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第二次世界大戦終結へ5

 第二次世界大戦終結へ5


ドイツの復活とスペインでの革命により英国の革命勢力は焦った。

このままでは戦後秩序において英国のプレゼンツが大きく下がりなおかつこの国が日本や米国に保証占領される可能性が著しく高まったからだ。

これは、大きな危機だった。

英国ではドイツの領土回復の次の日には新聞社が一気に危機を煽り始めた。

そして、焦っていた革命勢力は今しかないと決めた。

もう少し根回しに時間をかけるつもりだったがなりふり構っていられなくなったのだ。

5月15日

ロンドン中心部とポーツマス、マンチェスター、リバープール等の主要都市に革命勢力派の軍隊が展開した。

現政権側はクーデターだとして厳しく非難したが市民がクーデター側を支援し、さらに軍にも裏切られた彼らはあっさり捕まった。

午前11時には臨時政府の首相が同盟側への降伏を宣言した。

スペインに続いて連合側の主要国がまた大戦から消えたことになった。

さて、これで安心したのはアメリカと日本に、イギリス国民だった。

それに、焦ったのは連合側のソ連、フランスに加えてフランスを破竹の勢いで攻撃しているドイツだった。

英国が落ちたので一気にアメリカ軍を中心とする部隊がフランスに雪崩れ込んできてドイツが得るはずの権益が得られなくなるかもしれないと思ったのだ。

そもそもフランスから大戦後に権益を得られるという考えのドイツはまったくといってほど戦後秩序を作る日本とアメリカの考えを読んではいなかった。

日本もアメリカも二度と戦争はさせない、起こさせない、火種を作らないという3つを合言葉に今回の戦争の終結方法は厳しい手段を基本的に敗戦国に取らないことを決めていた。

もちろん、イギリスやフランス、スペインの植民地は剥奪。

ソ連が奪った土地も返還させるつもりだったし、ソ連の社会主義は抹殺するつもりだった。

しかし、ドイツや日本やアメリカがそのような利権を得るのは間違いだと思っていたのだ。

(中東の石油利権はアメリカも日本も得るつもりだったけど、

ヨーロッパやアジアでの新たな利権はすべて現地人に返還される予定だった。)

ようするにドイツはなんとしてもフランスでの権益が欲しかったのだ。

まぁとっても剥奪されるのだがそんなことは知らずに頑張って攻めるドイツはマジノ線を必死に攻略した。

そして、フランス軍のマジノ線と抵抗する戦車師団を蹴散らしたと思ったらフランスがアメリカと日本を招き入れて降伏したのだ。

真っ先に辿り着こうとしたパリにはアメリカと日本の旗が上がりフランス全土とベルギーはしっかり同盟軍司令部によって管理されてしまった。

ドイツが奪おうとしていたフランスの石炭利権や国境地帯についても同盟司令部によって管理されてしまった。

ドイツ軍はただただフランス軍を打ち破ったけどほとんど何も得ずに自国に戻った。

まぁなんにも貰えないことはないのだがドイツの欲求が大きすぎたのだ。

そして、ソ連でも崩壊は始まった。

同盟軍は戦争を引き起こした張本人を戦争犯罪人として処罰することにしていた。

そして、それがスターリンを降伏させない理由だった。

しかし、その末端のソ連軍では崩壊はどんどん起こっていて6月にバクー油田がイラン軍とトルコ軍によって陥落。

バルカン連合軍とオーストリア軍によってセルビアとクリミア半島が制圧された。

そして、どんどん敗走していくソ連軍からスカンディナビアとポーランドは領土を奪還した。

7月にはバルト三国エリアに日本軍の海兵隊が強襲上陸した。

一気にそのエリアを制圧した。

既にバイカル湖までのエリアでは順調に日本陸軍が制圧していた。

イラン方面から入ってきたイラン、トルコ軍によってソチや国会沿岸は陥落。

7月25日にサンクトペテルブルクが陥落。

8月3日にブリャンスクとスモレンスクが陥落。

8月5日にストックホルム宣言が出された。

速やかに降伏しなければ焦土かさせるぞという脅しだった。

8月8日にソ連軍前線司令部があったカルーガに原子爆弾が投下された。

近くには多数のソ連軍戦車部隊がいたので死傷者15万人を出した。

このことはモスクワに届けられたがスターリンは臨時首都をエカテリンブルクに設置。

なおも徹底抗戦を続けようとした。

同盟軍はモスクワを焦土化したくなかったら速やかに降伏しろとモスクワとエカテリンブルク、そして、その近郊都市にビラを巻いた。

ちなみにこの時アメリカも日本もこの原子爆弾の狂気ともいえる性質を見てこれを他国に漏らさないようにした。

カルーガには箝口令が敷かれた。

カルーガは陥落。

8月13日、モスクワ大空襲が起こった。

ソ連の重要施設を中心に大規模に爆撃された。

日本が宮殿等の歴史的文化財には手をつけるなといったのでそれらは爆撃されなかったが政府施設と軍の施設に加えて中心部はほとんど焦土化した。

次はエカテリンブルクだ。

そういう脅しが同盟軍から出された。

遂にソ連軍が折れた。

8月15日エカテリンブルクでスターリンに対する反乱が発生。

秘密警察はスターリンを守るために奮闘したが壊滅しスターリンは拳銃自殺しようとしたところを反乱軍に捕らえられた。

8月15日16:23に反乱軍首脳のジェーコフ元帥は降伏を諸外国に宣言した。


あと、一話で第二次世界大戦終結!!

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