き抜いた。
窓から投げ捨てた時は持っていなかったので、先程の兵士から取り上げたものだろうか。
(――――まあ、そうなるよな)
ここまでコケにしておきながら、それでもなお正々堂々と素手での殴り合いに応じてもらえるとは、俺も思っていない。
もしそんな奴がいたら、そいつは聖人だ。
(とはいえ、戦闘技術は向こうが上だからなぁ)
拳ならば、気合と根性で何発でも耐えてみせるのだが、さすがに刃物による斬撃と突きには耐えられないだろう。
殴り合いに持ち込まなければ、俺に勝ち目は無い。
(仕方がない)
俺は即座に決断した。
(最悪、腕一本と引き換えだ)
『は!?』
山田が素っ頓狂な声を上げる。
迷惑なことに、その声がちょうど開戦の号砲となった。
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