瞬の権能 その2
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
その男は、邪悪な気迫を放っていた。
あまりに一瞬の出来事で、私、日下 萌々奈は気が動転しているのを感じた。
嵐が去ったような書店。赤く染まった店内。
血みどろになってわなわなと震えている男。
そして勝ち誇ったように私を見ている男。
この拒絶にも似た恐怖感。私は胃に何かが混みあがってきて、吐きそうになるのをなんとか飲み込んだ。
不精髭をたくわえたこの男は、体のラインが見える黒のTシャツに、ダメージジーンズといったシンプルな出で立ちだった。手には何も持っていない。
その男の口調からは冷静さと、そこに秘められた自信、狂気が溢れていた。
「少女よ。君は遅い。このゴミクズを殺す気で臨まなかった故に、だ。それこそが君の落ち度だ。」
男は静かに言い捨てた。
いや、私なんか悪いことした?こういう時って110番?いや119番?店長は……いや、耳が遠いしなぁ。
「君は、殺すための力を持っているな。本当は知っているんだろう。」
なんでこの男はそれを知っているんだろう……
「なぜ知っているんだ、と。そんな顔をしたな。」
肩の震えに沿って、首を横に振る。なんだか目から涙が出てきた。
「俺がこのゴミクズを処理するとき、君の近くで異常な熱気を感じた。」
つまり、この男が私の熱が届く範囲に近づいていた、ということ……?
いったいいつの間に……
「では、なぜ躊躇った。」
「え……あの、そ、そそ、それにしてもこれは、やりすぎでは……」
「ふ、ふざけるな!このクソガキがっ!!お前のような殺す力をもつ者が!なぜ正しくない者に!悪に!情けをかけるんだっ!なぜ殺そうとしない!正しく使わない!!この小癪なゴミクズを処理しないっ!!お前は!!殺せない!それはお前が弱いからだ!!小娘っ!!」
冷静だった男は豹変し、私の言葉に被せるように激昂した。
ああ、健之助さん……
「お前の甘さが!この街を!この世を!腐らせているんだ!!」
その男は声を荒げながら、床に倒れこんで震えている男の脇腹を力いっぱい踏みつけた。
「…………うおぎゅやああああ!!!!」
断末魔の叫びをあげて、床の男は気絶した。
「ももちゃん!!さっきから何事なの!!」
この書店の店長、一色トモ子さんの声だ。私は声を張り上げて返事をする。
「トモ子さん!警察呼んで!!け・い・さ・つ!!」
「は?あんだってー!?声が小さいよ!!」
その一瞬だ。
私の背後にはその男が回り込み、私の首を掻っ切るジェスチャーをした。
「大声を出すな。少女よ。」
「な、なぜ、こんなことを……店長には、手を出させないから……!」
男は冷静さを取り戻していた。
「俺はただの年寄りには手を出さない。しかし、こいつのような卑劣なゴミクズや、君のような、力を持ちながらも正しく用いない者は、消さねばならない。」
「あ、あなたの使い方……それが正しいと言えるの?」
震える声を振り絞った。
「正しい。俺の圧倒的な力、「瞬」の力は、正しさのためにこそ用いるのだ。」
話が通じる相手ではないな、と思った。
「この俺、速水 龍太は君を殺す。たとえ少女だろうと、君のような者がこの世を腐らせているからだ。そして、そのような人間は君の他にもいる。
しかし、今ここで君を殺すようなことはしない。君は俺を殺すだけの力を持っている。……そうだろう?」
「なんだ。もしかして、……命が惜しいの?」
うっかり、思ったことを口にしてしまった。
正直、私はこの男を殺せると思う。
ただ、私には人殺しはできない。それだけだ。
「……!!」
男…速水 龍太の表情が変わった。その場に冷たい緊張が走る。野次馬が寄って来るのが見えた。
「ももちゃん!!何なのよぉ!これは!!」
2階から、店長が杖をつきながら焦って下りてきた。
「トモ子さん…!」
「チッ。」
速水は一瞬のうちに姿を消した。
私は店長に抱きしめられながら、しばらく泣いていた。
「モモちゃんに怪我がなくてよかったわ。よくわからないけど、大変なことがあったのね。お店はしばらく閉めるけれど、困ったことがあったらいつでも言ってね。必ず助けになるわ。」
ありがとう、店長。
でも私、やっぱり戦わなくちゃ。
極めて狂暴、残酷な「瞬」の権能者・速水 龍太の登場に、戦慄する萌々奈。いま、戦いが始まろうとしている……
いっしき書店は長期休業に入ります。混川はこれからも書きます。