音楽の街ヴィーン
「参ったなー」
怖さを紛らわすために少し大きめに独り言を呟いた。
いや、叫んだ。あわよくば、仲間が見つけてくれるのを期待しながら。
しかし、誰かが近寄ってくるような気配は全く無い。
「ヒッヒッヒ……」
俺がおかしくなったのではない。
俺以外の誰かが笑っているのだ。俺は両銃を構えて辺りを見渡した。
「あんた、誰かが助けに来てくれるのを期待しているのかい?」
ジジイのような声。喋っているという事はモンスターではないようだが、知能の高いモンスターは喋ったりする事もあるようだし、このアステカ大陸には普通にいるかもしれない。
「ちっ」
声はするのだが、気配を察知する事が出来ない。攻撃されても避けられないかもしれないが……。
喋りかけてきているという事は、何か目的があるのだろうか。
「この粉が欲しいのか?」
ルンの持っていた粉を掲げた。誰だか知らないがヤバそうなら、こんな粉はとっとと手放してしまおう。ルンには悪いが。
「そりゃ、何だ? そんなものはいらん」
「じゃあ、何が目的だ?」
引き続き辺りを窺っているが、相手の気配を捉える事は出来ない。
「……目的など無いよ、ただの暇つぶしだ」
思わずズッコケそうになった。こりゃ、相手は妖精だな。このマイペースっぷりにはだいぶ慣れて来たぞ。
「この霧はあんたが発生させているのか?」
辺りを示して言う。
「……かもな」
……怒りに負けそうになるのを抑えながら、何とか解放してくれるように祈りながら話を進めた。
「俺は暇じゃないんだ。とっとと解放してくれないか?」
「正直だな……勝手に帰ると良い」
俺は霧の中をズカズカと歩き始めた。しかしいくら歩いても霧は晴れないし、勿論、運よく馬車の場所に到着したりもしない。
「どうした?」
先程のジジイ妖精の声だ。イラつくジジイだ。俺は無視してそのまま歩き続けた。
「迷ったのか?」
「うるせえ!」
俺は道なんて分かってるかの如くズンズン進んでいるが、勿論、迷っている。
「仲間はいないのかい?」
「いるさ! ……ピンからキリまでだけどな」
秋留……。
勘が鋭く盗賊だった事もある秋留だったら、俺の事を見つけてくれるに違いない。
「お前の仲間に女がいるだろう?」
思わずドキッとする。
丁度、秋留の事を考えている時にそんな事を言われるとは……。
「……」
俺は尚もシカトして歩き続けた。
「可愛い女だったな」
「見たのか!」
「へっへっへ……随分食いつくじゃないか」
思わずジジイの口車に乗ってしまった。俺は口にチャックする仕草をして再び茂みをかき分けながら歩き始めた。
秋留、早く助けに来てくれ。
あ、野生の勘でカリューでも良いや。
この際、ツートンとカーニャアでも構わない。……でもやっぱり秋留に助けに来て欲しい。
「お前は随分とあの女に執着しているようだが……」
秋留の事を考えている時に再びジジイに指摘されてドキッとしてしまった。また顔に出ていたのだろうか。
「あの女は助けには来ない」
「な、何でだ?」
思わず不安そうな声を出してしまったが、秋留は助けに来てくれるに違いない。
「お前の事なんてどうでも良いと思っているからな」
……。
…………。
! 思わず意識が飛んでしまっていたようだ。このジジイ、今、何て言った?
「何か言ったか?」
「放心し過ぎだ。三分は待ったぞ……。その女はお前の事なんてどうでも良いと思っている、と言ったんだ」
……聞き間違いでは無かったようだ。俺は近くの木にネカーとネマーを発射した。
「うるさいぞ、黙れ、クソジジイ!」
「へっへっへ、激しいねぇ。その激しさからすると、自分でも思っていたんじゃないのか? その女に俺は好かれていないんじゃないだろうか、ってね」
所構わずネカーとネマーを乱射する。「カチリ」という硬貨切れの音が空しく辺りに響いた。
俺はヨロヨロとした脚を止める事なく歩き続けた。
ジジイの戯言は放っておこう。
それからまた暫く歩いたが、一向に仲間と合わないし、馬車にも辿りつけない。多分方向は合っているとは思うのだが……。
「まだ迷っているのかい」
久しぶりのジジイ登場だが、もう気力が持たない。俺はその場に座り込んでしまった。誰も助けに来てくれない。俺はやっぱり一人なのか……。
「やっぱり誰も助けに来てくれないな……お前の気にしている女も含めてな、へっへっへ……」
「うるせえ」
ボソリと口から出る。このジジイ、うざい……消えろ……消えろ……。
「何だって?」
「うるせえって言ってるんだ!」
もたれかかっていた太い木を殴りつける。木の葉がパラパラと頭上が降って来た。
「怖い、怖い……まぁ、これで分かっただろう、お前の事なんて仲間の誰一人、気にかけてなんかいないんだよ……」
「……そんなの関係ない……俺だって何とも思ってない……」
「何だって? 聞こえないよ」
「俺だって、秋留の事なんて何とも思ってない!」
俺は力の限り叫んだ。
そして意識を失った。
「……ッ」
誰かが俺の事を呼んでいる?
「……イブッ」
耳に響く嫌な声だ。もっと優しく起こしてくれよ……。
「ブレイブ!」
右頬に強い衝撃が走る。誰かに叩かれたようだ。
目を開けると、俺を覗き込む吊り上がった眼が目の前にあった。
「お、鬼か……」
「誰が鬼かー!」
額に拳が飛んできた。目の前がキラキラと輝く。
「……クリアか。優しく起こしてくれてありがとう」
「……どういたしまして」
どうやら仲間に救出されたようだ。誰が助けてくれたのだろう?
俺は辺りをキョロキョロと見渡した。ここは馬車の中だ。次の街へと進んでいる最中だろうか。
「大丈夫ですかな?」
ジェットが御者席から声をかけてくる。
「大丈夫? 大分うなされてたみたいだけど」
この声は……秋留だ。
だいぶ心配されていたようだが……そうか、助けられたか。仕方無く? たまたま見つかった? 虹色蜥蜴の粉を探すついで?
「取り返してくれてありがとう……ごめんなさい」
小さな妖精……ルンだ。
ルンが小さい身体を更に小さくして謝っている。
「まだ意識がはっきりとしないみたいだ……暫く放っておいてくれ……」
俺はそう言うと、再び眠りへと落ちていった。
その日の夕食。俺はボ〜っとしながらも食事を済ませた。
「ブレイブ殿、今夜は見張りは秋留殿とワシとで分担します。ブレイブ殿はゆっくりと休養して下され」
「ん? ああ、悪いなジェット……秋留……」
なぜだが秋留の方を向き辛い。
俺は俯いたままテントへ入り、そのまますぐに深い眠りへと入っていった。
「今日中には音楽の街、ヴィーンに到着しそうですな」
翌日。
俺たちの野宿した場所にあった案内図を見てジェットが言った。昨日は頭が朦朧としていて辺りをあまり観察しなかったが、そんな案内図があったのか。
『しゅっぱ〜つ!』
クリアとルンが仲良く声を合わせて叫んだ。今日中に街に着くという事は、長かった馬車の旅も一旦の終了を迎える。それが嬉しくてたまらないのだろう。
今日は少し暖かいようだ。元気の良かったクリアやルンもあっという間にうたた寝し始めた。その姿を幸せそうに眺めるシープットは相変わらずだ。
そしてクリア達を守るようにカリューと紅蓮が床に転がって眠っている。
チラリと秋留の方を見ると、目があってしまった。
「今日は暖かいな」
「そうだね」
何か気まずい。昨日のクソジジイ妖精のせいだろう。変に秋留の事を意識してしまう。
いや、意識する必要は無い。
秋留はただの仲間だ。それ以上でもそれ以下でも無い。他の奴も一緒だ。ただの仲間……カリューを人間に戻したいという気持ちも仲間だからだ。
カリュー、人間に戻るのかなぁ……。あのままだったらどうしよう……。
それからの旅はモンスターも出現せずに無事に進んだ。
「遠くから笛の音が聞こえる……」
ヴィーンが近づいて来たせいだろうか。パーティーのメンバー全員が俺の呟きに顔をパッと明るくした。時間は夕方前位だろう。今夜は久しぶりの宿屋で熱い風呂に入ってベッドで眠る事が出来そうだ。
「長かった〜」
クリアとルンが一緒に伸びをする。姉妹というよりは双子のように動作が同じになってきている。
そしてようやく、肉眼でも街の明かりが見える場所まで近づいて来た。
ファリの街と同じようにギジンが辺りを歩き周り、竪琴を奏でるエルフの幻想的な姿も見える。
「すっご〜い」
あまり感情を表に出さない秋留も感動しているようだ。
俺たちはメインストリート……オーケストラストリート? を歩いて一軒の宿屋を見つけた。
屋根の上に巨大なラッパを掲げた趣味の良い宿だ。……他の宿はもっとゴテゴテと音符やら楽器が付いている宿が多かったから、この宿はまともな方だろう。
「パッパラー、パラパラパッパパー」
玄関を入ると派手な音楽で歓迎された。女将がラッパ片手に接客をしているようだ。人間種族のくせに変人だ。
「いらっしゃい、また随分と変わったパーティーだこと……」
ラッパ片手に近づいてくる女将もまた変わっていると思うが。玄関から銀星達馬三頭も入ろうとしているから、こちらも変わっていると言われたようだ。
さすがにそれは不味かったらしく、宿屋の傍の馬屋で銀星達は休む事になった。恨めしそうに俺たちの姿を見つめていたのが印象的だ。
「スウィートルームありますぅ?」
またいつものクリアの悪い癖だ。しかし最近、他の浪費癖が少なくなってきているので注意するのは止めておこう。激しく文句を言われそうだしな。
「また二人になりましたな」
クリアに誘われない俺とジェットは、またしても仲良くスウィートルームの近くの安い部屋に泊まる事になった。……うん、音楽では死臭は隠せない。花の都の方が良かったなぁ。
趣味はこの部屋のが断然良いが。
邪魔なピアノが置いてあるが、それ以外はシックな作りとなっていて落ち着く。
「風呂に入ってくるわ」
「ではワシも……」
久しぶりの風呂に入れるのは嬉しいのだが、死臭漂うジェットと一緒か。露骨に嫌がるのも悪いし我慢して一緒に入るとするか。
俺とジェットは宿の階段を下りて地下へと歩いていった。ここの風呂は地下にあるらしい。
「おお!」
ジェットが思わず喜んだ。地下から地上に向かって大きな穴が開いている。これは変わった露天風呂だな。
「うわ〜! 良い景色だね〜!」
「!」
俺は思わず辺りを確認した。ルンの声だ。まさか……混浴だったか!
「うん、変わったお風呂だね」
こ、これは秋留の声だ。風呂の薄い仕切りの向こう側から聞こえてくる。どうやら混浴では無かったようだ。嬉しいような、悲しいような、でも少し安心した。秋留と一緒に風呂に入る心の準備なんか、まだ出来ていないからな。
「おや? そちらも風呂タイムでしたかな?」
恥ずかしさも見せずにジェットが言った。
「あれ? ジェット? じゃあ変態ブレイブも一緒?」
この失礼な声は勿論クリアだ。
「悪かったな。いつ風呂を入ろうとも俺の勝手だ」
クリアの非難の声が聞こえてきたが無視する。
それから女湯からはワイワイと騒ぎ声が聞こえてきた。体の洗い合いなどをしているようだ。……お、俺も混ざりたい。
俺は雑念を払うように頭をブンブンと左右に振った。
「どうしましたかな? のぼせましたかな?」
「い、いや、大丈夫だ」
「どうせ、ブレイブは変な事考えすぎてのぼせたんでしょ?」
俺とジェットの会話にすかさずクリアが割り込んでくる。顔も見られていないのに俺が考えている事がバレてしまうとは……。
それから時々ジェットや女湯のメンバーと会話を交わしてから俺は風呂場を後にした。
俺はその場でも秋留の事を変に意識してしまいあまり会話が出来なかった……。あのクソジジイめ……次に会ったらネカーとネマーで蜂の巣にしてやる。