名前を口にする
「名前は?私はあすみ。渡仲亞澄」
彼が口を開く前に名乗ると、彼はバツが悪そうにぽつりと名前を口にする。
「…せつ。春彬雪」
「せつ君ね」
「せつでいい」
君付けで呼ぶと、とても嫌そうな顔押してそう言った。
「君付け嫌いなんだ?」
「あんた歳いくつなの?」
質問を無視されて、逆に質問される。
それがまた子どもっぽくて面白い。
「女の人に歳聞くの?」
別にそこまで歳をとっているわけでもないし、答えてもよかったのだけど、少しからかってみたくなる。
「…俺は19。あんたは?」
今度は私がバツが悪い顔をする番だった。
相手が言ったら自分も言わなくちゃダメ。
さっき彼の名前を聞くときに使った暗黙のルール。
相手が名乗ったときはちゃんと自分も名乗る。小さい頃に教えられる礼儀。
彼はイタズラが成功した子どものように笑った。
「…21。おばさん、なんて小学生みたいなこと言ったら踏むわよ?」
「…言わないよ」
少しの間ができた。
たぶん言うつもりだったんだろうな。
その証拠に、彼の顔はイタズラにかかる前に見つかって叱られる子どものような顔をしていた。
クスクスと笑うと顔を背けた。
ふと、時計を見ると17時をまわっていた。
「帰るね」
「あっそ」
私は立ち上がり、
「風邪、ひかないようにね」
振り返らずに手を軽く振って去る。
「またね」とか「バイバイ」という言葉は口にしなかった。
その必要はないと、何故か感じたから。
また、会えるといいなと思ったから。
会いたいと思ったから。
せつ。
君はとても自由に見えた。
空を飛行する鳥のように…。




